23 / 63
23 我儘
しおりを挟む
マリロイド王国では災難が続いていた。国全体が日照り続きで水不足に陥り、穀物地帯への影響も甚大だった。水魔法が得意な者達が各地を周ったがそれだけではとても足りなかった。人々はわずかな水の為に争っていた。
それに続き、現聖女が倒れたのだ。高齢な彼女はすでに命を削った力で国を守っていたが、後進の教育は上手くいかないどころか不安が増すばかりだっため、無理に無理を重ねていた。
「聖女様! どうか教会へ……どうか……!」
「嫌よ! 結界は残ってるんでしょ? ならまだ私は必要ないじゃん」
「しかし!」
「無理強する気!? 王太子に言いつけるわよ!!?」
神官達の願いも虚しく、ユリアは聖女としての務めを放棄していた。
聖女は毎日教会で祈りを捧げなくてはならない。その祈りが結界の力になるのだ。聖女の力量によってその強度は変わるが、現聖女の命を懸けた祈りによって彼女が倒れている間も奇跡的に保たれていた。
「ユリアは嫌がっています。彼女はまだ若い。教会に閉じ込められると感じて不安なのです!」
アルベルトは彼女に代わり国王に向けて力説する。
「彼女は聖女である前に俺の未来の妻です! 未来の王妃です! そんな彼女のささやかな願いすらこの王国は聞けないのですか!」
だが父親の表情は暗いままだ。
「祈りを拒否する聖女など聖女ではない」
王の静かな怒りがアルベルトに伝わった。
最近はこの父親と上手くいっていなかった。それどころか毎日のように王妃である母からも新しい婚約者のことで苦言を呈されている。
「なぜ我々の幸せを認めてくれないのですか!?」
「お前達の幸せがなんだというのだ」
「えっ!?」
あの優しかった父親の言葉とは思えなかった。
「国民の幸せの上に我々王族の幸せがあることを忘れたか……この! 痴れ者め!!!」
これは幼い頃からずっと言われ続けたことだった。良き王となる為の大事な心得だと、父も母も乳母もいつも優しく伝えてくれた言葉だった。
今はその言葉を喉が引き裂かれんばかりの怒鳴り声で浴びせられる。
(これはまずい……!)
ここまできてやっと、父親が本気で怒っていることを理解した。もう甘えも我儘も一切許してもらえない所まできたいた。
実は今、城の中である噂が駆け巡っていた。
『王はすでに息子を見限っている』
アルベルトには残念ながら身に覚えがあった。
「わかりました……ユリアに話してみます」
「結果を知らせよ」
「……はい」
もう父親との会話は業務連絡でしかなくなった。
「頼むよユリア……!」
「酷い! アルまでそんなこと言うなんて! 私のこと愛してないの!?」
ユリアは目を潤ませながら訴える。
「愛しているさ! だけどこのままでは結界が消えてしまう。そうなればこの国にいる君だって困るだろう?」
「嫌よ! あんな暗くてみすぼらしい所から出られなくなるなんて……私はアルのお嫁さんになるのに!」
実際はそんなことはない。毎日教会の所定の場所で一定時間祈りを捧げる必要はあるが、それ以外の時間は王都内であれば自由に動き回れる。ただ何かあった場合に備えて、常に教会へ戻れる距離にいる必要はあるので、彼女が不満を言うとしたら『王都内から出ることが出来ない』と言うべきなのだ。
彼女は王都を気に入っていた。この国で1番の大都会で、あらゆる店がある華やかな街だった。……ただ最近は、ベルーガ帝国の帝都のことが気になって仕方ないようだが。
つまりこれはただゴネているだけなのだ。
「だが君は聖女だ……聖女だからこそ、あっさり教会はレミリアとの婚約破棄もユリアとの婚約も認めてくれた……」
「はあ!? なにそれ! 身分で許す許さないが出るなんて酷い!」
実際、ギリギリの所で認められた関係だった。アルベルトはレミリアと婚約破棄しての初めての公務で、人生で初めて平民に冷ややかな目を向けられた。自分は父と同じように平民からも人気のある王になると思っていたが、実際平民に人気があったのは元婚約者の方だった。
それは当たり前だ。手が汚れようと服が汚れようと関係なく、平民達と触れ合っていたのは彼女の方だったのだから。孤児院への訪問も国が手掛ける橋作りの見学も、災害現場での手伝いも、アルベルトはただ彼らに手を振るだけ。離れたところから様子を見るだけだった。
アルベルトは困り果てていた。しかしなんとか彼女を説得できなければ本気で王に、父に見放されてしまう。そうなるとどうなるか、想像するのも嫌だった。
「現聖女様の体調が戻る間だけだから……終わったらこの間言っていたドレスを作らせるよ」
「……本当?」
「……! ああ! ドレスに会うイヤリングも作ろう!」
「あの人、あとどのくらいで戻ってこれるの?」
「……一ヵ月は休息が必要だと言っていたが……」
本当は半年……いや、復帰できるかも今はまだわかっていない。だがアルベルトは現婚約者ユリアに真実を話すことが出来なかった。
そうしてユリアは大袈裟にため息をついた。
「はあ。仕方ないわ。愛する人の頼みだもの!」
「……ありがとうユリア! 父上もお喜びになるだろう!」
(これで父上に報告が出来る!)
