上 下
40 / 63

40 騎士団長の息子

しおりを挟む
 カイル・バークは騎士団長の息子だ。剣の腕だけなら王太子を上回り、学園では右に出るものがいなかった。それは日夜厳しい訓練を父親と重ねていたからである。彼は魔術や勉強が得意ではないと自覚していたので、せめて剣術だけは誰にも負けないよう努力を惜しまなかった。

「お前の剣術はいつか誰かを守ることになる」

 魔術も勉強も出来ないと落ち込むカイルに父親はいつもそう励ましの言葉をかけていた。

 カイルは父親を尊敬していた。父親は剣術だけでなく魔術も勉強も得意で、部下からも平民からも強く慕われていた。彼の父が騎士団長になってから、平民上がりの騎士も増え、初めこそ貴族優位の感覚がある騎士団の世界で反発はあったが、根気よく説明や説得を行い続け、いつしか実力のある平民が騎士になることがあたり前になっていった。

「カイル、貴族の身分など、たまたまそこに生まれたから持っているに過ぎない。それを忘れてはならんぞ」
「はい! 父上!」

 そういう家に生まれたからこそ、平民出身のユリアには最初から好意的だった。平民には家庭教師もつかないのに勉強はカイルより優秀だったし、なにより回復魔法が得意だった。聖女はそういう人間から誕生することが多い。だからカイルは期待していた。そして期待通り彼の愛した女性が聖女となった時はそれはもう大喜びだった。

「これからはカイルと一緒にこの国を守れるわ!」

 そう言って手を重ねてくるユリアと見つめ合い、どんなことがあっても絶対に彼女を守ると心に誓ったのだった。

「ごめんなさいカイル……私はアルと……」
「……いいんだユリア。どうか幸せになってくれ」

 だからユリアに選ばれないことにショックは受けつつも、彼女の愛を真剣に応援した。

(オレは彼女と一緒にこの国を守るんだ)

 カイルにとってそれが人生の喜びになると思っていた。

「これ以上あの聖女には近づくな」

 だから尊敬する父親がそう言った時は耳を疑った。

「なぜです! 彼女はこの国の次期聖女になるのですよ! 我々と協力し、そして守るべき存在です!」

 騎士団長は気が付いていたのだ。息子がその聖女にいいように操られ、国の為に必死で勉学に励んでいた女性を国外追放にまで追い込んだことに。彼は自責の念に囚われ、ただ息子を叱責した。自分の教育が悪かったせいでこのようなことになったのだと思わずにいられなかった。
 
 この話し合いは曖昧なままに終わってしまった。各地で魔物の侵入が相次ぎ、騎士団を派遣したり、自ら出向く必要が出てきたのだ。
 騎士団に所属する兵士達、まだ1年目の者は王都とその周辺の警備に就いていたのでカイルとは離れ離れだった。

 次に会った時、疲労と絶望に包まれた表情で騎士団長は息子に告げた。

「二度とこの家を出ることは許さん」

 王の名でレミリアへの正式な謝罪文が発行されたのだ。それを見た騎士団長は『やはり』と言う気持ちが大きかった。そして心の奥では息子より、たまに見かけていたあの令嬢の方を信じていた自分を恥じた。自分が心から信用できる息子に育てなかったことが許せなった。

「グレンが陛下に嘘をついたのです! あの悪女が聖女を陥れたは本当です!」
「……証拠はあるのか」
「聖女がそう言っていたのです! これ以上の証拠があるでしょうか!」
「お前自身の目でレミリア嬢が聖女をいたぶる姿をみたのかと聞いている」
「いいえ! ですが……」
「もういい! しゃべるな! 聞くに堪えん……!」

(長所を伸ばすだけではなく、短所も改善するべきだった)
 
 信用の出来る部下から自分の息子の評価を聞いた時は愕然とした。学園では不用意な暴力を振るい、聖女に注意を促す生徒達を黙らせ、それを庇おうとするレミリアにも剣を抜いたと聞いて震えた。

「しかしレミリア様から返り討ちにあったようでして……」

 当然だ。剣術だけでは魔術には勝てない。だから剣の実力は一流のカイルでも実践には連れていけなかった。

 カイルは騎士団の中でも居場所をなくしていっていた。彼はそれまで父親の威光で傍若無人な振る舞いも許されていた。だがその父親が部下たちに厳命をした。

「誰の息子であっても、実力に応じた態度で接すること」

 そうして周囲の態度の変化に戸惑ったカイルは自宅謹慎になったことをいいことに、騎士団には向かわず城へ入り浸るようになっていた。目を光らせる父親も今は遠方にいる。

「聞いてカイル……私の力が足りないからって騎士団の人達が責めるの……私はちゃんとやっているのに……」
「なんて奴らだ! オレが父上に行って罰を与えてもらおう!」
「そんな……そんなつもりじゃないの……! ただ貴方に聞いてもらいたくて……」
「いいんだユリア! そんな奴ら騎士の風上にも置けん! お守りするべき聖女様になんて態度だ!」

 ユリアはカイルのこの態度を気に入っていた。すぐに自分の欲しい言葉をくれる。だからまだ側に置いていた。

「でもカイル……お父さんから謹慎するように言われたんでしょう?」
「はは! 父上も立場上しかたなく言っただけさ!」

 カイルの目は曇ったままだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

【完結】婚約者が竜騎士候補に混ざってる

五色ひわ
恋愛
 今回の竜騎士選定試験は、竜人であるブルクハルトの相棒を選ぶために行われている。大切な番でもあるクリスティーナを惹かれるがままに竜騎士に選んで良いのだろうか?   ブルクハルトは何も知らないクリスティーナを前に、頭を抱えるしかなかった。  本編24話→ブルクハルト目線  番外編21話、番外編Ⅱ25話→クリスティーナ目線

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

ふしだらな悪役令嬢として公開処刑される直前に聖女覚醒、婚約破棄の破棄?ご冗談でしょ(笑)

青の雀
恋愛
病弱な公爵令嬢ビクトリアは、卒業式の日にロバート王太子殿下から婚約破棄されてしまう。病弱なためあまり学園に行っていなかったことを男と浮気していたせいだ。おまけに王太子の浮気相手の令嬢を虐めていたとさえも、と勝手に冤罪を吹っかけられ、断罪されてしまいます。 父のストロベリー公爵は、王家に冤罪だと掛け合うものの、公開処刑の日時が決まる。 断頭台に引きずり出されたビクトリアは、最後に神に祈りを捧げます。 ビクトリアの身体から突然、黄金色の光が放たれ、苛立っていた観衆は穏やかな気持ちに変わっていく。 慌てた王家は、処刑を取りやめにするが……という話にする予定です。 お気づきになられている方もいらっしゃるかと存じますが この小説は、同じ世界観で 1.みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について 2.婚約破棄された悪役令嬢は女神様!? 開国の祖を追放した国は滅びの道まっしぐら 3.転生者のヒロインを虐めた悪役令嬢は聖女様!? 国外追放の罪を許してやるからと言っても後の祭りです。 全部、話として続いています。ひとつずつ読んでいただいても、わかるようにはしています。 続編というのか?スピンオフというのかは、わかりません。 本来は、章として区切るべきだったとは、思います。 コンテンツを分けずに章として連載することにしました。

処理中です...