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Chapter01 トリップしたら、魔王軍四天王に拾われました。

Episode09 甘い食卓

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 大きなアーチ状の窓から差し込む陽射しが眩しい。
 こちらの世界で迎える朝は本日で4回目となる。
 日本で浴びる陽射しよりは、ルシオの城周辺を囲う青い膜の所為で確実に弱いのだけれど、それを眩しいと思えるほどにはこの環境に慣れてしまっていた。

 指先の出ているグローブをきゅっと嵌めて、握り具合を確かめる。
 普段素手でいることが多いから、少しだけ違和感はあるものの、これから行くところを考えれば仕方のないことだ。
 ――<精霊王の住む森タデアーシュ>。
 そこには他に見ない動植物が生息しているという。
 草木で肌を傷つけてかぶれる恐れもあるし、出来るだけ素肌を晒さないようにするというのは当然のことだ。しかし敢えて指先が出ているものにしたのは、戦闘時、いざという時に必要なものが取り出せなかったら困るからだ。

 ぬくもりが徐々になくなっていくベッドから腰を上げると、一度くるりと回った。すると羽織った真白の外套ローブがふわりと舞う。
 これは今朝ひとりで目覚めた私のベッドに置かれていたものだ。


(うん…さすがにちょっと、切なかったよー…。)


 あれだけ昨晩、愛され――ていたのかは不明だが、確かに熱すぎる夜を過ごした筈だ。それなのに、目覚めてみたら私を挟んで眠っていた筈のふたりは影も形もなく、代わりに置かれていたのは今身にまとう服一式だった。

 トップスは純白の生地の真ん中にひし形の穴が開いていて、そこに首を通し、両脇についた紐を結んでやっとシャツの形になる。もちろんこれだけでは脇腹の風通しが良過ぎるので、身体にぴったりの黒いタンクトップを肌着として着ている。
 ボトムスは日本でもお馴染みのホットパンツ。生地色はデニムと同じ濃紺だが、肌触りは滑らかなので材質は異なるようだ。気温で言えば春のような温かさだけれど、ホットパンツで晒される素肌の部分が多いというのは先程述べた理由と同じくよろしくないからか、黒のロングブーツが用意されていた。ちなみにいつでも走れるヒールのないものだ。

 それからここで重要なのが、黒目黒髪を隠すためのフード付きの白い外套ローブだ。生地の端にはほつれ防止の刺繍がキラキラと陽を照り返す青い糸で施されている。
 髪はいつでもフードに収納できるように、あまり高くない位置でひとつに結うことにした。


(もしもの時にってことなんだろうけど…。さすがに短剣はなぁ…。)


 折りたたまれた新しい服の上に置かれていたのは、ゲームの序盤でよく目にする短剣だった。刃渡りは精々せいぜい20センチもいかないもので、先端に行くほど湾曲している。
 肉などは日本ではほとんど食材として既にさばかれていたし、生きているものに刃物を向けるというのが想像しただけで怖すぎる。
 濃紺の腰帯に対し、なめした皮ベルトを斜め掛けすると、空いているポケットに短剣の鞘部分をぐいっと通す。


(まぁでも、盗賊とか魔物とかにエンカウントした時、確かに何かありそうだもんね…。傷つけないにしても、身を守る為に持っておこう。)


 羽織った純白の外套ローブはそのままにしていると身体全体が覆われて、正直転んでしまいそうで好きではない。――クローセル大陸についたら、嫌でも身を隠した方がいいと以前ふたりに言われていたから、そこは従うつもりだ。
 風などに煽られてフードが背中に流れ、黒髪が露わになっても面倒だからだ。

 この世界では、人間にとって<夜霧の花嫁>は魔族に堕ちた神だ。
 今まで黒目黒髪の人種が生まれなかったのは不思議だが、もしいたら神話を真に受けて迫害されていただろうとフィルたちが言うのだ。
 ちょっと日本で生まれ育った私としては信じがたいが、これも余所の世界の宗教観だ。否定せずに慣れるしかない。


「うーん…なんだかコスプレしてる感じ…。おかしくないかな?」


 シャツやホットパンツはまだしも、マントだの短剣装備だのを身に着けるというのは、少々世界観が違い過ぎて不安になる。――恐らくこの城の主であるルシオが用意してくれたものだと思うし、世界観的には間違っていないのだろうけれど。