ドレスの予算はグレンに頼めばなんとかなるだろうと勝手に当てを付けた。
「ねぇアル? 私考えたんだけど、今回の災害の件、ベルーガ帝国の大賢者様にお願いしたらどうかなぁ」
「えぇ!? し、しかしアイツは我々を馬鹿に……」
「だってちゃんとご挨拶もしてなかったしぃ~」
すでに彼女の中で、あのパーティでのことはなかったことになっているようだった。
今度はアルベルトが小さくため息をついた。
「……父上に相談してみよう。確かにすでに我が国の魔術師だけでは収まりきれなくなっている」
大賢者の側には元婚約者がいる。しかも彼女は自分の側にいた時よりずっと楽しそうだった。隣に立っている男が自分よりも評価されているのも気に入らない。
王太子アルベルトにとって、面白くないことが続くのだった。
それに続き、現聖女が倒れたのだ。高齢な彼女はすでに命を削った力で国を守っていたが、後進の教育は上手くいかないどころか不安が増すばかりだっため、無理に無理を重ねていた。
「聖女様! どうか教会へ……どうか……!」
「嫌よ! 結界は残ってるんでしょ? ならまだ私は必要ないじゃん」
「しかし!」
「無理強する気!? 王太子に言いつけるわよ!!?」
神官達の願いも虚しく、ユリアは聖女としての務めを放棄していた。
聖女は毎日教会で祈りを捧げなくてはならない。その祈りが結界の力になるのだ。聖女の力量によってその強度は変わるが、現聖女の命を懸けた祈りによって彼女が倒れている間も奇跡的に保たれていた。
「ユリアは嫌がっています。彼女はまだ若い。教会に閉じ込められると感じて不安なのです!」
アルベルトは彼女に代わり国王に向けて力説する。
「彼女は聖女である前に俺の未来の妻です! 未来の王妃です! そんな彼女のささやかな願いすらこの王国は聞けないのですか!」
だが父親の表情は暗いままだ。
「祈りを拒否する聖女など聖女ではない」
王の静かな怒りがアルベルトに伝わった。
最近はこの父親と上手くいっていなかった。それどころか毎日のように王妃である母からも新しい婚約者のことで苦言を呈されている。
「なぜ我々の幸せを認めてくれないのですか!?」
「お前達の幸せがなんだというのだ」
「えっ!?」
あの優しかった父親の言葉とは思えなかった。
「国民の幸せの上に我々王族の幸せがあることを忘れたか……この! 痴れ者め!!!」
これは幼い頃からずっと言われ続けたことだった。良き王となる為の大事な心得だと、父も母も乳母もいつも優しく伝えてくれた言葉だった。
今はその言葉を喉が引き裂かれんばかりの怒鳴り声で浴びせられる。
(これはまずい……!)
