42 / 63
42 侵攻
しおりを挟む
ベルーガ帝国では平和な日常が続いていた。
「この辺りは雪が積もったりしないのねぇ」
気が付いたら季節は冬も終わろうとしている。王国では真冬の積雪は当たり前だったレミリアはジークボルトの屋敷の過ごしやすさに驚いていた。
「そうだな。帝都はたまに積もったりするらしいけど」
屋敷周辺はたまに雪が降ることはあっても積もることはなかった。
「僕あんまり寒いの得意じゃなくてさ~でも季節感は大切じゃない? 雪が舞ってるの見るのは好きだし」
「え……それって師匠が魔術でコントロールしてたってことか?」
アレンが初めて知ったという表情で自分の師匠を目を丸くして見つめていた。
「本当なら帝都と同じくらい積もるよ~」
「じゃあ来年はその魔術禁止! 積もった雪で遊びてぇ!」
「ええ~! 寒いよ!?」
「温泉でも引いてください。雪見温泉は気持ちいいですよ」
「うーんそれは楽しそうかも……」
大賢者一家は今日も穏やかな日を過ごしていた。
一方マリロイド王国ではついに聖女の願いが叶い、領土が魔物に侵され始めた。
前聖女のおかげか、ユリアが結界の為の祈りをサボりまくっていたにもかかわらず、これまで大きく綻びが出ることはなく、騎士団や各地の兵士達の頑張りでなんとか持ちこたえていたのだ。
(あのクソババァ! 死んだ後まで本当に余計な事をしてくれたわね!)
だがそれもついに限界を迎えた。結界が大きく崩壊し、それと同時にその近くの領が壊滅状態と聞いた時は、思わず笑みがこぼれていた。その笑顔を見逃さなかった者達は心の底から聖女に恐怖したのだった。
彼女がこの報告によって抱くのは、悲しみでも罪悪感でもない。ただ自分の素晴らしい未来が始まったという高揚感だった。
(でもこれでやっと……やっと彼に会える!)
ギルバート王は日に日に痩せ細っていた。もちろん政務に戻ることはできていない。王国にとって唯一良かったことは、ここにきて王太子アルベルトが政務を誠実に取り組むようになったことだった。
「やはりあの女がいけないのでしょうか」
「……そうだな」
病床に臥す王と宰相は、アルベルトが堕落した大きな要因が聖女にあるということを確信した。最近2人はあまり会っていない。アルベルトは会いたがっているが、その度に結婚式の話になるのでユリアが避けているのだ。ちょうど国内の問題で手一杯のアルベルトは彼女を追いかける暇もなく昼夜働いていた。
アルベルトは聖女ユリアに関わらないことであれば、至極まともになり始めていた。だから周囲で彼を支える家臣たちはユリアのユの字も出さないよう注意していた。
「レミリアとグレンがいてくれたら……」
あの2人はあらゆる情報に精通していた。レミリアは問題解決のためにアイディアを出すのが得意だったし、グレンは張り合ってそのアイディアを現実的にするための方法を考えだしていた。
彼が政務に真面目に取り組むようになったのは、父親をアッと言わせる為だった。父親よりも素晴らしい王になれば自分を見限ろうとしていた男の鼻の穴を明かせると思ったからだ。元々アルベルトはあらゆる能力が高い。寝る暇も惜しんで勉強を重ねた結果、今更レミリアとグレンのすごさを知ったのだ。
アルベルトは自分の口から出てきた言葉に驚いた。つい最近まであの2人を憎んでいたのに。執務室には誰もいない。彼1人だけだ。ほんの少し前まではグレンもロニーもカイルも、そしてユリアも側にいてくれた。
こうなったきっかけを考えたくはなかった。だがすぐに答えが頭に浮かぶ。それは愚かな自分が元婚約者をこの国から追い出したからだ。レミリアがいてくれたら、例え国が今と同じ状況になっても何か立ち直る術を一緒に考えてくれただろう。
(……いない人間のことを考えても仕方がない)
彼は机に向き直し、グレンへ手紙を書き始めた。以前グレンからの忠告を撥ね退けた際の謝罪と、もう一度自分の側で国を支える仕事を手伝って欲しいという内容だった。
だがその手紙はすぐに無意味なものになった。
「ゴーシェ領が落ちただと!?」
(グレン……!)
