教師の子

黒羽ひなた

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エピソード2

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 期待が重荷に変わってしまったのはいつからなのだろう。あの時はあんなに嬉しかったのに。いつから「あいつが一位なのは当たり前」と思われるのが辛くなってしまったのだろう。前までは勉強が楽しかったのに、いつの間にかテストで一位を取るための勉強に追われる日々。電車の中で詩織ちゃんは「辛かったら逃げてもいいんじゃない」って言ってくれるけれど、そう簡単に逃げられるものじゃない。逃げたりすれば周りの反応が怖かった。「え?一位じゃないの?」「所詮こんなものか」そう言われるのが、思われるのでさえ恐ろしかった。

 ちゃんとやっていても結果がついてこないことがあるのは、決して勉強だけに限らないはずだ。それくらい当たり前のことじゃないか。疲れることだってある。他の子たちは遊んでいるのになんで私は勉強ばっかりしているんだろう、遊びたいな、と思うことだってある。でも私は今まで遊んだことがないから――。どう遊べばいいのかが分からない。だからとにかく勉強するしかなかった。

 ――逃げたっていいんじゃない。

 その言葉がどうしても頭から離れなかった。

 「やっほー、久しぶり。この前はどうしたん?具合でも悪かったん?」
 詩織ちゃんだとはすぐに分かったけれど、突然声をかけられるのは慣れていない。胸を衝かれたように、体全体で驚いてしまった。しばらくその余韻に動けないでいたが、徐々に彼女の言ったことが頭の中を通り始める。

 あぁ、詩織ちゃんまでも母のようなことを聞いてくるなんて。

 体調が悪いわけじゃない。そんなことよりもっと分かってほしいことがあるのに。みんな私のことなんてわかってくれはしないのだろう。それでも母とはどこか違った。心から心配してくれているんだということは分かった。やっぱりこの話を打ち明けられるのは彼女だけなのかもしれない。けれど、気軽に話していいことではないことくらい分かっていた。
 「うん、ちょっと熱が出ちゃって。疲れちゃってたのかな。でも、もう大丈夫。ありがとう」
 ううん、大丈夫じゃない。熱なんかもちろん嘘だ。心の熱――などという抒情的な表現をすれば合っているのかもしれないけれど。私の本当の心の声が届いてほしい。どうやって話せば私の本当の気持ちは、私の悩みは伝わるのだろう。伝えられないのなら本当に“逃げる”ことしか残されていないのかもしれない。

 下手に打ち明けて彼女に余計な心配させるのも私にとっては悲しいことで、めぐりめぐって自分の身を蝕むことにもなりかねない。今はそっと胸の内にしまっておこう。
 「勉強のしすぎじゃない?たまには私みたく自由に過ごしなよ」
 いつも詩織はこう楽観的で羨ましい。私も真似しようとしてみた時期もあったけれど結局うまくいかなかった。気楽に考えることができたら、辛いときには逃げたっていいじゃん、と自然と思えるようになるのだろうか。

 なら、逃げてみようかな。

 ――次は――鎌本――鎌本――

 私が今度電車に乗る時降りる場所は一体どこになるのだろう。電車に乗ることすら出来ないかもしれない――。

 「…ラ、紗良!どうしたん、早く降りようよ」
 「う、うん」
 「やっぱり疲れてるんだよ」

 ――それとも勉強が嫌になった?

 私はいつの間にか心の声を言葉にしていたのだろうか。それとも詩織は全てを見透かしているのだろうか。心配はかけたくない。ただ、平静を装うのも大変だった。次にすべき行動が脳内でも処理できていない。振り返って詩織の方を見ようとしたけれど、それはそれで不自然さが残ってしまうだろう。

 私はどうすればよいのか途方に暮れてしまった。
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