ここまできてやっと、父親が本気で怒っていることを理解した。もう甘えも我儘も一切許してもらえない所まできたいた。
実は今、城の中である噂が駆け巡っていた。
『王はすでに息子を見限っている』
アルベルトには残念ながら身に覚えがあった。
「わかりました……ユリアに話してみます」
「結果を知らせよ」
「……はい」
もう父親との会話は業務連絡でしかなくなった。
「頼むよユリア……!」
「酷い! アルまでそんなこと言うなんて! 私のこと愛してないの!?」
ユリアは目を潤ませながら訴える。
「愛しているさ! だけどこのままでは結界が消えてしまう。そうなればこの国にいる君だって困るだろう?」
「嫌よ! あんな暗くてみすぼらしい所から出られなくなるなんて……私はアルのお嫁さんになるのに!」
実際はそんなことはない。毎日教会の所定の場所で一定時間祈りを捧げる必要はあるが、それ以外の時間は王都内であれば自由に動き回れる。ただ何かあった場合に備えて、常に教会へ戻れる距離にいる必要はあるので、彼女が不満を言うとしたら『王都内から出ることが出来ない』と言うべきなのだ。
彼女は王都を気に入っていた。この国で1番の大都会で、あらゆる店がある華やかな街だった。……ただ最近は、ベルーガ帝国の帝都のことが気になって仕方ないようだが。
つまりこれはただゴネているだけなのだ。
「だが君は聖女だ……聖女だからこそ、あっさり教会はレミリアとの婚約破棄もユリアとの婚約も認めてくれた……」
「はあ!? なにそれ! 身分で許す許さないが出るなんて酷い!」
実際、ギリギリの所で認められた関係だった。アルベルトはレミリアと婚約破棄しての初めての公務で、人生で初めて平民に冷ややかな目を向けられた。自分は父と同じように平民からも人気のある王になると思っていたが、実際平民に人気があったのは元婚約者の方だった。
それは当たり前だ。手が汚れようと服が汚れようと関係なく、平民達と触れ合っていたのは彼女の方だったのだから。孤児院への訪問も国が手掛ける橋作りの見学も、災害現場での手伝いも、アルベルトはただ彼らに手を振るだけ。離れたところから様子を見るだけだった。
アルベルトは困り果てていた。しかしなんとか彼女を説得できなければ本気で王に、父に見放されてしまう。そうなるとどうなるか、想像するのも嫌だった。
「現聖女様の体調が戻る間だけだから……終わったらこの間言っていたドレスを作らせるよ」
「……本当?」
「……! ああ! ドレスに会うイヤリングも作ろう!」
「あの人、あとどのくらいで戻ってこれるの?」
「……一ヵ月は休息が必要だと言っていたが……」
本当は半年……いや、復帰できるかも今はまだわかっていない。だがアルベルトは現婚約者ユリアに真実を話すことが出来なかった。
そうしてユリアは大袈裟にため息をついた。
「はあ。仕方ないわ。愛する人の頼みだもの!」
「……ありがとうユリア! 父上もお喜びになるだろう!」
(これで父上に報告が出来る!)
ドレスの予算はグレンに頼めばなんとかなるだろうと勝手に当てを付けた。
「ねぇアル? 私考えたんだけど、今回の災害の件、ベルーガ帝国の大賢者様にお願いしたらどうかなぁ」
「えぇ!? し、しかしアイツは我々を馬鹿に……」
「だってちゃんとご挨拶もしてなかったしぃ~」
すでに彼女の中で、あのパーティでのことはなかったことになっているようだった。
今度はアルベルトが小さくため息をついた。
「……父上に相談してみよう。確かにすでに我が国の魔術師だけでは収まりきれなくなっている」
大賢者の側には元婚約者がいる。しかも彼女は自分の側にいた時よりずっと楽しそうだった。隣に立っている男が自分よりも評価されているのも気に入らない。
王太子アルベルトにとって、面白くないことが続くのだった。
24
お気に入りに追加
1,511
あなたにおすすめの小説
悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活
束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。
初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。
ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。
それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
【完結】婚約者が竜騎士候補に混ざってる
五色ひわ
恋愛
今回の竜騎士選定試験は、竜人であるブルクハルトの相棒を選ぶために行われている。大切な番でもあるクリスティーナを惹かれるがままに竜騎士に選んで良いのだろうか?
ブルクハルトは何も知らないクリスティーナを前に、頭を抱えるしかなかった。
本編24話→ブルクハルト目線
番外編21話、番外編Ⅱ25話→クリスティーナ目線
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~
イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?)
グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。
「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」
そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。
(これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!)
と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。
続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。
さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!?
「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」
※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`)
※小説家になろう、ノベルバにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる