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Chapter02 魔王軍四天王、スラヴォミール王国へ潜入しました。
Episode18-1 パーティー結成
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照明魔具に灯された淡い黄色を帯びた光が、酒に酔い、腹を満たしていく客たちを照らす。酒場ならではの喧騒が少し心地いい。
上を見上げると高い天井には木製のシーリングファンがくるくると回っている。二階にも一階と同じように丸テーブルが置かれていて、そちらも満席なのか給仕の可愛らしい女の子たちが忙しなく動き回っていた。
私たちはあれからロンベルク教会を足早に出ると、すぐに丁度東へ直線状にある王都カンデラリアに向かって歩き続けた。陽が傾きかけた頃に差し掛かった町で宿を取ることにし、今は近くの酒場まで足を延ばしていたのだった。
適当にメニューからそれぞれが注文をして、しばらく経った。
しかしながら、この沈黙はつらい。
隣りに座っているルシオは、テーブルに肘を置きその手に顎を乗せてはいるけれど、不貞腐れたようにそっぽを向いている。反対側にいるフィルからは笑顔が消えているし、お向かいのオズはあからさまに眉間に皺を作ってしまっている。ルシオとオズの間に納まっているユリアンに関しては、未だに頬を赤らめたまま俯いていた。
(いや、うん…私が悪いよね、そうだよね。)
ユリアンと同じく頬に熱を感じながら、顔を隠そうと俯いた。
その時に肩を流れる私の髪が目に入る。――目の前のひとと同じ、紅の髪だ。きっと目は髪と同じく燃えるような色なんだろう。
私は教会を出る間際のことを思い出して、小さく息を吐き出した。
※ ※ ※
甘く熱い吐息が漏れる。
壁に押し付けられるようにして、私とルシオは絡み合っていた。
『ヒナ…っ!』
『る、シオ…』
久しぶりのルシオのぬくもりが、こんなにも愛おしい。
激しいキスの合間にぎゅっと抱きしめられて、胸の奥が悲鳴を上げてしまうくらい、想いが高まっていく。
――魔力を得ておきたいというのは本当だ。けれど、それを口実にしている自分もいるのだろうと気付いていた。
ルシオの武骨な手が私のインナーの下に潜り込み、腹部を撫で上げながら服を捲し上げようとした時だった。
横にあったドアが不意に開いたと思ったら、純白の髪をさらりと揺らして彼が入ってきたのだ。
菫青石の瞳に、私たちが映る。
『ヒナ。髪とか、幻術かけるの忘れ…て……た…』
『あ……』
『あー…ほんと空気読めねぇ…』
※ ※ ※
斜めお向かいのユリアンが頬を赤く染めているのは、そういう経緯があったからだ。なんだかお互い気まずくなってしまって行為をするという雰囲気もなくなり、そこで「まだか」という苛立ったオズの声に慌ててユリアンに幻術をかけてもらった。
――今の私の身体にはオズからもらった火属性の魔力しかないため、髪と目の色は必然的に赤くなる。
まるで兄妹のように見えなくもない私とオズだけれど、やっと外へ出てきたルシオを見て更に腹を立ててしまった。私とキスを交わしたことにより、ルシオの青みがかった金眼を見た所為だと思う。オズもフィルも「俺を待たせといててめぇこの野郎」状態になってしまったというわけだ。
給仕の女の子が彼らに熱い視線を送りながら滞りなくテーブルに品々を置いていくと、総てが出そろってからオズが口を開いた。
「で、まぁルー君が俺たちをほっぽっといてがっついちゃった経緯は置いておくとしてね。」
「僕としてはそこのところを深く追及してほしいけれどね。」
「いやいやフィルさん。俺としても『わざわざひとを待たせておいてすることなんですかね』っていうのを怒鳴り散らしたいけど、俺たちイイ大人ですし?そこは美味いスープと一緒に飲みこんでるんで。」
「そうだよね。本当なら許せないけれど、仕方ないよね。あーあ、せっかくの鶏肉の炙りが美味しく感じないよオズさん。」
「大人げねぇよ!全然大人げねぇから!!ハッキリ言えよそこまで言うなら!」
「開き直るな少年。」
「少年じゃねぇ…っ」
テーブルに手をついてガタン、と椅子を蹴り倒しそうな勢いで立ち上がって威嚇をするルシオだけれど、まるで子供のようにフィルとオズにあしらわれてしまう。ルシオも慣れたもので、怒りは収まりきらないようだけれど、テーブルに付いた手をぎゅっと握りしめ、もう一度そこに腰を下ろした。
――少し騒いでしまったが、この酒場の喧騒の中では目立っていないらしい。
この席が一階フロアの片隅ということも幸いして、ちょっとやそっとでは人々の目がこちらを向かないことに安堵する。
フィルとオズはルシオの悔しそうな顔を見て、少しばかり気を良くしたのか先程より雰囲気が柔らかくなっている。私ではなくルシオが的になってしまって申し訳ない想いで彼を見つめると、それに気付いた彼はその釣り上がった瞳を柔らかく細めた。
どくん。
(うううう。だから、急に笑っちゃダメなんだって…っ!)
