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無敗の吸血鬼

前章:禍時

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「我々ももう、庇いきれません。そろそろ引退なされては?」

 目の前に立つ堅物そうな茶髪の女性に言われ、ジョシュアはそっと俯いた。

 やらかしてしまったという自覚は彼にもあったのだ。このような不出来な自分を受け入れてくれた怪物退治のハンターパーティに損害を与えてしまった。
 ジョシュアを、討伐対象のモンスターから庇おうとしたかのリーダーに怪我を負わせてしまった。
 リーダーの彼にこそ気にするな、と声をかけられはしたものの、他のメンバー達からは幾度となく恨み言を吐かれた。
――お前さえ居なければ
 幾度その言葉を吐かれたであろうか。ジョシュア自身、そんな事を言われるのは仕方ないと今更諦めはすれども。それに伴う痛みにはいつまで経っても慣れる事はなかった。
 チクリチクリと心を刺す痛みは、積もり積もって彼の体にも影響を与え出した。彼のパフォーマンスは落ちる一方だ。勿論、彼の若くはない歳のせいもあるのだろうが。

 最早この街にはジョシュアと組んでくれるパーティなどいない。
 彼のような、戦闘を苦手とする歳もいったハンターが、一人で高ランクのモンスターを狩れるはずもなく。かと言って特定のパーティにも入れず。
 入っては合わずに抜け、の繰り返し。最早ハンターと言えるかすら危うくなってきた。
 彼だって、怪物ハンターの端くれとしてやれる事はやってきたつもりであった。苦手な魔法の鍛錬を始め、剣、弓、体術、あらゆる訓練に手を出した。だが、何年やろうが変わらない。
 彼に戦闘の才能は皆無であった。どれを取っても中途半端。ハンターとしての十数年程、彼が成し遂げたと言える成果などなかった。

 ならば辞めれば良いでは無いかと他人は言う。だが、ジョシュア当人はそうもいかない。生まれすらどこだかも分からない根無し草、不器用で手に職があるわけでも無い。
 そんなジョシュアがマトモに生きて行くためには、これしかなかったのだ。

 街に居着いて十年ほど。どこからともなく流れ着いた流浪の人間に、この街の人間は随分と優しく接してくれた。万が一、街を追い出されることになったとして、感謝こそすれ恨む事はない。
 先ほどの言葉を投げ掛けた彼女との付き合いも、ジョシュアは大分長かった。
 怪物ハンターのギルドの受付として、彼女が歳若い頃から世話になっていたのだ。
 茶色の髪をキッチリと結い上げた姿が、彼女の真面目さを一層引き立てている。見たまま、相変わらずぶっきらぼうで生真面目な彼女に、いつも迷惑をかけている事も彼はわかっていた。
 いつか言われるだろうと覚悟はしていたが、言われたら言われたで、どうして良いか分からなくなる。いざと言うときにてんでポンコツ。まるで迷子の子供のように右も左も分からない。
 ジョシュアはそんな気分だった。

「考えておく」
「そうですか」
「ああ……近いうちに、また来る」
「かしこまりました」

 事務的な淡々とした受け答えの後で。結局予定していた依頼を受けることもなく、ジョシュアは建物の出口へと向かった。
 この日は何か別のことをする気すら起きなかった。

「邪魔だオッサン」

 ギルドを出る間際、扉の前で鉢合わせた乱暴なハンターに突き飛ばされる。そのハンターは、よろよろとよろけるジョシュアの姿を一瞥してフンっと息を吐くと、かの受付嬢へと声をかけていた。

「ナターシャ、納品を」
「ライナスさん、また、凄いものを……お手柄ですね」
「ありがとう」

  そんな会話を背に、ジョシュアはハンターギルドを後にした。ナターシャと呼ばれた受付嬢の弾んだ声が、彼に一層追い討ちをかける。
 あのような優しい声音で話す彼女を、彼は間近で見たことがなかった。十年来の付き合いだと言うのに、彼女はいつだってぶっきらぼうだった。トボトボと街中を歩くジョシュアの表情は硬い。
 元来、感情の起伏の乏しいジョシュアであったが、今の酷い落ち込みぶりに気付くような人間はこの街にいない。街の人間が優しいとは言え、それは表面上のものでしかなかった。彼のぶっきらぼうな性格と、強面の近づき難い雰囲気がそれを助長していた。

 この世に自分の居場所がないよう。
 ジョシュアの気分はまるで優れなかった。


 ジョシュアが街を離れる決意をしたのは、それからほんの数日後の事であった。
 後悔などはない。良い街ではあった。賑やかでしかしのんびりとした、程よい田舎。他所者に対しても寛大な所があり、それこそ、ハンターに対しては両手を広げて歓迎してくれる。

 良い街だった。
 だがジョシュアにとっては、いつまで経っても他所者のような気分で。人付き合いの苦手な彼にとっては慣れこそすれ、馴染む事はそれほどできなかった。元々あちこちを転々していた為か、深く付き合える人間は居なかったのだ。
 ジョシュアはそんな事を考えてしまう程には、疲れていた。

 何も考えられずに家を売り余分な荷を売り、残ったのは僅かばかりの服と野営の為の道具だけ。全てを金に換え、ジョシュアは街を出る。
 街を去るその日。馴染みのはずの受付嬢にその旨を告げると、一瞬、彼女は目を見開きしばらく無言になった。その後すぐ、何事もなかったかのように案内を進める彼女を見て、ジョシュアは何とも言えない気分になるのであった。
 案内をするその声が少し、震えていたことにもその日は気付けた。
 少しは自分のことを気にかけていたのかと思えば、ほんの少しばかり、気が楽になる。最後の最後にそれが分かるなんて。
 ジョシュアは世知辛い、と一人ごちた。

 街の外へと続く街道をひとり歩く。
 名残惜しく後ろ髪を引かれながらも、彼は一度も振り返らなかった。十年も生活した街。
 感傷のような、それとも言えない感情に浸りながら彼は、目の前に続く道を見据えた。この先にはきっと、見たこともない国々が待ち受けているのだろう。
 この十年、変わる事をしてこなかった彼の不安は大きい。まるで迷子のようだ。

 それでも彼は、何度目かも分からない感想を抱きながら、茫洋とした大地をフラフラとあてどなく進んでいくのだった。
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