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六月二日(日)
しおりを挟む昨夜から降り始めた大雨は、激しい雨粒が傷口を広げるように、そのベランダのコンクリートの裂け目を叩きつける。
真っ暗……日曜の朝なのに、すでに夕方みたいだ。
……あれ? うっかり忘れてたけど、今日って絵の搬出日じゃない! 嘘でしょ~。
降水確率現在100%、搬出時刻あたりは……50%か。薄い期待だけしておこう。
善良なる市民の健全なる美術展の最終日だった。
毎年、市の文化政策課からの依頼で作品を出品している。
こう見えて、へなちょこのあたしも招待作家の端くれなのだけれど、さすがに絵の運搬費用は自己負担、近隣でもそれなりに高い。
で、今年は、その運搬費を削ったわけ。
つまり、自分で運ぶことにしたわけ。
なぜって、直近の個展の搬入出費用がどかんと値上がりしたからなわけ。
だから少しでも負担減したいわけ。
あたしは運転をしないので、電車と徒歩での運搬になったわけ。
なので、今年は大きな作品は取りやめて、手で運べる75センチ角の作品を布に包んで持ってったわけ。
なのに雨ですって~~、おーまいがっ! 泣
雨降りでも油画なのでそれほど気にすることはあまりないけれど。
土砂降りともなると、相手がキャンバスならまだいいけれど。
ダンボールともなると、さすがのあたしもすごく気にするわけ。
あ~あ、前にバイトしてた画材屋の店長がお元気だったら、格安に運んでくれただろうになぁ、と未練がましく思う。
75センチ角の代物が入る大きなビニール袋とガムテ持参で、たっぷり目のレインコートにレインブーツ、大きめの傘……傘! そうよ、傘もささなくてはいけないじゃない。
片手に重い傘、片手に75センチ角! 土砂降り中は途中地面に代物を置くわけにはいかない。うわぁ~、大丈夫か、あたし……鼻血出そ。
日中はいっとき小雨になったけど、あたしは雨女じゃなかったはずなのに、妖怪あめふらしの誰かさんの呪いかもしれないわ。
結局大雨の中、搬出をさっさと終わらせて、三角公園のベンチを一瞥する余裕をかまして、びしょびしょのぐしゅぐしゅのにゅるにゅるになって帰宅した。
絵のビニール開封する前に、とにかくシャワーよ、シャワー。
こうして、あたしは健全なる市民の美術展の搬出を終えたのでした。
気がつけば、展覧会そのものを観なかったという事に、「あ」って思った。
シャワーを浴びて、こざっぱりしてキッチンであったかいコーヒーを飲んでいると、カーテンに何らかの気配を感じた。
あ、雨が止んだのかな……ずるいぞ!
疲れ切って動きたくないのに、やっぱりカーテンの向こうが気になった。
ふぅ~、とため息をつきながらのろのろと立ち上がり、カーテンをシャッて開けると、虹が生えてたんだよ! 感動した、すごく感動したのよ。
疲れ切って、どよ~~んてしてたのに、カーテンを開くのと同じくらいの速さで、iPhoneを取り出してシャッター切ったのよ。
空がまだ曖昧だったし、根元の方しかはっきりしなかったんだけど、虹が、虹の根っこが目の前に現れた事で、今日一日がとても素敵な日に思えたんだ。
この感動とうれしさを蒼と共有したい! って思って、LINEしようとしてやめた。
蒼は蒼の時間ととりまく環境があるから、今は同じ空を同時に味わえないんだ。
さて、絵を息苦しいビニール袋から解放してあげようっと。
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