 部屋で過ごすには鬱陶しい外套を肩までまくり上げて背中に流すと、それなりに動きやすくなった。
 あとはポーションや蘇生薬アムリタをいくつか貰って、腰の革ベルトに装備し、余った回復系のアイテムを鞄か何かに入れて持ち歩こう。これで武器以外に関しては私の備えとしては問題ない――と思う。


(って言っても、ゲームだったら……だけど。)


 ゲームであれば、近場のそうレベルの高くない場所でエンカウントした魔物たちを狩ってお金を貯め、武器や防具を整え、回復系アイテムも充実させていただろう。しかし今の私はと言えば、見るからに魔道士、外套を外せば盗賊といった身なりだ。
 きっとルシオの気遣いなのだと思う。
 魔道士は外套の下にもこれでもかと言う程にもっさりと服を着込んでいて、素早く動ける服装ではない。私も魔法を使えるようになったから魔道士みたいなものの、そんなもっさり服ではいざという時に逃げられないと判断してくれたのだと思う。
 身体を守るための外套は必需品として、しかし中の服装は身軽なものに、ということだろう。


「それじゃあ、ポーションとかもらって、いつ頃出発するのか訊きにいかないと……だよね。」


 それにお腹も朝ごはんがまだだと悲鳴を上げている。
 しかしだ。さすがに昨日の今日で、しかも寝起きに彼らと顔を合わせてもいないとなれば、それなりに気恥ずかしいという想いが湧いてくる。

 一応、顔を見にいこうかな、とも思ったのだ。
 フィルからすればお互い様らしいが、昨日は私の所為であんな行為に及んでしまったわけだし、それに服まで用意してくれていたのだ。お礼を言うべきだろうと思いつつもまずは服を着て具合を確認してみようとか、尻込みをしていた。
 しかしそれも、羊のメイドさんが朝食に呼びに来たために、強制的に終了となったのだ。


 相変わらずの板チョコのような扉が重厚な音を立てて開かれると、三人だけにしては広すぎる長いテーブルに、既にルシオとフィルが座って朝食に舌つづみを打っていた。

 一番奥に座るルシオの金眼がこちらを映し、彼の斜め右側で優雅にバターナイフを使ってパンを撫でるフィルが目を三日月に細めた。


「おはよう、ヒナ。さすがにお腹空いたんじゃないかな。早くおいで?」
「無理に起こさねぇ方がいいんじゃねーかっつってたんだよ、俺は…。いいのか?もう起きて。」
「う、うん、大丈夫っ。」


 気遣わしげな視線を送ってくるルシオや、キラキラした笑顔で手招いてくれるフィルの顔をまっすぐ見る事が出来ずに、慌てて視線を落としていつもの席へ向かう。
 私の定位置は、城の主であるルシオが一番奥に座り、彼からすれば左向いの席になる。私の正面にはフィルがいて、パンを口に含んでいた。


 どくん、どくん、どくん。


(ううううう…。治まれぇえー!治まれーっ!)


 背後からカラカラとワゴンの音がして、羊のメイドさんがそこから私のために朝食で彩られたお皿を取って、テーブルに乗せてくれる。
 鮮やかなレタスの葉にマッシュポテトと薄くスライスされたハム、スクランブルエッグが純白のお皿を彩り、目を楽しませてくれる。その横には白いクリームが渦を巻く濃厚なポタージュ。少し奥の方にバケットが置かれ、そこにはフランスパンのようなスライスされたパンが4、5枚並んでいる。


(と、とにかく、ご飯食べよう!)


 お腹が空いていることは誤魔化せないし、お腹の虫が鳴いても恥ずかしい。
 メイドさんにお礼を言ってから、パンを取ろうとバケットへ手を伸ばし――
そういえばグローブをしていることを思い出した。
 せっかくもらったものが汚れてしまうと、先程嵌めたグローブを外して腰のベルトに挟み、もう一度パンへと手を伸ばした。


「……悪くはねーな。」
「え?」
「そうだね。もうちょっと華があってもいいと思うけど。着心地はどう?」
「え、あ…」


 ちぎったパンをポタージュに差し込んだところで、そんな声が掛けられた。


(あ、服のこと?)


