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Chapter02 魔王軍四天王、スラヴォミール王国へ潜入しました。

Episode26-2 戦女神の晩餐会

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 先ほど私たちを部屋まで案内してくれたメイドだった。
 彼女は私を認めると、軽く頭を下げてからこちらに歩んでくる。


「<白光の戦女神ヴァルキリー>様、お召し変えの準備が整いましたので、お迎えに上がりました。」
「え…お、お召し変え?」
「はい。只今、晩餐会のご用意をさせて頂いております。陛下もご列席なさいますので、そちらのお召し物は……」
「あ……」


 歳は30代くらいだろうか。
 赤茶の髪をしっかりとまとめた細見の女性は、私の肩口に目をやると痛々しそうにそれを伏せた。

 私の左肩から胸に差し掛かるあたりまで、斜めに一本の赤い筋が出来ている。それもあの謎の人物によるカマイタチのような攻撃の所為なのだが、お陰でルシオからもらった服も綺麗に切り裂かれてしまっていた。


(う…そっか、王様と会わなきゃいけないのか……。)


 国王に会うような正式な場なら、確かにこのような格好はよろしくないんだろう。
 どうしたらいいんだろう、と私の手を掴んでいるオズを見上げると、彼は少しばかり考えるようにしてから、肩を竦めて手を離した。
 ――行って来い、ということだろう。


(オズ…なんだったんだろ?)


 私はみんなに「行ってくるね」と告げてメイドさんの背について行くと、先程の来賓室より離れた、私の為に用意されたという部屋にたどり着いた。
 ――なんと、この世の色と言う色を集めたかのようなドレスが、だだっ広い部屋にずらりと並んでいるじゃないか。

 私はまた別の意味で部屋に一歩踏み出せずにいた。


「え、え…?!お、お召し変えって、ただ普通の服に着替えるだけじゃないの…?!」
「何をおっしゃいます!の女神の生まれ変わりである<白光の戦女神ヴァルキリー>様が、そのようなみすぼらしい格好で良い筈は御座いませんわ!さぁさぁ、湯浴みをご用意しておりますので、まずはお身体を綺麗にしなくては…!」
「え、ぇぇえぇえぇ…?!」


 彼女――モニカは、名乗っていなかったことを詫びると、「時間は待ってはくれませんわ!」と私を浴室まで引きずり、なんと手際よく私の服は脱がされてしまった。
 泡が張った白く滑らかな陶器の浴槽に身体を沈めて、傷がピリピリと痛むのに顔を顰めてしまう。


「あの、戦女神ヴァルキリー様…?もしよろしければ、ポーションをお持ちいたしますが…。」
「え?ああ…これは……」


 モニカはまるで自分の傷のように辛そうに顔を顰めた。
 彼女の計らいには感謝すべきなのだろうけれど――どうしても、オズの言葉がちらついて頷けない。


(オズは、クロードのことも断ってたし……この怪我は、私の責任だって言ってた。私が治さなくちゃいけないんだよね…?)


 オズの言うことはもっともで、この肩に受けた傷も私が判断して行動した結果だった。だからこれは、私が自分でポーションを得るか、回復魔法を使えるようになって治すのが道理だと思うのだ。

 私のライトブロンドの髪を羨ましそうに見つめながら濡れないように纏めてくれるモニカに苦笑して、やんわりと断ることにした。


「ごめんなさい。これは…あとで、私が治すから大丈夫です。」


 まだ回復魔法すら扱えないけれど、今はこのままでいい。
 モニカは何故すぐに治さないんだと不思議そうにしていたけれど、敢えて突っ込んでくることはしなかった。

 そして。ここからがとても素早かった。
 私は他人に身体を洗われると言う人生初の経験を瞬時に終わらせて、ドレスの大群の待つ部屋に戻ってくると、いつの間にか現れたもうひとりのメイドさんとあれやこれやとドレスを当てられた。
 これがまた大変だった。
 真っ赤だとか、どピンクだとか、いやいやここはルーティアの生まれ変わりなのだし、春華祭の「日華の女神フローラ」に合わせてオレンジでしょう、とメイド同士で白熱してしまった。
 ――残念だが髪と目は外人仕様でも、顔も身体も日本人なのですよ。


(どうもその……原色は勇気がいるといいますか、ねぇ…?)


