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Intermedio02
Episode29 暗躍
しおりを挟む視界は、ただ闇を濃縮した空間を映す。
肌に纏わりつく気持ちの悪い湿気の所為か、ここはとても黴臭い。
かといって、この場所が嫌いと言うわけじゃなかった。
抱えた膝越しに、闇の中で蠢くそれらを見つめる。
貪欲な飢えの色が隠されることなく赤い目を光らせ、空間を満たすほどの夥しいそれが爛々と輝いていた。
――アレがこちらに牙を剥くことはない。
この闇の満ちる空間でさえ見失うことのない、淡く光る己の掌を広げる。
――この力があれば、ひとの命を弄ぶことだって出来る。
すでにこの手は、望んでもいないのにいくつもの命を散らしてきた。
「こんな力……ほしくなんてなかったのに…っ」
いつの間にか強く握り締めていたその手から、じんわりと生ぬるい赤が染み出てくる。
その臭いにいくつもの眼光がこちらを映すのに、彼らは決して一定の距離から近付くことはない。
それもこの忌まわしい<力>の所為だ。
(いいえ…。どんなに嫌でも、この力がなければいけないの。この力があれば。)
はじまりの忌まわしき過去も、過ちを正す現在も。
この反吐が出そうな気持ちに目を瞑ってでも、この力とともに共存する他ないのだ。
気だるい身体に鞭を打ち、闇の中を一歩ずつ進む。
異臭の漂い始めたそこに立てば、無数に赤く光る眼光の中央に立っていた。
彼らはこれからどうなるかも知らずに、この力に意思すらも飲みこまれて、無条件に従うしかない。
淡く光る手を振り上げると、彼らは突然断末魔の悲鳴を上げてのた打ち回った。
ある者は絶命し、ある者は苦しさを紛らわせるためなのか同士討ちを始め、ある者は自身で命を絶った。
――地獄のようだ。
この力が生み出せるものは、希望でもなんでもない。
ただ、ひとの欲を満たすために利用されるだけの、悲しい力だ。
淡い光が、空間に広がる。
絶命した肉体たちをやさしく包んで、灰となる前に形を残す。
――この力がどんなにおぞましく、利用されているのだとしても。
掌に出来てしまった傷を舐めて、ツンとする鉄の味に顔を顰める。
「……あのひとは、私が。」
硬く冷たい決意を揺るがすものなんて何もない。
あの幼かったあの日から、ずっと心に誓ってきたのだ。
それなのに、何故か気になる。
――夕暮れ時に出会った、あの金色の少女のことが。
しばらく生きて来て、あんなに見事な髪色と青い瞳は見たことがない。
一瞬、期待してしまった。
けれど違う。全然ちがう。ひとつも、少しも似ていない。
ただでさえ、私がしようとしたことを何の形も残せないまま台無しにしてくれたのだ。――許せない。
アレは、邪魔だ。
光のような金髪だろうが、もう関係ない。
アレは私の邪魔をする。
それならこちらも、容赦なんてしない。
カツン。
背後で、もはや聞き慣れた靴音がした。
きっと彼も予定外のことで驚いているに違いない。
だって先日にも来たばかりだというのに、こんなにも早くにここを訪れたのだから。
振り向くと、そこには想像通りの男がいた。
けれど想像と違ったことがひとつだけある。
――男はうすら寒い笑みを浮かべて、地に転がる屍を無造作に踏みつぶした。
(……嫌い。こんな男、私だったら絶対嫌。)
こんな男と目的を同じくしなければならないだなんて、とてもではないが嬉しいとは露程も思えない。総てが自分の望むままに動くと思っているに違いないからだ。
しかし、この男がいなければ目的に手も伸ばせなかったことは、嫌でも認める他はない。
男はこちらが向ける侮蔑の目を意にも介さずに、無数の屍を見て満足そうに笑った。
予定外のことが立て続けに起こっているのに、どうして男はそう笑っていられるのだろうか。
それを問うと、男は休日の予定でも立てるように愉しげに言葉を紡ぐ。
――なんて言ったんだ、この男は。
思わず嫌悪感を隠せずに顔を顰めてしまうけれど、そんなこと、この男にとってはどうでもいいようだ。
男は怖気の立つくらいにやさしい瞳で、「準備は整いつつある」と呟き、横たわる屍をゆっくりと撫ぜた。
――戯曲は、もうはじまっている。
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