 そういえば、服のお礼をしていなかったと慌ててパンを置いて頭を軽く下げた。
 ふたりと顔を合わせるのが恥ずかしいと、当たり前の礼儀が置いてけぼりだった。


「服、ごめん、ありがとうっ。生地も柔らかくて気持ちいいし、っていうかコスプ――私に似合ってるかすごく不安ですっ」
「ふざけんな。俺が用意させたんだ。おかしいわけねーだろ。」
「全然おかしくないよ。これがワンピースやドレスなら、愛らしいねと言って脱がせてしまうんだけど。」
「いやいや、折角着たものを脱がせないでよ」
「彩られたものの内側を見てみたいというのは本能だろう?逆に今は勇ましくて脱がせるのはもったいないのが残念だな。」
「よし、そのままそれ着てろヒナ。」


 びし、とナイフを突きつけて来るルシオに頷いて、どうやらおかしくはない格好に一先ず安堵する。

 ポタージュに沈んでしまったパンをスプーンで救出し、それを口に含んでその味を堪能する。
 こちらの世界に来てほっとしたのは、料理の味だ。
 ゲームでは中世ヨーロッパ風なのに、表示されるメニューはシチューやピザ、カレーライスにおにぎりなどほぼ日本で定番と化しているものばかりだった。そのおかげなのか、味も私が慣れ親しんだものと大差ない。


(今度はお味噌汁もないか訊いて、リクエストしてみよっかな…。)


 おにぎりはライスがあるから出来るだろうし、後は味噌だなぁと今度はハムをナイフとフォークでなんとか綺麗に折りたたんで口に運ぶ――と、なんとなく気になって視線を持ち上げる。
 私などよりもナイフとフォークの扱いに慣れたルシオとフィルの瞳がすっと細まって、しなやかな動作でフォークが口に運ばれていく。
 ――薄く開いた口がフォークを受け入れる瞬間、いやに目に焼き付く。


 どくん。


(うわあぁあああっ)


 彼らの長い睫毛が頬に影をつくるのも、口がうっすらと開くのも、そこが食べ物を受け入れるのも、どこかの男子高校生よろしくドキドキして平然としていられない。
 マッシュポテトを口に押し込む形で、心の声が漏れないように両手でそこを抑え込んだ。しかし思いのほか盛大な音を立ててしまったせいで、ふたりの視線を一気に受けることになってしまった。


(うわわっ、こっち見ないでっ)


 彼らの宝玉のような瞳が私を捉える。
 羞恥を越えてもうどうにかなりそうだ――と何故かひゅっと息を吸い込んでしまったせいで、口に含んでいたマッシュポテトが望んでもいないのに食道ではない方に侵入してしまうのだった。


「っゴホ、ゴホゴホっ!!」
「どうしたの?熱かった?」
「がっついて食ってたんじゃねーの。ほら、水。」
「あ、りがゴホッゴホッ」


 言葉だけ聞くと冷たいようなのに、すぐさま水を差しだしてくれるルシオはやっぱりやさしいと思う。
 グラスに注がれた水を受け取る時に彼の手に触れてしまって、あわや取り落としそうになる。「おいおいしっかりつかめよ」と言うルシオは、私とは違って平然としているようだ。
 フィルだって、「大丈夫?」と言いながらわざわざテーブルを回って布巾を私の口元に宛がってくれる様子はいつもと同じ。


(むぅ…。なんだか気にしてるの私だけって、どうなの。)


 確かに四天王サマのふたりとは違って、そこまで男性経験も豊富ではない。しかしだ、あれだけ甘い時間を共に過ごして、甘酸っぱい気持ちを味わっているのが独りだけというのは、あまりにも残念すぎないだろうか。

 急激にもの悲しさと苛立ちが湧いてきて、咳が落ち着いてきた頃にぷい、と顔をそむける。でもお礼は言っておかねばと律儀に口を開くが、それもそっけないものとなるのは仕方ない。


「……ありがと。も、大丈夫なので。」
「ヒナ?」
「どうした?ヘンタイに何かされたのか。」
「酷いな。何もしていないよ。……ねえ、どうしたの?」
「………なんか。」
「ん?」