今まで不機嫌な顔をしていたのに、イケメンが急に笑みを浮かべちゃいけない。――私だけ、だなんて誤解しそうになる。
心臓がばくばくと早鐘を打ち、それを何とか誤魔化そうと「私の所為でごめんね」と口を開きかけた時だった。
風を切る音がして、見つめていたルシオの手がさっと彼の顔の前で翻ったかと思うと、鈍色に光る何かを器用に掴んでいた。
それは先に行くほど滑らかに曲線を描いたものと、鋭く3つに先割れしたものだった。ルシオの指の間に納まるその華奢な2本は良く見慣れたもので。
(え、え…?!な、なんでナイフとフォークが飛んでくるの?!)
雑多な市民向けの酒場だし、ひとりひとり丁寧にナイフやフォークを置いてくれるわけではない。それらを人数分つめこんだ長方形のバケットが、テーブルの中央に置いてあったはずだ。
身体の底から来る悪寒にぞくりと身体を震わせると、左手の方から極めて明るい声が発せられた。
「ルーシーはステーキだから、ナイフとフォークでいいよね?」
「普通に渡せや!普通にっ」
「はい、ヒナはクリームパスタだから、ナイフはいらないね。スプーンはいるかな?」
「あ、う、うんっ。いるっ」
キラキラした笑みが再びフィルの秀麗な顔を彩り、「態度違い過ぎんぞ」と唸るルシオを尻目に、私に言葉通りのものをやさしく握らせてくれた。
――私にまでフォークとか飛んできたら確実に死ぬな、と思ったことは口には出すまい。
それぞれが必要な器具を手に取り、食事に手を付け始めた頃。
軽く息を吐き出したオズが、改めて切り出す。
「そんじゃまぁ、本題入るわ。とりあえずはこの面子で行動してくわけだし、今までの経緯にしても、ちびの目的にしても、俺としては改めてここで共有しておきたいね。」
「あ、うん!私も、<精霊王の住む森>がどうなったのかとか訊きたいし。」
「そうだね。僕も教会で何があったのかざっくりとしか聞いていないし。」
「……ってわけで、ユリ頼む。」
「うん。」
オズの言葉に、今まで俯いていたユリアンが勢いよく顔をあげて、あまり変化のなかった表情がちょっとだけ嬉しそうに綻んだ。
ユリアンは何かを唱えるでもなく、周囲の音に耳を澄ませるかのように目を閉じて、彼の菫青石の瞳が再び覗くと小さく頷いた。
(どういうこと?)
疑問符を顔に浮かべていたのだろう。
私を見たフィルが「効果を最低限にした無音状態を僕たち以外の人間にかけたんだ」と教えてくれた。これならまったく音が聞こえないわけではなく、ちょっと耳が遠くなった程度だと言う。すでに酔っぱらっている彼らにしてみれば、酒が回ったのかと思う程度だそうだ。
準備が整ったところで、まずは私がこの世界に来た経緯やこれから成そうとする目的を話すことになった。
まずは元の世界で、私はこちらの世界の物語のようなものを読んだと言うこと。そして気が付いたらルシオの城の一室にいたこと。
ルシオが攫った筈の<白光の戦女神>と噂され始めた勇者と入れ替わっていたこと。
ルシオの城で<貪り食う者>と化したメイドさんに襲われ、丁度城を訪ねていたフィルに助けられたこと。――そして私が、かつて魔王と婚姻を交わして魔族へと堕ちた女神<夜霧の花嫁>の生まれ変わりであること。
フィルたちから、魔族の流行病のようなもの――<貪り食う者>に変化してしまうという現象を解決したいと言われたこと。
ルシオやフィルと関わるうちに魔族の一面を知り、このままでは元の世界で読んだ物語と同じ結末を迎えてしまうということに気付き、まずは人間との争いが公然のものとならないように動いているということ。
(その第一段階が、<精霊王の住む森>に居座ってた魔族を倒すことだったんだけど…)
その魔族が<貪り食う者>であるのか確認も出来ないまま、ユリアンに攫われてしまったのだけれど。――と言う言葉ははっきりと言えずに、ちらりとユリアンとオズを見る。
そこで一瞬左側から迸る冷気を感じてびくりと身を震わせたユリアンだったが、慌てて私が続けることによりフィルの冷気は引っ込められた。
「あ、そ、それで、どうだったのかな?!教会に来てた人からはなんでもないって聞いてたけど、実際<精霊王の住む森>にいた魔族って<貪り食う者>だったの?」
「ああ、それについてはルーシーに説明をお願いするよ。」
「え?一緒にいたんじゃないの?」
いつも説明といえばルシオというよりフィルであったように思う。
ルシオの説明が下手というわけでもないのだけれど、そういったことを得意とするのはフィルの方だと思っていた。そんな彼がルシオに役目を譲ると言うのはどういうことだろうと問うと、爽やかな笑みで再び冷蔵庫くらいの温度が蘇える。
「ヒナを捜していたんだよ。鼻は僕の方が利くからね。でもかと言って、当初の目的を放棄するのは、ヒナの良しとするところではないだろう?だからルーシーと分担することにしたんだよ。」
「それもちゃっちゃとヒナを見つけられるって踏んでの役割分担だったけどな。丸々2日も掛かってちゃ世話ねぇよ。」
「あはは。本当に、そうだよね?」
(さ、寒いぃいいいっ!!)
ルシオの一言がフィルの押してはいけないスイッチを押してしまったようだ。フィルの握っているスプーンの持ち手が、はっきりと凍り付いている。
だけれど、確かにそこは私も不思議ではあった。
狼であるフィルがいるのだから、きっとすぐに私を見つけてくれるだろうと思っていたのに、彼らがロンベルク教会へとやってきたのはルシオの言うとおり、私が攫われてから丸々2日目だった。
<精霊王の住む森>はスラヴォミール王国北の郊外で、ロンベルク教会は王国から西へ行った場所――それも隣国に近い国境近くだ。どうもゲームの感覚が抜けなくて、歩いたらどのくらいの時間がかかるのかなど考えたこともなかった。しかしユリアンに攫われて教会に着くまでにかかった時間は数時間だった筈で、四天王最速の氷狼フィルの足ならあっと言う間にたどり着ける距離だ。
その疑問を心から出せずにフィルを窺うと、答えの一部は彼自身から紡がれた。
「あはは。まさかヒナを攫ったのが、どこぞの家禽――ユリアンだったとは思わなくてね。本当、そこまで考えが至らなかったあの時の僕が悔やまれるよ。」
「もしもしフィルさん。せっかくの俺のほかほかスープが冷製スープになっちゃったんだけど…。」
「元はと言えばオズの浅知恵なんだろう?鳥頭が自分で判断して行動できるわけがないからね。本当、僕も舐められたものだよ」
「ハハ、浅知恵ねぇ…」
(怖い…っ!怖いよ!!)
お隣りからは冷凍庫並みの冷気が、お向かいさんからはオーブンから漏れ出るくらいの熱気が溢れ、お互いに打ち消し合っている。――本来なら水と火、氷と雷で相殺する筈なのに、温度はまた別なのか?という疑問は空気を読んで仕舞い込む。
内心びくびくしながらも、助けを求めるように右隣のルシオとユリアンに疑問を投げかけた。
「あ、あーええと、なんでユリアンだと、フィルじゃ見つけられなかったの?」
「え、えっと…。それは…」
「こいつが毒鳥だからだよ。」
「え??」
(毒鳥、だから…?)
更に解りません、と首を傾げる。
ユリアンが四天王の毒鳥だからとて、匂いというものはあると思うのだが。それを認知できなくなる作用でもあるのだろうか。
(あ、でも私攫われる時、気絶してるんだった!)
ユリアンに乗せてもらったということらしいが、もしかしたら空を飛んで教会まで運んだのかもしれない。確かにそれなら地上を行くフィルには匂いを辿れない筈だ。
「ああ、そっか!鳥だもんね、そっか!さすがに飛んで行ったら匂いなんて解らないもんね!」
「え…。」
なるほど、と自分で出せた答えを揚々と口に出した所、気まずさを前面に押し出したルシオと、更には今まで睨み合っていたフィルとオズまでもが驚きに目を丸くしている。
唯一悲しそうに目を細めて俯くのはユリアンだった。
何事か、と戸惑う私にそのユリアンがおずおずと口を開いた。
「………俺、飛べない……。」
「………え?」
「ヒナのことは……地面に潜って、運んだ…」
「………え?」
(え、や……なんだって?)
衝撃的事実を突きつけられ、思わず皿にフォークとスプーンを置いてまじまじとユリアンを見つめてしまう。
純白の髪はあの大きな鳥の姿を彷彿とさせ、キラキラと淡い光を放っていたのが忘れらない。翼だって、靡く尾だって美しい羽根を持っていたし、それが飛べないとはどういうことだ。
ゲームをプレイしていた時を思い出す。
丁度ユリアンと戦闘していた時だ。ボスキャラであるユリアンは通常の敵よりも数倍大きく表現され、純白の翼は羽ばたくように広がっていた。確かに彼は地属性で仕掛けて来る技も主人公たちの足元から岩や石が突き上げてきたり、防御しても効果がない地震を起こしたりと苦戦した相手だ。
(確かに……ゲームの内容だけじゃ、「空を飛べる」って言うのはわからない、かも…)
私が勝手に鳥だから空を飛べると思ってしまっただけだ。
地面に潜るというのは毒鳥である彼の特技なのだろう。攫われてベッドに転がされていた時を思い出してみても、身体が泥まみれにはなっていなかった筈だし、きっと何かの防護膜でも張られていたに違いない。
空ではなく地面の中に潜ってしまえば、確かに匂いなど追える筈もない。
私が攫われている間に知らないことがまた繰り広げられていたのだと感心するのと同時に、どうやら私の言葉で落ち込んでしまったユリアンに慌てて言葉を投げる。けれど、怒りの矛先を変えたフィルの的になってしまった。
「ご、ごめんねユリアン!私、勘違いしてて…っ」
「あっははは!いやいや、仕方ないよヒナ。そうだよね。鳥と言えば飛ぶものだもの。誤解しても仕方ないよ。ほら、気を取り直して、僕の頼んだ料理も食べてみる?――鶏のアヒージョ。」
「う…」
(だからか……だから今までニワトリばっかりだったのか…っ!!)