目の前が真っ暗になっていくのがわかった。結界が大きく崩壊した地域には、すでに騎士団が向かったはずだった。
「騎士団はどうした!?」
「無事です。なぜかまだ王都の近くにいたようでして」
「なぜだ!? もう3日も前の話だぞ!!?」
「どうやら伝令ミスがあったようです」
「今すぐ騎士団長を呼べ!!!」
グレンのいるゴーシェ領はレミリアの防御魔法のおかげで魔物の森からの侵攻はなかった。しかしまさか隣の領から魔物がやってくるとは想定していなかったのだ。
3日前、騎士団長の屋敷には彼の息子の右耳が届けられていた。まだ血が滴るその耳には、彼の母親が与えた高価なピアスが付いたままだった。
「カイルの耳と決まったわけではない!」
「いいえこの黒子は息子のものです! あの子は生きて捕らえられているのです!」
「だからと言ってあんな命令、きけるわけがないだろう!」
結界に大穴が開いたと連絡を受け、急ぎ屋敷から出ようとする騎士団長を、彼の妻が足止めしていた。耳の入った箱の中には、『騎士団を魔物の森に近づけることを禁ずる』と書いてあった。
「我が子が可愛くないのですか!」
「……そもそも謹慎を命じたのにお前が外出を黙認していたせいだろう!」
「私のせいにするのですか!?」
カイルが捕まったその日、夫人は忙しい夫に変わり自領へ戻っており、息子が屋敷に戻っていなかったことを知らなかったのだ。
そうして悲鳴に近い声を上げた騎士団長の妻は、彼女を無視して部屋を出ようとする夫の背中をペーパーナイフで突き刺した。
屋敷の客室で待機していた騎士団長補佐には、騎士団長の妻から直々に話が合った。
「夫は疲労が重なり倒れてしましました。王都の近くで魔物の侵攻に備えて待機せよとのことです」
夫人が酷く疲れているのがわかった補佐官は、指示通り騎士団を魔物の森へ向かわせることはなかった。
「この辺りは雪が積もったりしないのねぇ」
気が付いたら季節は冬も終わろうとしている。王国では真冬の積雪は当たり前だったレミリアはジークボルトの屋敷の過ごしやすさに驚いていた。
「そうだな。帝都はたまに積もったりするらしいけど」
屋敷周辺はたまに雪が降ることはあっても積もることはなかった。
「僕あんまり寒いの得意じゃなくてさ~でも季節感は大切じゃない? 雪が舞ってるの見るのは好きだし」
「え……それって師匠が魔術でコントロールしてたってことか?」
アレンが初めて知ったという表情で自分の師匠を目を丸くして見つめていた。
「本当なら帝都と同じくらい積もるよ~」
「じゃあ来年はその魔術禁止! 積もった雪で遊びてぇ!」
「ええ~! 寒いよ!?」
「温泉でも引いてください。雪見温泉は気持ちいいですよ」
「うーんそれは楽しそうかも……」
大賢者一家は今日も穏やかな日を過ごしていた。
一方マリロイド王国ではついに聖女の願いが叶い、領土が魔物に侵され始めた。
前聖女のおかげか、ユリアが結界の為の祈りをサボりまくっていたにもかかわらず、これまで大きく綻びが出ることはなく、騎士団や各地の兵士達の頑張りでなんとか持ちこたえていたのだ。
(あのクソババァ! 死んだ後まで本当に余計な事をしてくれたわね!)
だがそれもついに限界を迎えた。結界が大きく崩壊し、それと同時にその近くの領が壊滅状態と聞いた時は、思わず笑みがこぼれていた。その笑顔を見逃さなかった者達は心の底から聖女に恐怖したのだった。
彼女がこの報告によって抱くのは、悲しみでも罪悪感でもない。ただ自分の素晴らしい未来が始まったという高揚感だった。
(でもこれでやっと……やっと彼に会える!)
