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第二章 黄色い魚

怪物 〜曖流のなんでもない日常 十二

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 月明かりの中、部屋の中をゆっくり尾鰭おびれを揺らす黄色の光る魚。
 詩画集を抱えたまま、魚のあとについてベランダにいざなわれた曖流の口からぼろんぽろんと続けざまに生まれ落ちる血豆色の玉。

『抗う血液をき止めて、そのからだを横たえる勇気』

 あ……あたしの声。何頁目だったかしら……ひたすら赤を募った人型のフォルムの絵。

『何を見ているの? 見えるものは一瞬さ。見えないものは永遠に続くけど』

 忘れたままにしたい声が返す。目を逸らさない深藍色の大きな瞳の猫の絵。

 クレーの絵に言葉をつけるゲーム。
 思い出せないのに憶えてる、声も言葉も空をす清潔に切り揃えられた指先の爪も。
あおい!」
 曖流は声に出して叫んでいた。 
 口から目から、さらにぼろぼろと血豆色の玉が零れ出す。
「痛い痛い! 目は止めて!」

 客注の詩画集を暗がりのテーブルに置くと、急いで洗面所の明かりを点けて鏡を覗く。
 長い髪が顔にまとわりついて、口の中の親不知はますます悪魔的に赤黒く成長して、横倒しのそれを心なしか立ち上がらせていた。鏡の中の曖流の顔はいつもの不機嫌な変顔よりも遥かに人間離れしていた。
 口に出してしまったその名前が、荒ぶる曖流を囲んでいた結界を溶かしてしまった。
 曖流は髪を無造作に束ね、キャミソール一枚になると、月明かりに照らされたキャンバスに丸腰、素手で挑む。
 両てのひらをキャンバスに押し当てて、べっとりした感触とともに中に入り込んで行く。腕の血管に向こう側の振動が伝わり波打つ。足を踏み入れると、ものすごい熱風で肺が焼かれそうだし呼吸がままならない。
『そんな軽装でここに来るものじゃないわ。大火傷をしてしまう。冷静になって曖流、私はあなたの味方です』
 髪も脳もどろどろに溶けてしまいそうな熱さの中で聴こえた少女のような声。

 翌朝キャンバスに前のめりに寄りかかって目醒めると、画布も曖流自身もカドミウムレッドにまみれていた。
 身体中が痛い。昨夜の制作状況はよく憶えてないが、この部屋の汚れをどうしたものか……恐ろしくて大家には当分告白できない。
「……くさい物には蓋よ。まずはシャワーだわ」

 それはほんの少しみそぎに似ている










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