そんな衝撃的事実は隠し通しておいてほしかった。
ほら可哀想に、ユリアンの胸にグサグサ貴方の矛先がぶっ刺さってますよ。
良く見ると菫青石の瞳が宝石のようにきらりと光り、長い前髪でそれが隠れるくらい俯いてしまった。
(うう、これは、よくない!)
冗談を軽く飛び越えて、これは苛めの域に入ってしまっている臭いがする。
仲間なのだからこんな雰囲気をいちいち味わうこっちの身にもなってほしいという気持ちもあるが、できるならアットホームとまではいかなくとも仲良くしたい。
胸に芽生えたこれは母性なのか。
ユリアンの大きな身体を縮こませた姿にむくむくと育ったそれが、中指を親指に引っかけてフィルの額でそれを弾かせた。
ちょっと痛いかもしれないが、魔族の四天王である彼には痒いくらいだろう。
その行為に驚きを隠せないフィルが、珍しく瞠目した。
「え、ひ…ヒナ?」
「フィル、いい加減にしなさい。やり過ぎ!」
「………僕に、お説教?」
(う…っ)
私の顔を覗き込むように、小首を傾げるフィルはなんとも妖艶だった。
作り物のように美しい顔は女性のように妖しく笑っているのに、王子様然とした優雅さで爽やかにキラキラしている。
――フィルが今なにを想っているのか、彼らとのやり取りを見て大体察しは付く。
(絶対、絶対怒ってる…!めちゃくちゃ怖い、けど……い、いやいや、でもここは、オズを見習ってですね!)
ちらり、とまたこちらも驚いたように目を瞬かせているオズを一瞥し、再びコバルトブルーの瞳に向き直る。
この後のフィルの態度が怖いところだが、一度言ったことを覆すつもりはない。
腹部にぎゅっと力を込めて、どこか楽しそうな彼を睨み付けた。
「そ……そう、お説教!」
「ふぅん?」
「そ、その…やっぱり仲間だし、これから一緒に行動するんだしさ。雰囲気よくないの嫌だもん。それに、ユリアンが傷つくの見てられないし」
ユリアンの息を飲んだ音が聞こえた気がしたが、今はフィルから目を離してはならないと本能が告げている。――まるで獣同士の会話のようだが、ここで目を逸らした方が負けだという気がするのだ。
瞬きすら忘れてフィルを見つめ続けるけれど、内心ハラハラしていることは変わらない。言葉も次第になくなって、もうこの後どうすればいいのかと逡巡すると、今度はフィルの方から言葉が紡がれた。
「でも、僕も言いたいことは言いたい性質なんだよね。苛めというか、思ってしまったのだから、ハッキリ言ってあげた方がいいことじゃないかな?」
「う、ううん。ハッキリ言うのはいいことでもあるけど……ユリアンが凹むの見て面白がってるところあるでしょ?」
「もちろんだよ」
キラキラしている。
物凄くキラキラした笑みがフィルの秀麗な顔を彩っている。
これが苛めと言わずなんと言おうか。
確かに包み隠してはいないのだろうが、ルシオやオズのように上手くかわしたり怒りをぶつけたりすればいいけれど、ユリアンのように内に抑え込んでしまうようなタイプにはその言葉がつらすぎることもある。
――うん、決めました。
私は未だキラキラしている笑みを浮かべるフィルの口を指差した。
「わかった。ハッキリ言うことが悪いとは言わないから、言い過ぎだと思ったら私がフィルの口を塞ぐから!」
「え?」
今度は笑みを消してきょとん、と険の抜けた表情だ。
瞼が何度か瞳を隠して戸惑いを露わにしているのが解る。
フィルは苦笑を浮かべながら、椅子をこちら側へ寄せてそっと近づいて来る。
「塞ぐって、僕の口を?ちょっとしたものなら、齧って壊してしまうかもしれないよ?」
「う…そっか、狼だった…。いやいや、そこは1回言っちゃった手前、意地でも塞ぐからね!フィルが嫌がっても!」
「……嫌じゃないよ?だってヒナが塞いでくれるんだよね。僕の口。」
「う、うん…?」
あれ、お向かいとお隣りから「お前また余計なことを」と睨まれているのだけれども。
確かにちょっと不思議な空気になっているけれど、フィルの機嫌も良くなったし結果オーライではないかななんて思っているのは私だけなのだろうか。
フィルはコバルトブルーの瞳を三日月に細めて、早速その口でこう言った。
「養鶏について無駄な時間を使ってしまったけれど、そろそろ本題に戻ろうか。――<精霊王の住む森>のことだったよね。」
フィルの口は、どう塞げばいいのだろうか。
彼以外の面々がどういう顔をして溜息をついたのか。――きっとみんな、同じ顔をしていたと思う。
上を見上げると高い天井には木製のシーリングファンがくるくると回っている。二階にも一階と同じように丸テーブルが置かれていて、そちらも満席なのか給仕の可愛らしい女の子たちが忙しなく動き回っていた。
私たちはあれからロンベルク教会を足早に出ると、すぐに丁度東へ直線状にある王都カンデラリアに向かって歩き続けた。陽が傾きかけた頃に差し掛かった町で宿を取ることにし、今は近くの酒場まで足を延ばしていたのだった。
適当にメニューからそれぞれが注文をして、しばらく経った。
しかしながら、この沈黙はつらい。
隣りに座っているルシオは、テーブルに肘を置きその手に顎を乗せてはいるけれど、不貞腐れたようにそっぽを向いている。反対側にいるフィルからは笑顔が消えているし、お向かいのオズはあからさまに眉間に皺を作ってしまっている。ルシオとオズの間に納まっているユリアンに関しては、未だに頬を赤らめたまま俯いていた。
(いや、うん…私が悪いよね、そうだよね。)
ユリアンと同じく頬に熱を感じながら、顔を隠そうと俯いた。
その時に肩を流れる私の髪が目に入る。――目の前のひとと同じ、紅の髪だ。きっと目は髪と同じく燃えるような色なんだろう。
私は教会を出る間際のことを思い出して、小さく息を吐き出した。
※ ※ ※
甘く熱い吐息が漏れる。
壁に押し付けられるようにして、私とルシオは絡み合っていた。
『ヒナ…っ!』
『る、シオ…』
久しぶりのルシオのぬくもりが、こんなにも愛おしい。
激しいキスの合間にぎゅっと抱きしめられて、胸の奥が悲鳴を上げてしまうくらい、想いが高まっていく。
――魔力を得ておきたいというのは本当だ。けれど、それを口実にしている自分もいるのだろうと気付いていた。
ルシオの武骨な手が私のインナーの下に潜り込み、腹部を撫で上げながら服を捲し上げようとした時だった。
横にあったドアが不意に開いたと思ったら、純白の髪をさらりと揺らして彼が入ってきたのだ。
菫青石の瞳に、私たちが映る。
『ヒナ。髪とか、幻術かけるの忘れ…て……た…』
『あ……』
『あー…ほんと空気読めねぇ…』
※ ※ ※
斜めお向かいのユリアンが頬を赤く染めているのは、そういう経緯があったからだ。なんだかお互い気まずくなってしまって行為をするという雰囲気もなくなり、そこで「まだか」という苛立ったオズの声に慌ててユリアンに幻術をかけてもらった。
――今の私の身体にはオズからもらった火属性の魔力しかないため、髪と目の色は必然的に赤くなる。
まるで兄妹のように見えなくもない私とオズだけれど、やっと外へ出てきたルシオを見て更に腹を立ててしまった。私とキスを交わしたことにより、ルシオの青みがかった金眼を見た所為だと思う。オズもフィルも「俺を待たせといててめぇこの野郎」状態になってしまったというわけだ。
給仕の女の子が彼らに熱い視線を送りながら滞りなくテーブルに品々を置いていくと、総てが出そろってからオズが口を開いた。
「で、まぁルー君が俺たちをほっぽっといてがっついちゃった経緯は置いておくとしてね。」
「僕としてはそこのところを深く追及してほしいけれどね。」
「いやいやフィルさん。俺としても『わざわざひとを待たせておいてすることなんですかね』っていうのを怒鳴り散らしたいけど、俺たちイイ大人ですし?そこは美味いスープと一緒に飲みこんでるんで。」
「そうだよね。本当なら許せないけれど、仕方ないよね。あーあ、せっかくの鶏肉の炙りが美味しく感じないよオズさん。」
「大人げねぇよ!全然大人げねぇから!!ハッキリ言えよそこまで言うなら!」
「開き直るな少年。」
「少年じゃねぇ…っ」
テーブルに手をついてガタン、と椅子を蹴り倒しそうな勢いで立ち上がって威嚇をするルシオだけれど、まるで子供のようにフィルとオズにあしらわれてしまう。ルシオも慣れたもので、怒りは収まりきらないようだけれど、テーブルに付いた手をぎゅっと握りしめ、もう一度そこに腰を下ろした。
――少し騒いでしまったが、この酒場の喧騒の中では目立っていないらしい。
この席が一階フロアの片隅ということも幸いして、ちょっとやそっとでは人々の目がこちらを向かないことに安堵する。
フィルとオズはルシオの悔しそうな顔を見て、少しばかり気を良くしたのか先程より雰囲気が柔らかくなっている。私ではなくルシオが的になってしまって申し訳ない想いで彼を見つめると、それに気付いた彼はその釣り上がった瞳を柔らかく細めた。
どくん。
(うううう。だから、急に笑っちゃダメなんだって…っ!)
今まで不機嫌な顔をしていたのに、イケメンが急に笑みを浮かべちゃいけない。――私だけ、だなんて誤解しそうになる。
心臓がばくばくと早鐘を打ち、それを何とか誤魔化そうと「私の所為でごめんね」と口を開きかけた時だった。
風を切る音がして、見つめていたルシオの手がさっと彼の顔の前で翻ったかと思うと、鈍色に光る何かを器用に掴んでいた。
それは先に行くほど滑らかに曲線を描いたものと、鋭く3つに先割れしたものだった。ルシオの指の間に納まるその華奢な2本は良く見慣れたもので。
(え、え…?!な、なんでナイフとフォークが飛んでくるの?!)
雑多な市民向けの酒場だし、ひとりひとり丁寧にナイフやフォークを置いてくれるわけではない。それらを人数分つめこんだ長方形のバケットが、テーブルの中央に置いてあったはずだ。
身体の底から来る悪寒にぞくりと身体を震わせると、左手の方から極めて明るい声が発せられた。
「ルーシーはステーキだから、ナイフとフォークでいいよね?」
「普通に渡せや!普通にっ」
「はい、ヒナはクリームパスタだから、ナイフはいらないね。スプーンはいるかな?」
「あ、う、うんっ。いるっ」
キラキラした笑みが再びフィルの秀麗な顔を彩り、「態度違い過ぎんぞ」と唸るルシオを尻目に、私に言葉通りのものをやさしく握らせてくれた。
――私にまでフォークとか飛んできたら確実に死ぬな、と思ったことは口には出すまい。
それぞれが必要な器具を手に取り、食事に手を付け始めた頃。
軽く息を吐き出したオズが、改めて切り出す。
「そんじゃまぁ、本題入るわ。とりあえずはこの面子で行動してくわけだし、今までの経緯にしても、ちびの目的にしても、俺としては改めてここで共有しておきたいね。」
「あ、うん!私も、<精霊王の住む森>がどうなったのかとか訊きたいし。」
「そうだね。僕も教会で何があったのかざっくりとしか聞いていないし。」
「……ってわけで、ユリ頼む。」
「うん。」
オズの言葉に、今まで俯いていたユリアンが勢いよく顔をあげて、あまり変化のなかった表情がちょっとだけ嬉しそうに綻んだ。
ユリアンは何かを唱えるでもなく、周囲の音に耳を澄ませるかのように目を閉じて、彼の菫青石の瞳が再び覗くと小さく頷いた。
(どういうこと?)
疑問符を顔に浮かべていたのだろう。
私を見たフィルが「効果を最低限にした無音状態を僕たち以外の人間にかけたんだ」と教えてくれた。これならまったく音が聞こえないわけではなく、ちょっと耳が遠くなった程度だと言う。すでに酔っぱらっている彼らにしてみれば、酒が回ったのかと思う程度だそうだ。
準備が整ったところで、まずは私がこの世界に来た経緯やこれから成そうとする目的を話すことになった。
まずは元の世界で、私はこちらの世界の物語のようなものを読んだと言うこと。そして気が付いたらルシオの城の一室にいたこと。
ルシオが攫った筈の<白光の戦女神>と噂され始めた勇者と入れ替わっていたこと。
ルシオの城で<貪り食う者>と化したメイドさんに襲われ、丁度城を訪ねていたフィルに助けられたこと。――そして私が、かつて魔王と婚姻を交わして魔族へと堕ちた女神<夜霧の花嫁>の生まれ変わりであること。
フィルたちから、魔族の流行病のようなもの――<貪り食う者>に変化してしまうという現象を解決したいと言われたこと。
ルシオやフィルと関わるうちに魔族の一面を知り、このままでは元の世界で読んだ物語と同じ結末を迎えてしまうということに気付き、まずは人間との争いが公然のものとならないように動いているということ。
(その第一段階が、<精霊王の住む森>に居座ってた魔族を倒すことだったんだけど…)
その魔族が<貪り食う者>であるのか確認も出来ないまま、ユリアンに攫われてしまったのだけれど。――と言う言葉ははっきりと言えずに、ちらりとユリアンとオズを見る。
そこで一瞬左側から迸る冷気を感じてびくりと身を震わせたユリアンだったが、慌てて私が続けることによりフィルの冷気は引っ込められた。
「あ、そ、それで、どうだったのかな?!教会に来てた人からはなんでもないって聞いてたけど、実際<精霊王の住む森>にいた魔族って<貪り食う者>だったの?」
「ああ、それについてはルーシーに説明をお願いするよ。」
「え?一緒にいたんじゃないの?」
いつも説明といえばルシオというよりフィルであったように思う。
ルシオの説明が下手というわけでもないのだけれど、そういったことを得意とするのはフィルの方だと思っていた。そんな彼がルシオに役目を譲ると言うのはどういうことだろうと問うと、爽やかな笑みで再び冷蔵庫くらいの温度が蘇える。
「ヒナを捜していたんだよ。鼻は僕の方が利くからね。でもかと言って、当初の目的を放棄するのは、ヒナの良しとするところではないだろう?だからルーシーと分担することにしたんだよ。」
「それもちゃっちゃとヒナを見つけられるって踏んでの役割分担だったけどな。丸々2日も掛かってちゃ世話ねぇよ。」
「あはは。本当に、そうだよね?」
(さ、寒いぃいいいっ!!)
