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Chapter03 白光の戦女神(偽)パーティー、結成しました。

Episode39-2 東国の用心棒

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「ははは!そりゃあ、そういう反応になっちまうよなぁ。」
「は、え…?!なんで…!?」
「よぉ、この前ぶりだなぁ!元気にしてたか、お嬢ちゃんよ。」
「え、え、えぇええ?!」


(なんでいるのなんでいるのなんでいるのーーーー?!!!)


 彼は着物を着たまま川で遊泳でもしていたのか全身びしょ濡れで、こちらに一歩進むたびに乾いた土をその足で濃く色付かせた。
 チョコレートブラウンの長い髪を高い位置で一つまとめにしているのだが、今は濡れている所為でその筋肉質な逞しい躯体にぺったりと貼り付いている。
 翡翠のような澄んだ瞳をやんちゃに隠して、笑って口角を上げたそこからは八重歯が覗いた。


「いやー、魔物の数が多すぎてよ。さすがにひとりで捌くのが億劫で川に飛び込んだら、意外に流れが速くてな?なんとか陸に上がれたたと思ったら、お前さんたちがいたってわけよ。」
「う、お、お疲れ様です…!」
「おう、ありがとさん」


(違う違う、そうじゃないーーー!!)


 彼のやんちゃな笑顔と、「知ってるひと?」というユリアンの視線に板挟みになる。
 私がここまで焦っている理由は、春華祭でエリクと共に魔物と戦ってくれたあの彼だということだ。エリク同様、彼もまた魔族からしたら敵側の――勇者側の人間だからだ。
 そしてもうひとつが、こんなオイゲン遺跡手前で出会うようなキャラではない。彼はオイゲン遺跡をクリアした次のステージで、あるキャラの用心棒として出会うのだ。もちろんこれは主人公クローディアから見た話ではあるのだが。

 彼は大型犬のようにぶるぶると首を振って水気を飛ばすと、そのまま私の向かいにある岩を椅子代わりにして腰かけた。携えていた刀を鞘から引き抜き、水に浸されたことを気にしているのかあらゆる角度から凝視している。

 彼の名は、ヨシツネ。
 一度くらいは耳にするだろうその名前は、想像通り一部その人物をモデルにされているようだ。一部、というのはいろいろ理由があるが、目の前のヨシツネの性格はとても大らかだ。モデルにされた人物は貴族からなりたった武士の家系であるし、そもそも今彼が携えている刀はだいぶ後の時代のものだ。はっきり言ってヨシツネの性格は江戸っ子のようだし、ゲーム的には名前や背景だけお借りした感が否めない。

 改めて、ゲームでのヨシツネの生い立ちを思い返す。
 彼は、遠い東の島国からやってきたサムライ。
 やってきたというよりは、島流しにあったと言った方が正しい。
 だいぶ大雑把な性格だが、朗らかで忠義に厚く、義理堅い。
 その性格から主に剣を捧げて来たものの、主と部下の裏切りに遭い、命からがら逃げおおせた。彼の命を狙う者たちも、海まで追うようなことはしなかった為、流罪ということになっている。

 私は久方ぶりに見る日本人の顔付きに安堵しつつも、マイペースを貫くヨシツネにどう声を掛けようか迷っていると、もっともな質問がユリアンから放たれた。


「…だれ?」
「おお、すまねぇ!そういえば言ってなかったな!俺はヨシツネってんだ。んで、そっちは?」
「…ユリアン」
「じゃあユリ坊か!よろしくな、ユリ坊!」
「ユリ坊…」


 ユリアンがなんとも微妙な顔をしている。
 おそらくこんなにも勢いでガンガン喋りまくる者は四天王にはいなかったし、その微妙すぎるネーミングにも納得がいっていないからだろう。
 続けて私にもその翡翠の瞳を向けてくるということは、こちらも名前を求められているんだろう。
 敵になるかもしれない人間に名乗るのは、なんとも変な心地だ。