 やさしく問うてくるフィルが、小首を傾げてそっと髪を梳いてくる。
 まるで馬にでもなったみたいに、苛立つ心がだんだんとなだめられていくから不思議だ。
 ただ口が若干尖ってしまうのは許してほしい。
 やっぱりふたりを見る事ができなくて、食べかけの食卓に目線が落ちていく。


「ふたりとも、いつも通り過ぎるんだもん。……なんか、ずるい。」
「は?なにがだよ。ずるいの意味がわかんねぇ」
「だって。……だってさ。一緒に起きたかったのに。」


(あれ。なんだこれは。私、こんなこと想ってたの?!)


 確かに目覚めたらひとりぼっちで寂しいと思った。
 一言口に出したら、なんだかそのままずるずると言葉が引き出されていってしまう。


「ふたりとも、いなかったし。……ベッド、さむいし。」
「ヒナ…?」
「会ったら会ったで、ふたりとも普通だし。……私ばっかりで、ずるい。」
「……ヒナ」
「私ばっかり、どきどきしてさ。ちょっと悔し――い?!」


 唐突に何も見えなくなる。
 首回りも何かに巻きつかれて若干息苦しい。
 なんとか空気を吸おうと首を捻って見ると、巻きついている何かの力が弱まって状況を把握する。
 私は傍にいたフィルにぎゅっと抱きしめられていたのだった。
 気付けばテーブルに置いていた手はルシオにしっかり握りしめられている。


「ああもう、どうすればいいのかな。すごく面映おもはゆいよ。」
「だからてめぇは、勝手に勘違いしてんじゃねーよ。……ほんと、ばかだな。」
「え、ぇえ?」


 急展開についていけなくて、羞恥を忘れてふたりを見る。
 間近のフィルの胸板に頬を擦る形になっているから、彼を見上げることしかできない。
 そんな私のもう片方の頬を、まるで愛しいものにするかのように、フィルの冷たい掌が何度も撫でる。


「僕はね、自分で言うのもなんだけれど淡泊な方なんだよ?こんな僕でも、昨夜のヒナと過ごしてしまったら、少なくとも目で追い駆けるかな。……触れてしまいたいと思うくらいにね?」
「え…」


 謳うように言い、頬に触れていた手を滑らせて顎をそっと上向かせられると、彼のコバルトブルーに私が映る。
 昨夜に見た熱い瞳だと、すぐにわかった。
 すると突然、ガタンと何かが激しく音を立てたかと思うと、目の前に黒い服を纏った腕が過り、別の方へと首を逸らされた。

 そこにはやや苛立ちを含んだ瞳で私を捉えるルシオが立っていた。


「お前が俺をどう思ってるか知らねぇが。……その、ヒナは貧弱だし、だからそれなりにやさしくしてやってるつもりだし。」
「う、うん。すごくよくしてもらってるなって解ってるよ?ルシオ、やさしいし、親切なんだなぁって」
「し、親切……じゃねぇ!いや、そうなんだろうけど。……ああもう、めんどくせぇな!その、気になんだよ、なんか!!」


 どくんどくんどくん。


 心臓が、また早鐘を打つ。
 なにを言われるんだろう。
 なにを言ってくれるんだろう。
 ――期待のようなものが、ちらちらと胸の中で見え隠れしている。

 じっと見つめる私の目に、今まで私に触れていたフィルの手をぺしっと叩き落としたルシオのそれが映って、代わりに彼の無骨な手が私の頬を撫でた。
 その熱に潤んだ金眼が、揺れる。


「……わかんねぇーけど。なんか、気になるんだよ。ヒナのこと。」
「る、ルシオ…。」
「魔力は、やる。けど、お前に魔力が満たされたとしても、俺は」


 その口が、紡ぐ。
 きっと私の胸にちくりと刺さったままの棘を消してくれる言葉だ。
 しかしここで、再び冷たい手が頬に当てられて、ぐるんと首を回されると口を何かが塞いだ。冷たくて柔らかくて、目の前に見えるのは近過ぎて焦点が合わないけれど、アイスブルーの長い睫毛がぼんやりと見えて、フィルにキスをされたのだと解る。

 ゆるりと離れた彼は満足そうに微笑んだ。


「――僕たちは、ヒナを逃がしてあげないよ。」
「て、てめぇはぁあ…っ!!ああもう今日こそは許さねえ、マジで許さねぇ…っ!」
「なにも、気にすることはないだろう?ルーシーが言おうとしていたことを引き継いだだけなんだし。」
「……こ、こういうことは、引き継ぐとか、そうじゃねぇだろうが…!」


 「なにこの同僚もうやだ」とばかりに真っ赤に染まった顔を自身の手で覆うルシオを、からかうように笑うのは私を抱きしめたままのフィルだ。

 ふわ、と。
 心の中で、春の心地良い風が、宙に舞う花びらと戯れる。
 恋、ではないのだと思う。――いや、まだ恋になっていないだけなのだろう。
 確かに私は彼らに惹かれていて、ちょっとしたことでむくれたり、恥ずかしかったり、寂しかったりする。恋に、一歩足を踏み込んだくらいだろうか。
 ――少なくとも、いきなりふたりから冷たい態度を取られるのはいやだと思うくらいには、好かれたいと思っている。


(ふたりもそう思ってくれてたら……って、思っちゃってる。)


 一般的にも世間的にも、ふたりに惹かれていること自体、どうなの?という状況であるとはわかるのに、異世界なのかゲームなのか、トリップしてしまったせいで私の中のモラルが崩れてしまったのだろうか。
 故に彼らが与えてくれるやさしさと、甘い言葉がうれしくて。

 目がちょっとだけ熱くて、泣き笑いになっていないかが心配で。
 離れてしまったルシオの手をもう一度握り、頬をフィルの胸板に擦り付けた。


「アハハ。もう、困るなぁ…やさしすぎだよ。あんまりやさしくしちゃダメだよ?…………好きになっちゃう。ふたりに、迷惑かけちゃうよ」
「…………………」
「…………………」



(あ、あれ。あれ?また?!)


 記憶に新しいこの流れに、また空気を読み間違えたか。
 いやいやだって、こんなにイケメンなのだからきっと女は引く手数多で、なのにこんなふつーの女に好かれるだなんて鬱陶しいに違いない。彼らは厚意で私と関係を持ってくれたのに、それ以上の気持ちを抱えては彼らに迷惑がかかってしまうというのは、間違っていないと思う。

 慌てて口を開いて繕おうとするが、それより先にふたりの口から、独りごとのような言葉が漏れた。


「……このままは、ちょっと…。<精霊王の住む森タデアーシュ>、明日でもいいと思わない?」
「……お前と同意見だってのは癪だが……まぁ、お預けってのは堪らねぇな。」
「え?……え?」


 何故だろう。悪寒がする。
 フィルの冷気でも溢れているんだろうかと思い込みたい。
 いつの間にかふたりの影に覆われて、見つめられる視線が熱い上に甘いことに気付いて逃げ出したい衝動に駆られるが、私の身体はフィルに拘束されている。
 ――耳元で、甘い甘い声が囁いた。


「大丈夫。ヒナのかわいい不安は、全部なくしてあげる。」
「ほんとてめぇの勘違いはタチが悪過ぎんだよ。……しょうがねぇから、迷惑かけられてやる。」
「ふぃ、フィル…ルシオ……って、え?ええ?!ちょ、ま……これから?!!」


 ちゅ、ちゅっとふたりの唇が両頬に振ってきて、彼らの手が私の身体に這うとさすがに今後の展開を悟る。
 いやだって、これから<精霊王の住む森タデアーシュ>に行くのではないのか。
 唇と塞がれながら「ストップ」と訴えてみるけれど、ふたりの「無理」の一言で一蹴された。


 「まだ朝ご飯途中なんだよ」という微かな望みを込めて口にしても、「もっとおいしい想いをしよう」「腹いっぱいにしてやるよ、別のもので」というセクハラすぎる発言を堂々と返されて、何も反論できない私だった。
 

 胸にあったわずかなしこりが、いつの間にか彼らの熱に溶かされていたことは、じわじわと実感していくことになる。



 ――ちなみに、説得をなんとか試みてルシオの城を発ったのは、陽も傾いた夕方であった。

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