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Chapter01 トリップしたら、魔王軍四天王に拾われました。

Episode01-1 主人公は魔王軍四天王と遭遇した。(caseルシオ)

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(ここは、どこだろう。)


 目を覚まし、ぼやけた視界に飛び込んでくる見慣れぬ景色に思ったのは、ありがちなそんな一言。

 まっさきに感じたのは、やや湿ったようなかび臭さだった。
 思考がはっきりとしてきた私は、赤く毛足の長いカーペットに寝そべっていたことを確認する。上体をゆるりと起こし、部屋の空気が何故だか薄ら寒いことに気付く。気温自体に寒いと感じているわけでもないのに、思わず身体を抱き込んでしまう。
 とりあえず、と身体を立たせるために床についた手がカーペットの外に触れ、あまりの冷やかさに一瞬手を引いた。そこに視線を落とすと、灰色の石畳が見えた。


(石畳の上に、カーペット…?)


 なんだ、その中世のお城のような、正にファンタジーちっくな仕様は。
 改めて意識のはっきりしてきた頭と目でカーペットを見ると、床全体を覆うものではなく、人が入口からどこかへ歩くために長く作られた、正しくレッドカーペットであると解った。
 身体を逸らせば、カーペットの端には木造の両開きの扉があり、反対に目を向けると台座のようなものがあることに気付く。しかしそこには厚手のカーテンがあり、ただでさえ薄暗い部屋に更なる影を落としていた。ここからなんとなく見えるのは、台座の上に椅子ひとつだけのシルエット。


(なんだっけ?なんか見たことあるような気がする…)


 この石畳といい、壁には今にも隙間風に吹き消されそうな燭台の灯。そして目の前の影に埋もれた椅子。――あの椅子に宝飾などあれば、玉座と言えるのだろうが。


(さっきまでプレイしてたゲームみたい。ピコピコ聞こえてきそうだし。)


 ああ、そうだ。
 先程自宅に帰宅して、いつの間にか置いてあったゲームを見つけた時を思い出す。



 ※   ※   ※



 人生生きていると、いいことも楽しいこともつらいこともある。
 そんな中、今日はつらいことと苦しいことと悔しいことのトリプルパンチを無様にも食らった日であった。そこを気遣ってくれたお局様からお酒のお誘いがあり、付き合ってみると予想はしていたがお局様の愚痴大会へと発展してしまった。家に帰った時にはベッドに突っ伏すほどの干物メンタル。

 誰にも吐けない愚痴を宙に投げながら、ベッドをごろごろしていると、手にカツン、と何かが当たった。なんだと触れたものを取り上げると、見たこともない小型ゲーム機が無造作に置かれていたのだ。

 会社の都合で一人暮らしを始めた私を訪ねてくるのは悲しいかな、家族くらいのものである。――恋愛経験は年相応にあるにはある。ただ、今は恋愛をする気分じゃない。断じて出会いがないから誰か紹介して、などと友人各所にお願いしていない。断じて。
 とにかく、現在独り身の私には合鍵を渡している家族くらいしか、勝手に部屋に入ることを許している者はいないということだ。それに加え、このゲームだ。弟でも来たのだろう。都心に部屋を借りた私の元に、遊び易いという理由で泊まりに来るのはしょっちゅうだから、他に疑うこともなかった。

 とりあえずむしゃくしゃしていたし、最近仕事ばかりで遊んでなかったな、ということでゲームの電源を入れてみることにしたのだ。
久方ぶりのゲームに逸る気持ちを抑えつつ、ソフトが立ち上がるとともに時代を感じさせるBGMが流れた。知っているわけではない曲だが、ピコピコと流れる軽快な音楽に幼い頃の気持ちが溢れてきた。