「え、と。私は、ヒナノ。ヒナノ・タチモリ。」
「…なんだって?」
「え?」
「なぁおい、もう一回言ってくれ!」
「ええ?!」


 何が一体どうしたというのか。
 私はただ自分の名前を言っただけだと言うのに。
 しかし、「自分の名前」に気付いた。そうか、彼はこのクローセル大陸にたどり着いてから、ずっと独りであったのだ。
 他人事ではない気持ちが、じんわりと心に滲んでいく。


「ヒナノ・タチモリ、だよ。」
「その名前…!お前、東国の人間だったのか?!あ、いやすまねぇ!なんか、なんだ。つい懐かしくなった。わりぃな、驚かせちまった」
「…ううん、いいよ。私も、ちょっと解るから」


(こっちの世界の人間じゃないから、何とも言えないんだけどね。それでも、やっぱり思い出しちゃうよね。自分が育った国のこと。)


 ヨシツネは、見知らぬ文化の見知らぬ土地でずっと今まで独りであった。
 東国への距離も遠く、クローセル大陸と行き来するような船もない。ヨシツネがこの大陸へたどり着いたのは偶然といってもいい。故に同じ東国人がいないのは、やはり彼も心細かったのだろう。
 私も日本の音を持つ彼の名前と、瞳は翡翠色をしているけれど顔付は日本人のものであるヨシツネに懐かしいと思った。

 切ない気持ちと温かな気持ちがない交ぜになって、なんだか照れ臭い。
 そんな笑みをどちらかともなく浮かべる。


「そっか。そんじゃあヒナノちゃんだな!あの後大変だったんだろ?王サマに招待された金髪碧眼の女の子だの、<白光の戦女神ルーティア>の再臨だのどうのって、城下じゃもっぱらの噂だったぜ?」
「あ…あはは。結構いろいろあったかな…。」


(…ヒナノちゃん。)


 今までの事を思い出すと、浮かべた笑みが引きつってしまう。
 しかしそれとは裏腹に、私の名前をつっかえることなく言えたヨシツネに、少しばかり感動していた。
 この世界のひとたちには、私の名前は言い難いのか「ヒナ」と呼んでもらうことにしているからだ。しかしきっと彼のように東国の人間は、私の名前を違和感なく言ってくれるのだろう。

 彼は八重歯を見せてにっと笑うと、思い出したように私とユリアンを交互に見やった。


「そういえば、あの兄ちゃんはどうした?オレンジの彼氏。」
「かれし」
「ちがうちがう彼氏じゃありません愚痴仲間です」
「かれし」
「ユリアンーちがうからねー彼氏じゃないからねー」


 目を見開き茫然とするユリアンに繰り返し否定しておく。
 そういえばエリクとヨシツネは何故だかしらないが、クロードと私を恋仲にしていたのだった。
 そんなに仲睦まじい行為をしていたわけじゃないと思うのだが。春華祭に男女でいると、勝手に恋人だと勘違いされてしまうのだろうか。
 私は顔をしかめつつ、手をぱたぱたと否定の意味を込めて振る。


「クロードは恋人じゃなくて、今は旅仲間なの。この先にお仕事で用事があってね。長虫ワームがすごいいっぱいだったから、申し訳ないんだけど私が限界で。私とユリアンだけ先に逃げてきちゃったんだ。」


 言いながら、私たちが逃げてきた方向へ目をやる。
 するとそちらにはようやく表情が解るくらいにまで近づいてきたクロードとディンが、へろへろになりながら走り続けている姿が捉えられた。
 同じものを確認したヨシツネは、太陽に晒していた刀を鞘へ戻すと、それを地に突き立て、柄に自身の諸手を置く。


