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Chapter01 トリップしたら、魔王軍四天王に拾われました。
Episode11-2 心の声を。
しおりを挟む悲しい気持ちを押し込めて、ユリアンから正面へなんとなく顔を向けた。
ルシオに借りた部屋はお城の客室と言った感じだったが、ここは一般家庭よりちょっと大きいくらいの部屋だった。
木製の簡易ベッドにサイドテーブル、枕側には小さな窓、クローゼットと物書き用のデスクがあるくらいだ。ベッドの下に毛足の短い絨毯が敷かれているだけで、灰色の床石が目立つ。
私は、きっと今頃探してくれているであろうルシオとフィルを想って、口を開いた。
「ユリアンは、異世界から来たって言ったら、信じてくれる?」
「……ひな、の…が?」
「うん。……ふふ、言いづらいんでしょ?ルシオも同じところで切ってた。ヒナでいいよ。」
「……ヒナ…。」
ルシオに自己紹介をした時を思い出して、私の名前を言いづらそうにしていたのを思い出す。フィルもヒナと呼ぶことが定着しているし、こちらの世界では発音しにくいのかもしれない。
ユリアンはようやくすっと呑み込めたようで、背後で頷く気配があった。
「私ね、気付いたらルシオのお城にいたんだ。そこで、ルシオが拾ってくれた。<夜霧の花嫁>の生まれ変わりだって気付いたのも、ルシオが先。……まぁでも、ルシオの場合は勘っていうか、私の容姿でアタリを付けたような感じだったかな。その後にフィルと会って、<貪り食う者>に襲われて。私が本当に<夜霧の花嫁>だって証明してくれたのはフィルなんだ。……だからここらへんは、私が言うよりもフィルに聞いた方が説得力あるんじゃないかな。確か連絡取ってるんじゃなかったっけ?」
私の言葉を静かに聞いてくれているユリアンに振り返る。
彼は私の視線に気づいて、菫青石の瞳をこちらに向けた。
「鴉は、来た。……『<夜霧の花嫁>の転生者を保護。人間。彼女の思考は興味深い。<貪り食う者>について調査するため、<
精霊王の住む森>にこれから潜伏するであろう対象を討伐する。』」
「え。そ、それだけ?」
「うん。俺でも覚えてる。」
「っていうか『興味深い』ってなんだ…!!」
「……気になるってこと。」
「だろうね?!」
そんな答えは望んでいない。
きっとフィルも、私が先程考えたことと同じでオズに対してどう報告しようか悩んだ結果、ユリアンが述べた内容になってしまったんだろう。
<夜霧の花嫁>の回復能力と、力を与える事により限界突破が可能になる能力を伏せておかなければ、オズはきっと私を利用する。しかし最低限報告しなければならないことは述べ、「彼女の思考は興味深い」という一言に含みを持たせたのだと思う。そして、「これから潜伏するであろう」という部分も忘れずに報告されているところを見ると、オズたちに「私自身」に興味を持たせたいと思っていることが窺えた。
(お陰様で誘拐されて詰問――拷問されちゃいましたけどねー…)
いや、フィルに悪気はないと解っている。
解っているが、この状況からしてもうちょっと素直に報告するとか、オズと対面する機会を設けてくれるとか、オズの性格を熟知しているのだから他に方法はあったのではないかと思う。
まぁ過ぎたことを言っても仕方がない。
私は溜息を吐いて、なんだかまた熱くなってきた身体を沈めるように深呼吸してから再び口を開いた。
「私ね、自分に<夜霧の花嫁>の能力があるのは解ったけど、実際に生まれ変わりなのかって聞かれると自信はないんだ。……ただね、私の世界でこっちの世界の歴史が物語になってて、全部見たの。人間側の視点だったけど、このまま成り行きに任せてたら魔族は人間に滅ぼされる。……だから…私は、<精霊王の住む森>にいる魔族のことを……王子に知られる前に解決したかった、の。王子に知られると、スラヴォミール王国まで……巻き込むことに、なるから……」
(あ、れ…?)
身体が、異様に熱くなっていく。
先程毒状態だった時と同じくらいかもしれない。身体に流れる血が沸騰するのではと錯覚してしまう。それに伴い、身体の節々が痛み、不快感が蘇えってくる。
息をしているのかも解らないほど息苦しくて、上体に入っていた力も総て抜け落ちた。
「ご、めん。なんか、また身体、だるくて……疲れちゃったのかな」
「また……?」
「すごく、熱い…。毒の症状……なかなか、ひかないんだね。」
「……そんな筈、ない。」
「え?」
ユリアンの瞳が、すっと鋭くなる。
今までとろんと険など欠片もない目をしていたのに、どうしたというのか。
彼はその手で私の頬に触れて、瞼で菫青石の瞳を隠した。
頬の奥までに神経を研ぎ澄ませて、何かを感じようとしているのが解る。
彼の静かな呼吸音だけがこの僅かに緊張した空間に響く。真白の睫毛が震えてまた目が覗いた時には、一層の戸惑いの色が表れた。
今まで表情を変えなかったユリアンの変化に、僅かに不安を感じ取って思わず声を掛ける。
「え、えと…なに?どうかしたの?」
「どうしよう…。これ、沈着してる。」
「ちん…ちゃく?」
ユリアンは戸惑いを隠すことも忘れて、綺麗な菫青石がゆらゆらと揺れている。
なんとかしようと思っているのか、私の頬に触れていた手が撫ぜるように行き来した。
「麻痺も、毒も取った。でも……君の身体、全部吐き出してくれない。」
「え…?」
「どう、しよう……死なせたら、いけないのに…っ」
(死ぬ…?)
なんだかんだで、拷問されていたにもかかわらずそこまで「死」という言葉を身近に感じてはいなかった。
本人以上にユリアンが慌ててくれるから、案外冷静でいられるのかもしれなかった。
(そっか…。毒を操って私から全部毒を取り除いたのに、私の中にまだ毒があって……きっとユリアンも、その毒は治せなくて…)
そうなれば、どんどんと私の体力が奪われていくだけ。
<毒鳥>であるユリアンが毒を治すことができないのなら、私はこのまま死んでしまうしかないということだ。
自分自身のことなのに、ユリアンよりも先に理解することが出来ていない時点で、既に思考回路までやられてしまっているのかもしれない。
するとドアが開いて、眩しい紅が目に飛び込んでくる。
今まで穏やかに発していたユリアンの声が、ザラザラとした不純物を取り除けないまま慣れていないだろう大声を出した。
「オズ…!オズ、どうしよう…!!」
「おいおいどうしたよ。お前がそんな声出すのなんていつぶり?そいつに襲われでもした?」
「オズ!!」
「うわ。え、マジなの?」
「冗談言ってる場合じゃない」とその一言で訴えると、付き合いの長そうなオズもそれを察したようだった。ユリアンの態度にも驚きを隠せないようだったが、彼に抱かれた私を見てオズの目がすっと鋭くなる。
「なにこれ、どういう状況?」
「毒、俺全部取った…!でも、身体に沈着して、それ、もう取れない…!」
「沈着って…。そんなの滅多にないだろ。生まれたての赤ん坊ならともかく、数年と生きりゃ毒くらい何かの拍子に仰ぐこともある。いくら人間でも普通耐性くらいあるだろよ。」
「たぶん、ない。……異世界から来たって言ってた、から。」
「異世界…ねえ。」
ふたりの声が、遠い。
ベッドがギシリと軋んで、そちら側に身体が傾く。
気付けば目の前にオズの顔が覗き込んできているのに、視界がぼやけてどういう表情を浮かべているのか解らなかった。
「……お前、ええと、ヒナだっけ?あんたは俺たちに、何をさせたいわけ?」
「…ん……ごめ、聞き取れな…」
「………」
オズが何か話していることは解る。
ただ熱の所為か、耳の中に分厚い膜が張られているような、総ての音がぼわんと膨張してしまったように聞こえる。
無音状態でもないのになんでだろう、と茫とした頭で考えても答えは出ない。
オズの動きが何故か止まって、ややすると聞こえない私の耳元にまでその口を近づけた。
「ヒナ。お前は今、かなりヤバイ。ユリアンでもお前の状態は治せない。このままだと死んじゃうってのは解る?」
「死、ぬ…?そ…か…」
ああ、おかしい。
こんな状況でも、まだ死ぬ実感がない。
身体もおかしなくらいに熱いし、身体もだるいし、死んでしまうと聞かされると「そうかも」と妙に納得してしまう。けれどだから怖いかと言われれば、実感がないからそんな感情も湧かない。
不思議と意識が正常な時より現状を呑み込めている気がする。
オズの感情を押し込めたような声が続けて紡がれた。
それは彼が、一番聞きたかったことだ。
「……死んじゃうついでに、正直に応えろよ。お前、ルシオとフィルを巻き込んで、俺たちをどうするつもりだ。」
「――て、ほし…。」
「ん?」
(あれ……声、出してるんだけどな)
腹部に力が入らない所為か、声を出しているつもりでも音が紡ぎきれていないのかもしれない。
身体を支えてくれるユリアンの腕にぎゅっと力が籠められるのが解った。
彼がどういう想いでいるのかは解らないけれど、応援されているような気がして、勘違いでもいいからそう思えば頑張って声が出るような気がした。
(ルシオ、怒ってるだろうな。フィルは、笑いながら言葉責めしてきそう。……ごめんね。やっぱり私、弱いや。)
ふたりの顔と声を思い出して、鼻がつんとしてきた。
日本で平和に暮らしていた私には、まずこのファンタジー世界で生きていく基本的なスキル自体足りなかったようだ。
せめて心配してくれているだろうふたりに会いたかったけれど、今は彼らを想うことしか出来ない。
「生、きて…ほし、から。ルシオ……すご、やさし……フィルも…――」
(ああ、ダメだ。全然言葉にならない…。魔族を助けたいって、伝えたかったのに。)
人間の身体はどこまで熱くなれるのだろう。
溶けてなくなってしまうのではないかというくらい、私の身体は人生でない程熱くなっていた。
もう頭を固定する力さえなくて、ユリアンの胸に預けて目を閉じる。
――身体から、力と言う力が何かに吸い込まれるように失われていく。
「くそ…っ!」
すると、遠くでオズの苛立った声が聞こえた。
目の前にいる筈の彼の声が遠くに聞こえたのは、耳がおかしいからだ。
何かを探るような音がして、ぽんっと聞きなれた音が響く。――それは瓶からコルク栓を引き抜いた音にとても似ていた。
突然頬を掴まれたと思うと、自然と開いた口に硬質な何かが押し込まれた。
そこから流れてくる苦い液体が喉を通ろうとすると、先程のように身体がそれを拒否した。
――今の私には、飲み込む力すらない。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「馬鹿、飲め!お前の万能薬だよ!毒なんかじゃねーから!」
「オズ、今飲めない…。さっきも、そうだった。」
「あーもう。……甘く見てた俺が悪いってわけね。腹立つわ。」
オズの苛立たしげな、自嘲を含んだ声が聞こえる。
言いながら先程と同じ音が聞こえて、彼の気配が更に近付いた。
「お前から預かった万能薬は、もうこれしかない。――頼むから、必ず飲め。」
ややあって、唇に柔らかい感触があった。
咥内に流れてくる液体は先程よりも温かい。けれど同じように喉を通ろうとすると咳き込んでしまう。
衝動に近い吐き気がせり上がってくると、強い力で頭部を引き寄せられた。終いには上向きにさせられ、鼻まで摘ままれてしまう。
――息を吸う為には、口の中のものを飲みこむしかない。
強引ではあれど、確実にこの行為は私の吐き気を液体とともに身体の奥へと押し込めた。
苦いそれが身体に巡り、ゆっくりと熱が引いていくのが解る。
しかしとてつもなく眠たくて、声を掛けてきた相手を見ようと目を開くのに、思考が追い付いていなかった。
「……お前に毒の耐性がなかったことは、俺の誤算。あとはフィルにでも聞いとくよ。」
「……もういい?」
「死に際にあんなこと言われちゃ信じたくもなるでしょーよ。あーあ……やっぱ俺って甘い?」
「……俺、ヒナに『綺麗』って言われた。」
「うーん、それはスルーしてるように見せかけての回答ってことでよろしい?」
私をしっかり支えたままのユリアンと、ベッドから立ち上がったオズが軽口を交わしている。それは今までと違って、張りつめていたものが急になくなったかのような、不思議な空気だった。
オズは見上げた私と目が合うと、再び屈んで私と目線を合わせた。
頭に何かが乗せられて、髪をわしわし掴んで左右にゆすられる。
「さぁ、もう良い子は寝る時間よ。……ゆっくり寝な。――<夜霧の花嫁>。」
出会ってから聞いたことのないくらいやさしい声音が、耳をくすぐっていく。
再び意識が途切れる前に見たオズの緑瑪瑙は、淡い青に輝いていたのだった。
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