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最終話-1 煮ても焼いても食えない

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(明かりだ!)

 出口が見えた。剣を抜き呼吸を整える。幸い魔獣の気配は感じないが、ここからは地上だ。いつ何時襲われてもおかしくない。

――キンッ

 出口を出た瞬間、何者かが目の前に現れた。瞬間的に剣を叩きつけたが、強力な何かに跳ね返されてしまう。

(防御魔法!?)

 その瞬間。心地よい声が聞こえてきた。

「お久しぶりです旦那様~随分なご挨拶ですこと!」
「テンペスト!」

 ああ愛しの我が妻! そして……、

「テンペスト! 貴女は冒険者になったんだね!」

 素晴らしい選択だ! 

◇◇◇

(なーんでそんな嬉しそうな顔しとんのじゃっ!?)

 妻が冒険者って気付いたんでしょ!? それでその反応!?

(おかしいっ! もっとこう……ショックをうけるものかと……)

 私の想像は結婚した時のものから更新されていなかった。
 嫁が冒険者だとわかったら、旦那様はきっと恥をかかされたと離婚を突き付けてくるだろうと思っていたのに。その気配が、全く少しもない!

(そういや旦那様、冒険者になりたかったんだっけ!?)

 そもそも冒険者街に力を入れていたし、貴族でありながら冒険者にいいイメージを持っているのだ。私と同様に……。

(ショーック!)

 なんであの旦那様を喜ばせることになってんだ!
 これ、冒険者として名を上げて大恥かかせようと思ってたけど、もっと喜ぶことになってたのでは!?

(Bランクで中途半端にネタバレになっちゃって悔しかったけど、これでよかったのか!?)

 いやいや。そもそも私が冒険者として名を上げたかったのだ。旦那様のはついでだついで。
 頭をブルブルふって気を取り直す。

(……もう少し旦那様に興味を持つべきだった!?)

 今更そんなことを考えてもしかたがないが。

「テンペスト……?」

(キラキラした目で私を見るなー!)

 違うだろ! 妻の私の顔を覚えていなかった上、冒険者の私と浮気しようとしたからね!? 反省とか後悔とか罪悪感とか恐怖とか! そういう感情を全面に出してもらってもいいかな!?

「失礼いたしましたトゥルーリー様。まさか今頃お気づきになるとは思わなかったもので」

 嫌味を込めてにっこりと笑顔で伝えた。
 旦那様は馬を走らせ、私は並走して飛んでいる。横目で見える彼はとても楽しそうな顔をしていた。

(あれ!? 浮気心はバレてるぞって言ってるの伝わってる!?)

「アハハ! いや~すっかりテンペストの変装に騙されてしまったな! なかなか凝った変装だったぞ!」
「っ!!?」

 飛んでるのにズッコケそうになるわ!

(旦那様の脳内では私が旦那様を騙して冒険者やってたことになってる!?)

 クソ~~~状況が状況じゃなければ、今すぐ首根っこ掴んでクソ旦那ごと湖に沈めるのに~~~!

◇◇◇

 テンペストは冒険者をしているとバレて少し焦っているようだ。そんな姿も可愛らしい。

(ん!? ということは、冒険者テンペストに伝えた言葉も、再び会いに行こうとしていたことが妻にバレてるということか!!?)

 これはまずい。かなりまずい。別に何をしようというわけではなかったんだ! 最初は心から彼女を称えたかっただけだし、再度依頼を出したのは、ただ自分の心を確かめたかっただけなんだ!
 
(心の中で言い訳してもしかたがない……早く妻にちゃんと伝えなければ……)
 
 チラっと横目で妻を見ると、笑顔なのに恐ろしい形相をしていた。

(やややややややヤバい……!)

 いや、良い風に考えよう。私達は政略結婚。なのに私の浮気心にあれほど怒りを覚えると言うことは、それほど私を想ってくれているということだ!

(そもそも浮気ではないんだ! 私は最初から妻に恋をしていたのだから!)

 『運命』という言葉を使うことになるとは。かつて何人もの令嬢から『運命の人』なんて言われたものだが、私の『運命の人』は政略結婚した妻だったのだ!
 
 もう1度チラっと確認する。

(ヒィィィィィ! 滅茶苦茶怒ってるっ!)

 私の脳内には、次々に彼女が使う強力な魔術の光景が思い起こされた。

 浅ましい私の考えを全て見抜くようなあの鋭い視線……美しくカッコイイが……なぜ命の危険を感じるんだ!? 女性からあのような視線を向けられたのは初めてだ。

(結婚してくれなきゃ殺してやる! って向かってきたあの男爵令嬢よりも恐ろしい目つきをしている……!)

 今なら蛇に睨まれた蛙の気持ちが良くわかる。
 彼女の力をもってすれば、私など一瞬で消し炭にされてしまうだろう。

(判断を間違えたら……)

 考えただけで冷汗が溢れ出す。

◇◇◇

 旦那様の表情がコロコロと変わる。これが愛しい旦那様であれば、私もきっと心穏やかに、なんて可愛らしい! などと思ったりしただろう。
 
 だが残念ながら彼はクソ旦那と私の脳内で呼ばれている。恐らくクソ旦那様は今更自分が冒険者テンペストへの思いが妻の私に駄々洩れだった上に、再度会うために依頼を出したことを思い出したのだ。
 
 そしてその後、2人は同一人物なのだから問題ないのでは!? と都合のいい解釈にもっていったのだろう。私にはわかる。

(このポジティブクソ野郎!)

 ここぞとばかりに笑顔で睨みつける。

(これが終わったらマジで覚えとけよ……!)

 放課後体育館裏コースだぞコラァ!
 
「テンペスト!」
「!?」

 旦那様の短剣が私の傍らを通り抜けた。

 ギィっと声を上げて魔獣が地上へと落ちていく。

(げぇ! 旦那様に借りを作っちゃった……!)

 気が付くと魔獣が集まり始めている。旦那様が剣を抜き、噂通りの実力で駆け抜けながら魔獣を切り倒す。私は旦那様をフォローしつつ、進行方向を中心に魔獣を薙ぎ払った。

「ああもう! 鬱陶しいな!」

 久しぶりの大竜巻だ。周囲の魔獣を吹っ飛ばした。だが今回は短時間。早く魔石を湖に投げ込まなければ、どんどん魔獣は増えていくだけだ。
 まだ風がやまないうちに再び出発した。

「お、思い出の魔術だね!」

 こちらの機嫌を伺うように声をかけてきた。

「負の思い出だけどな!!!」
「そ、そんなぁ~……!」

 もうウェトウィッシュ家のテンペストでいるのは辞めた。これまではギリギリ旦那様の前では貴族の娘として振る舞ってきた。一応政略結婚だし、家名も背負っている。

 でももう無理!!!

◇◇◇

(よかった! 夫として妻を守ることが出来たぞ!)

 我々が冒険者のパーティを組んでいたらきっと最強の2人と呼ばれていたに違いない。あの昔読んだ物語のように、伝説になれたかも。

(最高の相棒で夫婦か……)

 思わずにニヤけてしまいそうだ。

 なのに妻は怒り心頭という顔をしている。

(なぜだ!?)

 少しは見直した! とはならないのか!? 
 これまでの女性なら剣を抜いただけでキャーキャーと歓声を上げていたのに!?

(いや、私の容姿なんて少しも気にしない彼女に惚れたんじゃないか……それなのにガッカリするなんて身勝手だ!)

「湖が見えた!」

 飛んでいる妻が教えてくれた。2人の初めての冒険もそろそろ終わる。あの湖に魔石を放り込み、そこに魔獣が集中している間に逃げきることが出来ればの勝ちだ。

「うわっ!」

 急に体が宙に浮いた。馬も一緒だ。

「魔石を!!!」
「ああ!」

 魔石の入った袋ごと、湖の中へ放り込む。ドボンと大きな水しぶきが立ち、大きな波紋が広がった。そして……

「危なかった……」

 魔獣の大群が押し寄せてくる。我先にと湖の中に入って行った。溺れながらも魔石の魔力には逆らえないようだ。

 私は大きく息を吐き出す。

(これでネヴィルの町は復興を進められる。キメラが使えるようになったらまずここまで運ぶ必要があるかもしれないな)

 これからまた忙しくなる。
 
 妻の方を向くと、

(あ、こいつも一緒に湖の中に放りこみてぇな! って顔してる……!)

 やばいやばい! 大人しくしておかなければ……。
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