「三十八計、逃げるにかずってやつだな。この魔物の量だ、逃げることも必要だぜ。俺みてぇによ」


 「俺が川に流されてきたのを忘れたか」というように、ヨシツネは笑う。
 敵になるかもしれないというのに、絆してしまう彼の笑顔につられて同じものを返してしまう。

 ヨシツネは地についた刀を持ち上げ、いつかのようにくるりと翻してその背で首をぽんぽんと叩いた。


「そういやよ、この先に用事があるっつー話だけど、どこまで行くつもりなんだ?魔物の量が量だ、ヒナノちゃんたち4人ぽっちでどうにかなるもんなのか?」
「ううーん、そうなんだよね…。私たちもこの魔物の量は想定外で…」


 少し進むたびに長虫ワームが無数に湧いてくる。
 その度に戦っていては、長虫ワームが湧く数に倒す数が追い付かない。もちろんその度に戦わずして逃げればいいのだけれど、活路を見出すにもそれなりに戦わなければならない。ルシオ・フィル・オズがいた時は逃げる前に総てを倒せるくらいの戦力があったけれど、今の戦力では逃げるにも危うい。
 ――そう、だから先程接近戦タイプがもうひとりいればな、と思ったのだ。

 いつの間にか地に落ちた視線を、ゆるゆると上げる。
 大股を開いてどっかりと岩に腰かけ、その膝に肘をついてこちら側に身を倒すヨシツネの瞳と、視線が絡んだ。


「実はよ。俺はこの先のエッダ炭鉱に野暮用があってな。」
「エッダ炭鉱!」
「おう。知ってるか?」
「まぁ、そこそこには」


 エッダ炭鉱とは、本来ゲームでヨシツネと出会う場所だ。
 オイゲン遺跡の地下ダンジョンの先――山に設けられた長いトンネルを越えた先に、もう人のいない廃炭鉱がある。勇者クローディア一行はオイゲン遺跡を抜けた先でエッダ炭鉱にたどり着くのだが、そこで誰かに「あるものを採取してほしい」と依頼を受けたヨシツネと初めて出会う。
 勇者クローディア一行と途中まで共に行動していたものの、ヨシツネは「ちょっと野暮用」と一旦パーティーを抜け、エッダ炭鉱のボス戦闘中にひょっこり戻ってさり気なく参戦してくれるのだ。
 ――「あるものの採取」に関しては、私も知らないけれど。

 ヨシツネは乱暴に後頭部を掻くと、少しは近くなったオイゲン遺跡の方を見やった。


「エッダ炭鉱に行くには、オイゲン遺跡近くの切通しトンネルをつっきらなきゃなんねぇんだが、落石で穴が塞がっちまってんだよ。数日すりゃ元通り通行できるって話だが、それまでじっとしてんのは性に合わねぇ。ってなわけで、ヒナノちゃんたちの仕事っての、手伝ってやってもいい。――用心棒としてな。」
「用心棒…」


(これは、悪くない話かもしれない…!)


 ヨシツネが今後どういった立場になるのかは解らない。
 敵方についてしまうのかもしれないが、今の状況を考えるととても魅力的な提案に思えた。

 はっきり言ってしまえば、私が相当な足手まとい状態であるのは間違いない。
 魔力が豊富でばんばん後方支援が出来ればよかったが、こちらには金髪碧眼でいるための魔力を温存しておかなければならない理由がある。だから他のみんなよりも攻撃回数も少ないし、実質3人弱の戦力しかないわけだ。
 それにディンの後方支援があれば、ユリアンとクロードふたりには充分だったりする。
 となれば、手っ取り早く続々と湧いてくる魔物を蹴散らすには、接近戦で暴れてくれる人物がもうひとりいれば、とても心強い。


(それにヨシツネたちはまだ知らないけど、オイゲン遺跡のダンジョンをクリアしたら、もうエッダ炭鉱に出ちゃうもん。それはヨシツネにとって一石二鳥になるよね。)


 だから依頼料はまけてくれ、とは言えなかった。
 これを知っている理由を問われるわけにはいかないからだ。
 私はあまりふっかけられないよう、困ったように腕を組んで悩む仕草をしてちらりと彼に視線をやった。