 服によっては原色も着たりするけれど、いきなりのドレスで原色はつらい。
 先輩の結婚式にだってもうちょっと落ち着いた色のドレスを纏ったものだ。
 私は彼女たちが言い合いをしている傍ら、壁一面に下がったドレスたちをひとつひとつ見ていくことにした。やはりルーティアを意識しているのか、寒色系統はひとつもない。――その中で、これならばいいか、というものを手に取る。
 しかしまぁ、デザインがよくない。いや、もちろんドレスだけ見ればかわいいのだけれど。

 ものによってはガッツリ背中が開いていたり、スカートが妙にヒラヒラすぎたりと手を出しにくい組み合わせがあるわけだ。
 私が手に取ったのは、色はいいが問題なのは胸元とスカート部分。

 色は淡いライトクリーム。
 胸元は惜しげもなくそこを見せろと言うのかハートカット。
 スカートは生地を等間隔に引き上げて、まるでショートケーキのクリームのようにひだをつくったタッキングスカート。その裾は長く、きっと引きずって歩くタイプだ。
 ――ゴミまで引きずりそうだなぁと思ったのは、庶民だからだろうか。


(うん、まぁ色はかわいいんだけど、形がなぁ…。)


 さすがに水着を着ているわけでもないし、ここまで胸を晒せるほど勇気はない。――と、またドレスを戻そうとした時だ。目ざといモニカに見つかってしまったのだ。


「まぁ、戦女神ヴァルキリー様!そちらが宜しかったのですね?!」
「へ!?い、いや、なんとなく見てただけで…!」
「いいえ、とてもよくお似合いですわ!早速お召し変え致しましょう!」
「ぇぇええ?!」


 そこからが、怒涛だった。
 ドレスの形に合うコルセットをメイドのふたり掛かりで、あばらが折れるんじゃないかというくらいに絞め上げられて、先程のドレスをやっとまとったかと思えば、私に合うように手早く針を通して軽く仕立て直しが始まるし。
 とも思えば、唐突に全身を映す事が出来る程の姿見の前に椅子を用意され、そこに座るともう、縛られているわけではないのに拘束されたと同義だった。

 甘い香りのする水をぺしぺしと叩き塗られ、ちゃっちゃとブラシを顔に走らせていく。かと思えば、モニカは髪の斜め半分をハーフアップにして、その束を左耳の上で結って大輪のユリのようなオレンジ色の花を挿しこんだ。そして余った半分の髪を同じ左肩へ流すと、ちょっと大人めの髪型になる。
 ――驚いたことに、これで肩口の傷が隠せてしまったからさすがだ。

 1時間は、優に掛かったと思う。
 私は何もしていないのに、なんだろうこの疲労感は。
 反対にメイドのふたりは目をキラキラと輝かせて、完成した作品に感激しているようだった。


「もともと愛らしいお方だと思っていたけれど、お化粧でこんなにお変わりになるなんて…!」
「お靴のサイズもあまりに小さくて戸惑いましたけれど、お御足みあしにぴったりのものがあってよかったですわ!」


(それって子供っぽいって言われてる?言われてるよね??)


 元々幼く見えると言われる日本人だし、さらに言えばこちらの世界に来てからずっとスッピンだったわけで。――私だって元の生活じゃ、こうやって毎日化粧をしていたんですからね、と言ってやりたいところだ。
 あまりに彼女たちの感動が目に見えてわかると、そんなにスッピンとめかし込んだ私では差があるのかと思い知らされて、ちょっとだけ苦しい。
 彼女たちを横目に、とりあえずどうなっているか見てみるか、と姿見を確認すると――ああ、これは。


(確かに……これは、感動しちゃうかも…。)


 <白光の戦女神ヴァルキリー>だなんて勘違いされ、オズと気まずいこんな状況でなければ、ドレス選びから楽しんでいたかもしれない。
 今の私は、いうなれば別人だった。
 髪は見慣れた黒目黒髪ではなく金髪碧眼だし、その髪も大人っぽくセットされている。化粧もナチュラルメイクではあるものの、そこに明るいペールピンクのチークとローズピンクのリップで甘さを加える事も忘れていない。

 胸元はコルセットの所為もあってきゅっと引き寄せられていて、これを見せて歩くのは物凄く気が引ける。けれど姿見に映った自分が自分ではないようで、これでいいかと思わせてしまう。
 身長だって、高校生の時に冒険したくらい凄まじく高いハイヒールを履いているから、見た目の印象はすごく変わったと思う。


(ほんと、こんな状況じゃなかったらなぁ……。みんなに、見てもらいたいなって思うのに。)


 オズは、なんて思うだろう。
 心の中でずっと引っかかっているオズが、真っ先に思い出される。
 きっと、まだ怒っているはずだ。私を連れ出そうとしたのも、きっとなにか私が理解していないことがあったからに違いない。
 ――重たい溜息を吐いて、これからどうオズと接すればいいのか悩み始めた時だった。

 コンコン、という軽いノック音の後に、返事をする間もなくドアが開いて、ミルキーピンクの髪がちらりと覗いた。


「失礼しますよ。どうですかね?そろそろ支度は済んだかな?」
「あ、エリク様?!女性が着替えているのに、勝手に開けたらダメじゃないですか!」
「いいじゃない、もう終わってるんだろ?お歴々れきれきがお待ちだよ。」
「まぁ、もうそんな時間だったかしら?!」


 素早く部屋に入り込んだエリクをとがめたモニカをひらりとかわした彼は、悠然と歩いてくると私を認めてぴたり、とその足を止めた。
 やさしげな紅玉ルビーの瞳が、少しだけ大きくなる。


「これはこれは…。やはり女性とは侮れないな。ここまで美しいと、まるで言葉も出ない。」


(いやいや、出てる出てる。出てますよー。)


 ゲームでも女性慣れした発言の多かったエリクに覚悟はしていたものの、やはり言われ慣れていない言葉というのはどうしてかかゆくなる。
 彼は優雅に膝を追って私の手をさらうと、小さく音を立てて私の手の甲にキスをした。――男の柔らかな唇の感触が、ぞわぞわと身体に電流を流していく。


「それでは女神殿。この僕に、貴女のエスコートをする栄誉をお与えください。」
「え、え…で、でも、みんなは…?」
「ご安心ください、別の者がご案内差し上げております。ですから、こうしてお迎えに参じたのですよ。」
「え、あ、あの…」
「エリク、と。女神殿。」


(う、ううううっ…何なの何なの、このオーラは…っ)


 フィルが王子様のようなキラキラオーラなら、クロードはちょっと子供っぽくもある純粋な明るいオーラだ。けれどこのエリクのオーラはちょっと甘くて、クラクラしてしまいそうで。――そう、正にフェロモンが溢れかえっているような感じだ。
 たれ目の所為でやさしげに見えるけれど、彼は手が早そうだ。

 エリクのフェロモンに次第に顔が熱くなっていく。
 ――ああもう、そんな楽しげに見ないでください。


「この可愛らしい御手みてに触れるだけでも、大変な至福ではあるんだけど。美しい女神殿を見せつけて歩きたいと言うのは、扱いに困る男の性分なんだよ。」
「う…もう、もういい、もういいからっ。早く行こう…!」
「ええ、僕の女神殿。それでは参りましょう。」


(いつから「あんたの」になったの…っ!)


 もはや突っ込むたびに突っ込まねばならないようなことを言われそうで、諦めて何も言わずについていくことにした。
 ここまで着替えを手伝ってくれたモニカたちに礼を言って部屋を出ると、エリクの腕に手を絡めるように促されて、渋々触れる程度に従う。


「それにしても、背もだいぶお変わりになられて。歩き方も様になっているみたいだけど……足、大丈夫?無理してるんじゃない?」


(あれ?心配、してくれてる…。)


 今までの芝居がかった口調はなくなり、ちょっと気さくに話しかけてくれるエリクにほっとする。なんだかシェイクスピアの難しい言葉のやりとりみたいで、ちょっとだけ気が引けていたのだ。
 私はエリクの言葉に首を横に振った。

 高いヒールは、久々に見た時は正直なところ歩けるかどうか不安だったけれど、実際履いてみると昔歩いたことを身体が覚えていたのか、腰を曲げる事なくまっすぐ歩く事が出来た。
 靴擦れの心配も今のところはないと思う。

 どうもエリクはゲームの時から女性に気安くて、どう接したらいいのか解らないところがあったけれど、こうして内面を知るとちょっとだけ好感が持てる。
 私は自然と、彼に笑みを浮かべて見せた。
 もしかしたら、エリクに笑みを向けたのは初めてかもしれない。


「ううん、大丈夫。ありがとう、エリク。」
「……あ、いや…。うん。どう、いたしまして。」
「エリク?」


 まるで本物のような紅玉ルビーの瞳を瞠目させたエリクを呼ぶと、彼は戸惑ったように「ちょっと調子が」と呟いて小さく咳をした。――体調でも悪いんだろうか。
 小首を傾げて体調のことを問おうとしたところで、エリクの足がおもむろに止まった。続けて倣うと、目の前には真白の大きな開き戸が構え、その左右には騎士団とは異なる鈍色の甲冑を纏った兵士が2名、凛と佇んでいる。

 エリクを見上げると、丁度彼もこちらを見たところだった。
 彼は先ほどまでの笑みを取り戻したのか、鮮やかにその整った顔を彩って見せた。



「さぁ、女神殿。この広間に、陛下がお待ちです。準備はよろしいですか?」


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