「こういうのよくやったなぁ…。レベル上げ必死にやって朝になってたとか。今じゃ考えられないけどねー」


 学生の頃は例え徹夜をしたとしても気力と体力で何とかなったが、社会人になってからと言うもの、同じことをしても平然としていられなくなってしまった。入社して数か月は、自分の時間を確保するために睡眠時間を削ったりと無茶をしたが、日中眠気とイライラが抑えきれないくらい溢れてくるので、いろいろと諦める事にしたのは半年前だ。今は時間があれば寝たい。土日祝出かけないの?――朝から晩まで化石と化していますが何か。
 本来なら帰宅したらシャワーを浴びて寝てしまうのだが、嫌なことはあっても今日は華金。明日が土曜ということもあって、久々にどっぷりゲームをやりこんでやる!ということになったのだ。

 早速立ち上がったタイトル画面で決定ボタンを押すと、お馴染みのキャラクター作成画面になる。今時では珍しい、ドットの大きいカクカクしたポリゴンのようなミニキャラと、名前入力画面だ。


「へぇ、珍しい。RPGなのに女の子が主人公なんだ。金髪碧眼……大道ヒロインか。」


 顔は昔ながらの作風で目が縦長の棒線のため、残念ながら美人かどうかは解らない。けれどRPGで金髪碧眼ロングストレートは、如何にドットが荒くとも美人設定なのは揺るがないだろう。美人さん、しかも西洋人設定キャラに己の名前を入れるのは気が引けるが、まぁオンラインでもないしいいだろう。


「ヒナノ・タチモリでいいかな。よし――って、あれ?」


 入力し終え、決定ボタンを押した瞬間だった。
 金髪碧眼美人キャラに、変化があったのだ。
 金髪から黒髪に、青い目は黒に、ストレートヘアは末広がりに波打った。服装に至っては、戦女神のようなデザインが細かい甲冑を着ていた筈が、どこかの村娘のような一色で塗りつぶされたワンピース姿になっている。――私が今着ているクリーム色のワンピースと同じ色だ。髪も癖のある黒髪ロングで、画面の中のキャラクターと類似している。


「え、まさか私の身体写してるんじゃないよね?最近のゲームってこんな感じ?」


 確かに両手に収まるゲーム機には、カメラが搭載されている。この小さいカメラが、プレイヤーの容姿を取り込んで、ゲームのヒロインの容姿を本人に近づけたということだろうか。
 説明書もない中で、私はそう納得して寝ずにゲームを続けた。
 お陰で時間が経つのも忘れ、掛け替えのない仲間とともに魔王の支配から世界を開放し、見事救世主となったのであった。



 ※   ※   ※




「思い出した…!!」


 脳裏にとあるシーンが蘇えった瞬間、衝撃が頭を殴りつけた。
 ゲームの事を思い出していた中で、今目の前に広がる風景と同じ場面が確かにゲーム中にあったのだ。それは、物語の序盤。魔王軍討伐のため、仲間を集め始めた勇者ヒロインが、なんと魔王配下である四天王の城へ攫われてしまうのだ。目を覚ました勇者ヒロインは牢屋ではなく、謁見の間のような広間で転がされていた。魔法を封じられるでも、手枷を嵌められているわけではないことを不思議に思いながら部屋を探索する。

 もちろんゲームと言えば探索だ。
 一度しか訪れないかもしれない場所にはレアアイテムがあるかもしれないと入念にアイテムを探し出し、それが尽きた頃に何かありそうな玉座を調べる。――すると、誰も座っていなかった玉座に触れた瞬間、電撃が勇者ヒロインを襲って壁に吹き飛ばされる。そこでヒットポイントを半分以上失った勇者ヒロインは、瀕死の状態になりながらも何とか体制を整える。
 そして。玉座の影から姿を現したのは、この城の主である魔王の腹心・四天王のメンバーだった。


「アハハ…。や。まさか。そんな馬鹿な。」


 まさかと思って、念の為玉座付近に誰かいないか注意しながら、アイテムがあった場所を探索する。するとゲームと同じように、まったく同じものが宝箱やら暖炉の煤の中からだとか、鏡の裏だとかから出てきてしまった。
 ゲームでは「●●を手に入れた」としか表示されないため、実際手に取ると感動と少しわくわくしてしまった。それと同時に、何故こんなものが暖炉とか鏡の裏にあるんだよ、とこの部屋の主に突っ込みたくなった。まあそんなことは部屋の主じゃなくてゲーム制作陣に言うべきなんだろうけれど。