「ううん、そうだなぁ。今後のこともあるし、あんまり高いと…」
「へへっ、今回はヒナノちゃんが依頼主だからな。特別料金だ!」
「え?!ほんと?!」


 その言葉に慌てて飛びつきそうになる。
 彼はそんな私を見ておかしそうに笑うと、やっと追いついたふたりの姿を目に止めた。


「は、はぁ…おま…たせ……ああ、もうだめ…」
「は、くそ、お前ら…はやすぎ…だろ…」


 クロードは近くまでやって来ると剣をその場に突き立て、ずるずると地面に突っ伏し、はたまたディンも仰向けに寝っころがってしまった。
 ――そりゃあ長時間戦ってきた上で、ここまで全速力で走ったらへばってしまうのも無理はない。
 ユリアンに抱えられた私はそこまで疲弊していないのが、ちょっと申し訳なかった。

 クロードが寝そべった際に、背中に背負ったナップザックからコロコロとひとつのジャガイモが転がり出た。それがヨシツネの足元まで転がって、彼がそれを揚々と取り上げた。


「ってわけでだな、依頼料は今日の昼飯ってことでどうよ!」
「ええ?!そんなんでいいの?!」
「おうよ。特別だっつったろ?で、どうする?」
「そんなのもちろん決まってるよ…!」

 
 「お願いします」と慌てて頭を垂れる私に、「よしよし」と満面の笑みを浮かべるヨシツネは、そのままへばっているクロードたちの頭部を指先でつんつんと差して遊んでいる。
 ひとまず戦力不足はこれで少しは補えただろうか。
 ほっと息を吐いたところで、今まで声を出さなかった菫青石アイオライトの瞳と目があった。

 どうしてかその目は、珍しく不満に満ちている。


「ユリアン?」
「……俺じゃ…ダメ…?」
「え?」


 名を呼ぶと、今度は悲しげな色をその目に浮かべたユリアンに驚く。
 どういうことかと目を瞬くけれど、答えなど求めていないかのように顔を逸らされてしまった。


(俺じゃダメ?って……それ)


 まさかヨシツネを引き入れたことが、ユリアンの力不足と勘違いされているのか。
 もしそうだとしたら間違いだ。力不足なのは私の方で、むしろみんなの足を引っ張ってしまっているのだ。私は慌ててユリアンに手を伸ばすけれど、彼に触れる前にヨシツネが私を呼んだ。


「おー、そうだ。ヒナノちゃんよ、そろそろ靴履いちまった方がいいぞ。このオレンジの坊ちゃんが彼氏じゃねぇってんなら特にな。」
「え?なんで?」
「なんでもなにもよ、そこのユリ坊もそうだったろ?」


 未だにクロードの鮮やかな髪に指を突っ込んでぐりぐりとこねくり回しながら、呆れた目をこちらに寄こすヨシツネに小首を傾げる。
 確かにさっきのユリアンもおかしかったが、なにがいけないというのか。
 解らないという私に訝しげに眉を顰めたヨシツネが口を開く。


「あのなぁ。年頃の女の子が、そんな生足晒すもんじゃねぇぞ?とこン中ってわけじゃねぇのに。」
「……え」


 「そんなの東国でもこっちでも同じだろうが。ほらさっさと履いちまえ」とまたクロードいじりに戻ってしまった彼。
 それはまさか、素足を見せるのは身体を許している者にだけ、ということか。
 確かに、同じような年頃の女の子はロングスカートが多かったように思う。そういう民族衣装のようなものかと思っていたが、もしそうなら「素足を晒す」ということがどれだけ異質か、ヨシツネの言葉にようやっと理解する。


(も、もっと早くいってよーーーーー!!!)


 心の中で絶叫しつつ、慌ててロングブーツを身に着けた私は、ようやっと復活したクロードたちに事の経緯を説明する。私たちが向かうオイゲン遺跡にヨシツネも同行することは、クロードたちも否定することなく認めてくれた。



 私たちは早々に昼食を平らげ、話もそこそこに早速オイゲン遺跡に向けて歩を進めた。
 

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