ルシオの一言がフィルの押してはいけないスイッチを押してしまったようだ。フィルの握っているスプーンの持ち手が、はっきりと凍り付いている。
だけれど、確かにそこは私も不思議ではあった。
狼であるフィルがいるのだから、きっとすぐに私を見つけてくれるだろうと思っていたのに、彼らがロンベルク教会へとやってきたのはルシオの言うとおり、私が攫われてから丸々2日目だった。
<精霊王の住む森>はスラヴォミール王国北の郊外で、ロンベルク教会は王国から西へ行った場所――それも隣国に近い国境近くだ。どうもゲームの感覚が抜けなくて、歩いたらどのくらいの時間がかかるのかなど考えたこともなかった。しかしユリアンに攫われて教会に着くまでにかかった時間は数時間だった筈で、四天王最速の氷狼フィルの足ならあっと言う間にたどり着ける距離だ。
その疑問を心から出せずにフィルを窺うと、答えの一部は彼自身から紡がれた。
「あはは。まさかヒナを攫ったのが、どこぞの家禽――ユリアンだったとは思わなくてね。本当、そこまで考えが至らなかったあの時の僕が悔やまれるよ。」
「もしもしフィルさん。せっかくの俺のほかほかスープが冷製スープになっちゃったんだけど…。」
「元はと言えばオズの浅知恵なんだろう?鳥頭が自分で判断して行動できるわけがないからね。本当、僕も舐められたものだよ」
「ハハ、浅知恵ねぇ…」
(怖い…っ!怖いよ!!)
お隣りからは冷凍庫並みの冷気が、お向かいさんからはオーブンから漏れ出るくらいの熱気が溢れ、お互いに打ち消し合っている。――本来なら水と火、氷と雷で相殺する筈なのに、温度はまた別なのか?という疑問は空気を読んで仕舞い込む。
内心びくびくしながらも、助けを求めるように右隣のルシオとユリアンに疑問を投げかけた。
「あ、あーええと、なんでユリアンだと、フィルじゃ見つけられなかったの?」
「え、えっと…。それは…」
「こいつが毒鳥だからだよ。」
「え??」
(毒鳥、だから…?)
更に解りません、と首を傾げる。
ユリアンが四天王の毒鳥だからとて、匂いというものはあると思うのだが。それを認知できなくなる作用でもあるのだろうか。
(あ、でも私攫われる時、気絶してるんだった!)
ユリアンに乗せてもらったということらしいが、もしかしたら空を飛んで教会まで運んだのかもしれない。確かにそれなら地上を行くフィルには匂いを辿れない筈だ。
「ああ、そっか!鳥だもんね、そっか!さすがに飛んで行ったら匂いなんて解らないもんね!」
「え…。」
なるほど、と自分で出せた答えを揚々と口に出した所、気まずさを前面に押し出したルシオと、更には今まで睨み合っていたフィルとオズまでもが驚きに目を丸くしている。
唯一悲しそうに目を細めて俯くのはユリアンだった。
何事か、と戸惑う私にそのユリアンがおずおずと口を開いた。
「………俺、飛べない……。」
「………え?」
「ヒナのことは……地面に潜って、運んだ…」
「………え?」
(え、や……なんだって?)
衝撃的事実を突きつけられ、思わず皿にフォークとスプーンを置いてまじまじとユリアンを見つめてしまう。
純白の髪はあの大きな鳥の姿を彷彿とさせ、キラキラと淡い光を放っていたのが忘れらない。翼だって、靡く尾だって美しい羽根を持っていたし、それが飛べないとはどういうことだ。
ゲームをプレイしていた時を思い出す。
丁度ユリアンと戦闘していた時だ。ボスキャラであるユリアンは通常の敵よりも数倍大きく表現され、純白の翼は羽ばたくように広がっていた。確かに彼は地属性で仕掛けて来る技も主人公たちの足元から岩や石が突き上げてきたり、防御しても効果がない地震を起こしたりと苦戦した相手だ。
(確かに……ゲームの内容だけじゃ、「空を飛べる」って言うのはわからない、かも…)
私が勝手に鳥だから空を飛べると思ってしまっただけだ。
地面に潜るというのは毒鳥である彼の特技なのだろう。攫われてベッドに転がされていた時を思い出してみても、身体が泥まみれにはなっていなかった筈だし、きっと何かの防護膜でも張られていたに違いない。
空ではなく地面の中に潜ってしまえば、確かに匂いなど追える筈もない。
私が攫われている間に知らないことがまた繰り広げられていたのだと感心するのと同時に、どうやら私の言葉で落ち込んでしまったユリアンに慌てて言葉を投げる。けれど、怒りの矛先を変えたフィルの的になってしまった。
「ご、ごめんねユリアン!私、勘違いしてて…っ」
「あっははは!いやいや、仕方ないよヒナ。そうだよね。鳥と言えば飛ぶものだもの。誤解しても仕方ないよ。ほら、気を取り直して、僕の頼んだ料理も食べてみる?――鶏のアヒージョ。」
「う…」
(だからか……だから今までニワトリばっかりだったのか…っ!!)
そんな衝撃的事実は隠し通しておいてほしかった。
ほら可哀想に、ユリアンの胸にグサグサ貴方の矛先がぶっ刺さってますよ。
良く見ると菫青石の瞳が宝石のようにきらりと光り、長い前髪でそれが隠れるくらい俯いてしまった。
(うう、これは、よくない!)
冗談を軽く飛び越えて、これは苛めの域に入ってしまっている臭いがする。
仲間なのだからこんな雰囲気をいちいち味わうこっちの身にもなってほしいという気持ちもあるが、できるならアットホームとまではいかなくとも仲良くしたい。
胸に芽生えたこれは母性なのか。
ユリアンの大きな身体を縮こませた姿にむくむくと育ったそれが、中指を親指に引っかけてフィルの額でそれを弾かせた。
ちょっと痛いかもしれないが、魔族の四天王である彼には痒いくらいだろう。
その行為に驚きを隠せないフィルが、珍しく瞠目した。
「え、ひ…ヒナ?」
「フィル、いい加減にしなさい。やり過ぎ!」
「………僕に、お説教?」
(う…っ)
私の顔を覗き込むように、小首を傾げるフィルはなんとも妖艶だった。
作り物のように美しい顔は女性のように妖しく笑っているのに、王子様然とした優雅さで爽やかにキラキラしている。
――フィルが今なにを想っているのか、彼らとのやり取りを見て大体察しは付く。
(絶対、絶対怒ってる…!めちゃくちゃ怖い、けど……い、いやいや、でもここは、オズを見習ってですね!)
ちらり、とまたこちらも驚いたように目を瞬かせているオズを一瞥し、再びコバルトブルーの瞳に向き直る。
この後のフィルの態度が怖いところだが、一度言ったことを覆すつもりはない。
腹部にぎゅっと力を込めて、どこか楽しそうな彼を睨み付けた。
「そ……そう、お説教!」
「ふぅん?」
「そ、その…やっぱり仲間だし、これから一緒に行動するんだしさ。雰囲気よくないの嫌だもん。それに、ユリアンが傷つくの見てられないし」
ユリアンの息を飲んだ音が聞こえた気がしたが、今はフィルから目を離してはならないと本能が告げている。――まるで獣同士の会話のようだが、ここで目を逸らした方が負けだという気がするのだ。
瞬きすら忘れてフィルを見つめ続けるけれど、内心ハラハラしていることは変わらない。言葉も次第になくなって、もうこの後どうすればいいのかと逡巡すると、今度はフィルの方から言葉が紡がれた。
「でも、僕も言いたいことは言いたい性質なんだよね。苛めというか、思ってしまったのだから、ハッキリ言ってあげた方がいいことじゃないかな?」
「う、ううん。ハッキリ言うのはいいことでもあるけど……ユリアンが凹むの見て面白がってるところあるでしょ?」
「もちろんだよ」
キラキラしている。
物凄くキラキラした笑みがフィルの秀麗な顔を彩っている。
これが苛めと言わずなんと言おうか。
確かに包み隠してはいないのだろうが、ルシオやオズのように上手くかわしたり怒りをぶつけたりすればいいけれど、ユリアンのように内に抑え込んでしまうようなタイプにはその言葉がつらすぎることもある。
――うん、決めました。
私は未だキラキラしている笑みを浮かべるフィルの口を指差した。
「わかった。ハッキリ言うことが悪いとは言わないから、言い過ぎだと思ったら私がフィルの口を塞ぐから!」
「え?」
今度は笑みを消してきょとん、と険の抜けた表情だ。
瞼が何度か瞳を隠して戸惑いを露わにしているのが解る。
フィルは苦笑を浮かべながら、椅子をこちら側へ寄せてそっと近づいて来る。
「塞ぐって、僕の口を?ちょっとしたものなら、齧って壊してしまうかもしれないよ?」
「う…そっか、狼だった…。いやいや、そこは1回言っちゃった手前、意地でも塞ぐからね!フィルが嫌がっても!」
「……嫌じゃないよ?だってヒナが塞いでくれるんだよね。僕の口。」
「う、うん…?」
あれ、お向かいとお隣りから「お前また余計なことを」と睨まれているのだけれども。
確かにちょっと不思議な空気になっているけれど、フィルの機嫌も良くなったし結果オーライではないかななんて思っているのは私だけなのだろうか。
フィルはコバルトブルーの瞳を三日月に細めて、早速その口でこう言った。
「養鶏について無駄な時間を使ってしまったけれど、そろそろ本題に戻ろうか。――<精霊王の住む森>のことだったよね。」
フィルの口は、どう塞げばいいのだろうか。
彼以外の面々がどういう顔をして溜息をついたのか。――きっとみんな、同じ顔をしていたと思う。
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