「うーん……さて…」


 どうしようか、と内心ドキドキしながら玉座を睨み付ける。
 アイテムは総てとったし、扉もダメ元で調べてみたがロックされているのか開かなかった。とすると、やはりゲームのようにあの玉座を調べなければ、この状況は進まないのかもしれない。


(なんだろうなぁ…やっぱり疲れてたんだろうなー。疲れてるのに朝までゲームしてちゃ、夢にも見るよね。)


 久しぶりに無茶をしてしまったと溜息を吐いたが、せっかくの夢だし遊んでやろう、と先程見つけたアイテムの一つを手に取った。
 ゲーム通りに進めるにしても、このままあの玉座を調べればダメージを食らうことになる。せっかくこの後の展開を知っているのだし、このまま流されるのも面白くない。

 私はゆっくりと玉座へと近付いた。
 今まで感じたことのない緊張感だ。
 リアルに敵を目の前にするかもしれない恐怖と、相見えるかもしれない相手に対する逸る気持ちは、現実では感じることが出来なかっただろう。
 いくら夢とは言え、手の先が冷たくなる程緊張している。


(大丈夫、これは夢。遊びなんだから、なんとかなるって。)


 自分に言い聞かせながら、背後を振り返って退路を確認しておく。――いざ攻撃をかわした時に、背後に何かあればゲームの勇者ヒロインの二の舞になる。
 手の中のアイテムをぐっと握り込み、玉座に触れる。
 その瞬間にアイテムを突き出し、思いきり後方へ跳躍すると、案の定玉座から放たれた雷撃が私に向かって迫る。しかし私の翳すアイテムが、それを放った本人へ跳ね返した。


「なに?!――ちぃっ」


 しかし放った本人が創り出したものなので、その雷撃ではダメージを与えられない。
 玉座の影がゆらりとたわむと、そこから<彼>が現れた。不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、噛みしめる歯茎から立派な牙が二本覗いている。
 カツ、カツ、と床を踏み鳴らし、その鋭くつり上がった金の目に私を映す。


「俺の雷撃をかわし、更に攻撃を仕掛けてくるなんてな。<白光の戦女神ヴァルキリー>の噂も、あながち間違ってねぇってことか。」


(<白光の戦女神ヴァルキリー>って、勇者ヒロインの異名だったっけ。)


 太古の昔に世界を作った神の娘が、剣を手に取り悪行の限りを尽くす魔族を滅ぼしたという神話があった。その娘が勇者ヒロインと同じ白金の髪と青い目をしていたということから、ある事件を解決したきっかけに王子や国王から<白光の戦女神ヴァルキリー>と呼ばれるようになったのだったか。


「っていうか、<白光の戦女神ヴァルキリー>じゃないんだけどなぁ…」
「はぁ?何言ってんだ。この俺が直々に攫ってきたのに、そんな間違いするわけが…」


 これが殺気というのだろう。
 殺気のみでビリビリと空気を震わせる、青年を思わせる声。
 浅黒い肌に、戦闘慣れしているのだろう引き締まった肉体。黒の刺青のような模様が、蔦のように両頬に描かれている。金の目の中央にある猫のように鋭い黒の瞳が、人間ではないと物語る。
 ゲームではただのポリゴンだったため、そんな細かいところは解らなかったが、私自身が補正しているのだろう。――美しいわけではないが、端正な顔つきとがっしりとした躯体に、男らしさを感じてしまう。


(うーん…私ってこういう男の人が好みだったっけ?)


 どちらかと言えばお兄さん系、というか綺麗系が好きだったのだが。
 思わずまじまじと見つめていると、どうやら彼も私を注視していたようだ。
 私の顔を睨み付けるように見てから、何かに気付いたように私の頭――髪に目をやって、獣の爪を生やした指を私に向けている。まるで信じられないものでも見るみたいに、小さく震えているのが可笑しかったが。


「<白光の戦女神ヴァルキリー>じゃねえ…!っていうか、お前、その目……髪!」
「あはは。なんでそこまで驚くかな?確かに私は<白光の戦女神ヴァルキリー>なんて大層なもんじゃないけど。ええと、君は確か――魔王軍四天王の雷竜・ルシオだっけ。」
「?!」


 金の目を丸くして、ルシオは警戒のためか一歩身を引いた。
 こんな平々凡々な私に怯えていることもおかしくて、場違いにも笑ってしまう。これが夢でなく現実であったなら、いつ殺されてもおかしくないとガタガタ震えていただろうが。 
 これは幸いにも夢で、一度ヒロインとしてプレイしている。それならば、また別のルートとして夢で体験してみるのもありじゃないかと思う。

 ルシオは四天王を前にして余裕綽綽と笑っている私に苛立ったのか、警戒しつつも噛みつくように声を荒げた。しかしそれも大きな犬のようで、私の笑みは引かない。


「てめぇ、何笑ってやがんだよ?!何で俺の名前を知ってたかはしらねぇが、人間どもが恐れをなして命乞いをする、魔王軍最強の四天王を前に笑うやつがあるか!!」
「いや、だってさ。どう見ても人間の女に、そのルシオが警戒してるんだよ?」
「ぐ…」


 「こんなの笑うしかないよね、ハハ!」と口で言わず目で語ってやれば、「だってそれはごにょごにょ」と目を泳がせる。
 どう考えても魔法も剣も使えないリアル一般人の私に、イケメンの魔王軍四天王がどうしようと考えあぐねているのだ。これを笑わずにいられるだろうか。決してイケメンの困り顔が可愛いとか思ったわけじゃない。


「あーもう!とりあえず笑うんじゃねえ!」
「うぎゃ?!」


 笑ったことで彼のプライドを傷つけたらしい。
 ルシオはその獣を彷彿とさせる黒く鋭い爪を閃かせ、私の腕を掴んで引き寄せた。
 向こうはちょっとした動作なんだろうが、電車通勤・休日休業・仕事はデスクのリアル一般人の筋力を舐めてもらっては困る。引かれた腕に身体が耐え切れず、ルシオの胸元に思いきり顔面衝突をしてしまった。鼻が陥没したらどうしてくれる。
 若干涙目になりながら、掴まれているのとは反対の手で鼻を押さえて、至近距離になった金眼を睨み付けた。


「い、痛いなぁ!こっちは人間なんだから、君みたいな力で引っ張らないでよ!」
「う、うるせぇなしょうがねぇだろ!そんなん、知らねぇし…」


 「周りは魔族ばっかなんだよ」と困ったように目を逸らす、思春期なのか?と突っ込みたくなる仕草に「魔王軍の四天王ってかわいい連中ばかりなのかな」と思ってしまった。
 間近に見える乱雑に切られた金の髪が乱れ、頭部を守るように波打つ2本の角が見えた。色は漆黒で、まるでお椀みたいにつやつやして綺麗だな、とまたもや見つめていると、「とにかく!」と自身で持ち直したルシオが甲高く声を上げる。


「お前、<白光の戦女神ヴァルキリー>はどこやったんだよ?!」
「ええ?知らないよそんなの。ルシオが攫ったって言ってたじゃない。」
「ああ、間違いなく攫った。だが、現に目の前にいるのはお前だ、女。」


 どういうことだ、と言外に告げられる言葉には、さすがに返せない。
 物語序盤に人間が住む大陸から勇者ヒロインが攫われ、魔族の住まう島に独り四天王と対峙する。ゲームにありがちな戦闘前に敵が語るシーンがあり、いざルシオと戦うのかというところで、新たな仲間が勇者ヒロインを助け出すのだ。――しかし、この状況はどう説明すればいいのか。ルシオが言うには、勇者ヒロインを確実に攫ってきたと言う。しかしおかしなことに、この部屋に来てみればいつの間にか私にすり替わっていた。残念ながら当の私にはすり替わったという認識もなく、気が付いたらこの夢の中にいたというだけで、彼の仕事の邪魔をした覚えはない。

 ルシオ――四天王の彼からしてみれば、どうすり替わったのか、どういった方法でこの城の警備を突破したのかを知りたいのだろう。だってほら、目が真剣です。
 私だってできれば目の前のイケメンの力になってあげたいが、如何せん夢なのもので状況が解らない。


「うーん…。勇者ヒロインがここにいないってことは、まだティティカの村にいるのかな。や、でも確実に攫ったってことだし、もしかしたら仲間に助けられた後なら、もうグルカの遺跡に向かってるかも…?」


 ティティカというのは、人間が住む大陸<クローセル>の最南端の村だ。ルシオはそこに暗雲を立ち込め、雷で勇者ヒロインたちを気絶させた後、竜の姿で勇者ヒロインだけを攫ったのだ。
 対してグルカの遺跡は、世界から隔離された魔族の住まう島<ジーネ>の中央にある。そこには転送用の魔法陣が引かれ、海や空を渡らずとも大陸間を行き来できるのだ。
 もし勇者ヒロインが仲間に救いだされたのならば、もうグルカの遺跡に向かっていて、クローセル大陸を目指している最中かもしれない。もしかしたら既にクローセルに渡ったか、もしくはこの推測自体が間違っているのかもしれないが。

 すると突然、身体に衝撃があった。
 驚いて顔を上げれば、私を逃がさぬよう両肩をがっしりと掴んだルシオの顔が目の前にあった。


「お前、どうしてそんなことが言える!そもそも、俺がティティカでアイツを攫ったことも知っていそうな口ぶりだな。どういうことか、説明しろ!」
「い、いた、いたい、痛いです!爪が食い込んでるってば!」
「……ん」


 私のちょっと引き締めようかなぁと思い早3か月は立っている二の腕に、彼の鋭い爪の先が食い込んでいたのを確認したのか、やや申し訳なさそうに私の腕をつかむ力を緩めたルシオを、逆に心配してしまった。


(四天王、こんなにやさしくていいんだろうか…。)


 腕を掴む力は弱まったものの、私がすり抜けてしまわないよう離しはしなかった。


「説明しろって言われてもなぁ…。なんとなく、っていうか、見てたっていうか……そうかなぁーって。」


 真剣な目に困って、言葉がどうしても頼りないものになるのは許してほしい。
 いくらこれが夢の中であっても、「実は君はゲームのキャラで、私は勇者ヒロインとして魔王軍を壊滅させて世界を救ったからね!いろいろ知ってますとも!あ、あと君は四天王の中でまっさきにやられちゃうキャラだったよ★」なんて言えるわけがない。ルシオは思春期なのか感情のままに動いてしまって、それが仇となってすぐに倒されてしまうのだ。しかしそれをわざわざ言うのも、いくら夢であれはばかられる。だから回答は「なんとなく」で許してほしいところではあるのだが。

 ルシオだって魔王に仕える四天王のひとりだ。会社で言うなら役員とか部長クラスだろう。部下たちの成績を上げるのは課長たちに任せ、何かあれば責任を取ったり見守ることが主な仕事だろうが、稀に上の者が動かなければならない重要事項がある。それが勇者ヒロインを攫うという役目だったのだろうが、それを四天王のルシオは失敗した。それは外聞的にも立場的にも、決していいものじゃない筈だ。


(魔王サマにも失敗しました、って報告するんだよね。私の所為じゃないけど、なんか申し訳ないなぁ…。)


 こうして繊細に動く表情見て会話して、触れられてぬくもりまで感じているのだ。
 ゲームキャラとは言え、情が移ってしまったのか。
 私などで力になれればいいが、でも彼に力を貸すことで人間たちが滅ぼされても問題だよな、と思い直して言葉に出来ない。
 ちらり、といつの間にか落ちていた視線をルシオに向けると。


(あ、あれ?)


 ただでさえ眩しい金色の目が、キラキラと期待の色に満たされて私を見つめていた。
 整っている顔でそれをされると、平均レベル女性としては眩しくて3歩は下がります。がっしりと掴まれた腕の所為で、半歩も許されませんでしたが。


「え、ええと。な、なに?」
「まさかとは思ってたんだよ。その黒い髪に、過去と未来さえ移す闇色の目。……魔族と戦った神の娘の生まれ変わりがあの<白光の戦女神ヴァルキリー>だってんなら、お前は<夜霧の花嫁>として遣わされたんだな!!」
「ええ?!」


(な、なんて勘違いをしているんだ!)


 創生の神の子供は、何人もいた。
 その中のひとりが、神や人間たちを魔族から救った娘<白光の戦女神ヴァルキリー>と呼ばれるルーティアだ。反対に、ルーティアと敵対するのが魔族と婚姻関係を結んだ<夜霧の花嫁>シルヴィア。ルーティアとシルヴィアは姉妹である。

 シルヴィアはルシオの言うとおり、宵闇の瞳に過去と未来を写した。戦う力は妹に劣りはしたが、未来が見える瞳で戦略を練り、過去を見ては精神を揺さぶり、夜霧で毒や麻痺にさせ幻覚を見せるなど、手ごわい敵のひとりだ。――そんな邪悪な悪神の生まれ変わりにしないで頂きたい。


(そもそも、なんでそんなに黒髪に反応するかな。どこにでもいるでしょう!)


 ルシオが一番に反応していた黒目黒髪にいちゃもんをつけようとしたのだが、ゲームのプレイ画面を思い出して、息を詰まらせてしまう。
 移動画面は町など総て平面で、正面を向いたままのポリゴンキャラをピコピコ上下左右に動かしていく。それを思いだす中、そう言えば村人の髪はくすんだ金髪や赤茶やグレイ、目は青や緑など、私のように黒目黒髪はいなかったかもしれないと一瞬思考が止まる。同じように、ヒロインと同じ混じりけのない白金の髪というのも。

 慌ててルシオの胸を押しやり、そんなわけないと首を振る。


「待ってよ、そんなわけないじゃない!だってほら、私どう見ても人間だよ?ルシオに張り倒されたら間違いなく死んじゃうくらい弱いんだよ?!」
「そうだよな…。まさか<夜霧の花嫁>まで人間に転生するなんてな。なあ、窮屈でしょうがねえだろ?大丈夫か?」
「だ、大丈夫っていうか、心配するとこが若干ズレてるってば。その単細胞どうにかしないといつかやられちゃ――って、うわわっ」


 彼の中で黒目黒髪の女が現れた時点で<夜霧の花嫁>にリンクされてしまったようで、つい先ほどまで威嚇していた目は、まるで保護対象を見るもののように鋭さが消えている。
 彼は恐る恐るではあるが、その手を伸ばして私の髪をひと掬いし、味わうようにゆっくりと梳いていく。時々掠る爪にひやひやしながらも、なんだか身体が反応してしまって下を向く。


(ちょ、ちょっと、なに勝手に触ってるんだよ?!仮にも、私乙女ですよー!!)


 社会人1年目真っ最中の21歳ではあるけれど、いつまでも心は乙女なのである。いくら年を取っても女子会と豪語するのは乙女の義務です。単純に「女友達と飲んでくるわ」という台詞が「女子会です」の一言で済ませられるのが楽だから、という理由も大いにあるが、これは譲れない。
 とにもかくにも、こういうスキンシップは日本人女子には刺激的すぎる。

 無言で私の髪を梳き続ける手をパシリ、と跳ね除け――られなかった。
 魔族って普段どれくらいの筋力で生活してるんだよ、という突っ込みを胸に留め、払いのけられなかった彼の引き締まった手首を掴むことには成功した。掴んでしまえば、さすがに魔族でもこちらの意思を読み取れるだろうと、落ちていた視線で再びルシオを捉える。

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