ギルバート王は日に日に痩せ細っていた。もちろん政務に戻ることはできていない。王国にとって唯一良かったことは、ここにきて王太子アルベルトが政務を誠実に取り組むようになったことだった。
「やはりあの女がいけないのでしょうか」
「……そうだな」
病床に臥す王と宰相は、アルベルトが堕落した大きな要因が聖女にあるということを確信した。最近2人はあまり会っていない。アルベルトは会いたがっているが、その度に結婚式の話になるのでユリアが避けているのだ。ちょうど国内の問題で手一杯のアルベルトは彼女を追いかける暇もなく昼夜働いていた。
アルベルトは聖女ユリアに関わらないことであれば、至極まともになり始めていた。だから周囲で彼を支える家臣たちはユリアのユの字も出さないよう注意していた。
「レミリアとグレンがいてくれたら……」
あの2人はあらゆる情報に精通していた。レミリアは問題解決のためにアイディアを出すのが得意だったし、グレンは張り合ってそのアイディアを現実的にするための方法を考えだしていた。
彼が政務に真面目に取り組むようになったのは、父親をアッと言わせる為だった。父親よりも素晴らしい王になれば自分を見限ろうとしていた男の鼻の穴を明かせると思ったからだ。元々アルベルトはあらゆる能力が高い。寝る暇も惜しんで勉強を重ねた結果、今更レミリアとグレンのすごさを知ったのだ。
アルベルトは自分の口から出てきた言葉に驚いた。つい最近まであの2人を憎んでいたのに。執務室には誰もいない。彼1人だけだ。ほんの少し前まではグレンもロニーもカイルも、そしてユリアも側にいてくれた。
こうなったきっかけを考えたくはなかった。だがすぐに答えが頭に浮かぶ。それは愚かな自分が元婚約者をこの国から追い出したからだ。レミリアがいてくれたら、例え国が今と同じ状況になっても何か立ち直る術を一緒に考えてくれただろう。
(……いない人間のことを考えても仕方がない)
彼は机に向き直し、グレンへ手紙を書き始めた。以前グレンからの忠告を撥ね退けた際の謝罪と、もう一度自分の側で国を支える仕事を手伝って欲しいという内容だった。
だがその手紙はすぐに無意味なものになった。
「ゴーシェ領が落ちただと!?」
(グレン……!)
目の前が真っ暗になっていくのがわかった。結界が大きく崩壊した地域には、すでに騎士団が向かったはずだった。
「騎士団はどうした!?」
「無事です。なぜかまだ王都の近くにいたようでして」
「なぜだ!? もう3日も前の話だぞ!!?」
「どうやら伝令ミスがあったようです」
「今すぐ騎士団長を呼べ!!!」
グレンのいるゴーシェ領はレミリアの防御魔法のおかげで魔物の森からの侵攻はなかった。しかしまさか隣の領から魔物がやってくるとは想定していなかったのだ。
3日前、騎士団長の屋敷には彼の息子の右耳が届けられていた。まだ血が滴るその耳には、彼の母親が与えた高価なピアスが付いたままだった。
「カイルの耳と決まったわけではない!」
「いいえこの黒子は息子のものです! あの子は生きて捕らえられているのです!」
「だからと言ってあんな命令、きけるわけがないだろう!」
結界に大穴が開いたと連絡を受け、急ぎ屋敷から出ようとする騎士団長を、彼の妻が足止めしていた。耳の入った箱の中には、『騎士団を魔物の森に近づけることを禁ずる』と書いてあった。
「我が子が可愛くないのですか!」
「……そもそも謹慎を命じたのにお前が外出を黙認していたせいだろう!」
「私のせいにするのですか!?」
カイルが捕まったその日、夫人は忙しい夫に変わり自領へ戻っており、息子が屋敷に戻っていなかったことを知らなかったのだ。
そうして悲鳴に近い声を上げた騎士団長の妻は、彼女を無視して部屋を出ようとする夫の背中をペーパーナイフで突き刺した。
屋敷の客室で待機していた騎士団長補佐には、騎士団長の妻から直々に話が合った。
「夫は疲労が重なり倒れてしましました。王都の近くで魔物の侵攻に備えて待機せよとのことです」
夫人が酷く疲れているのがわかった補佐官は、指示通り騎士団を魔物の森へ向かわせることはなかった。
23
お気に入りに追加
1,511
あなたにおすすめの小説
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活
束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。
初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。
ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。
それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。
【完結】婚約者が竜騎士候補に混ざってる
五色ひわ
恋愛
今回の竜騎士選定試験は、竜人であるブルクハルトの相棒を選ぶために行われている。大切な番でもあるクリスティーナを惹かれるがままに竜騎士に選んで良いのだろうか?
ブルクハルトは何も知らないクリスティーナを前に、頭を抱えるしかなかった。
本編24話→ブルクハルト目線
番外編21話、番外編Ⅱ25話→クリスティーナ目線
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
王妃となったアンゼリカ
わらびもち
恋愛
婚約者を責め立て鬱状態へと追い込んだ王太子。
そんな彼の新たな婚約者へと選ばれたグリフォン公爵家の息女アンゼリカ。
彼女は国王と王太子を相手にこう告げる。
「ひとつ条件を呑んで頂けるのでしたら、婚約をお受けしましょう」
※以前の作品『フランチェスカ王女の婿取り』『貴方といると、お茶が不味い』が先の恋愛小説大賞で奨励賞に選ばれました。
これもご投票頂いた皆様のおかげです! 本当にありがとうございました!
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる