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第8章 世界の始まり

第7話 魔王を作った者

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 海底都市アクアネオンの入り口付近——地面が抜ける魔法陣が刻まれた石板の前で、アルフレドとシノノメがライルを連れ出し念入りに確認していた。

「現時点での出入り口はここだけ?」
「そうですね。三百年前まではここ抜け道以外に三か所ありましたがすべて潰れています」

 無理やり内側から出口をこじ開けようとすれば、海水が流れ込み街が崩壊してしまう。

「ここで勇者を待ってもいいですが……魔法使いの末裔がいるのならなんとかなるでしょう」

 そう言ってライルは公的な資料に残っているアクアネオンの入り口付近を回り、周辺の地面にさらさらと指で文字を書く仕草をした。

「……魔力だけで魔術紋を刻んでるんだ」

 何をしているのかサッパリわからないといった顔の蒼に、アルフレドがこっそりと耳打ちする。つまり魔力のない蒼には見えないが、アルフレドには見えるすごいことが起こっていた。ライルの手の動きを追うようにアルフレドの瞳が動き、感心しているのがわかる。

「アルフレドさんの魔力もいただけますか? 私の魔力痕だけでは警戒されてしまうかもしれないので」
「あ、はい」

 魔法使いの末裔がいるなら知り合いの魔力くらいは見分けられるでしょうと、ライルはさも当たり前のように言っているが、アルフレドに後から聞いた話では、魔力の違いを見分けるのは簡単なことではないということだった。

「なにその筆跡鑑定みたいなやつ!」

 こういう時、蒼は魔力持ちがちょっぴり羨ましい。
 ライルは仕上げとばかりに指をクルクルと回していた。すると妖精の粉のような光が降り落ち、一瞬蒼にも見えるような文字が浮かび上がりまたすぐに消えた。

「特定の人物にのみ読むことができるようになりました」
「古代魔術ですか?」
「古代……というほどではないですがまあそうです。なんせ古い記憶だけはありますから」

 勇者を迎え入れる準備が着々と続けられている。

「あらあんたら……移動屋台のお嬢ちゃん達じゃねぇか! 東の方へ行くって話だったが戻って来たのかい?」

 また美味い飯売ってくれるかい? と、ご機嫌な声が少し離れたところから聞こえてくる。

「あれ! 串焼き屋さんだ! お久しぶりです」

 センフーの街で知り合った同業の男性がたまたま通りかかった。どうやら仕入れ帰りのようで、小さな荷馬車を引いている。蒼達が浄化したことによって消え去った魔物の森は、今では多くの人が行き交っていた。

「そこになんかあるのかい? この間もじっとそこを見つめてた人がいたけど」

 風化した地下鉄の入口のようなアクアネオンへの入口でゴソゴソとなにかをしている蒼達を見て、串焼き屋も不思議に思ったのだ。

「いやぁ~アクアネオンってどんなとこかな~と思って」

 蒼はそう笑って誤魔化そうとするが、

「先ほど話されていた我々以外にここにいた人物。どのような人か覚えてますか?」

 ライルに会話を奪われてしまう。

「ん? 女の人だったよ。あんたみたいにメガネかけててさ。一人旅だったみたいだからちょっと心配でな」

 声をかけたら不敵に笑って去っていったと串焼き屋は教えてくれた。

「アクアネオンを舞台にした演目が天空都市で流行ってるらしいんですよ」
「偏屈な研究者と世間知らずな貴族のご令嬢とのラブロマンスという話ですから、女性人気も高いのでしょうねぇ」

 アルフレドとシノノメがいつものポーカーフェイスでありもしない理由を作り、なるほどと串焼き屋が納得したのを確認して見送った。そうして荷馬車が見えなくなったのを確認すると、

「なになになに!?」

 蒼以外の三人は揃って何かを探すように凝視し始める。

「アオイ、オルフェを呼んできてくれるかな」
「サニーさんにも来てもらいましょうか」
「フィアさんもお願いします」

 切迫した様子に蒼はすぐに理由を教えてもらうのを諦め、急いで鍵を取り出し家の中へと入り、該当人物達を呼び出した。魔力を持つメンバーだ。

「魔力痕を探してください。ほんのわずかでも」

 彼らにも詳細は説明せず、とにかく探せとライルは険しい表情のまま指示を出す。
 オルフェはまたライルの説明のなさにブチブチと不満を漏らしながらも、グリフォンの姿になり上空から注意深く指示通り魔力の痕を探していた。

(こりゃ私の出番はなさそうね)

 蒼の方は彼らの邪魔をしてはいけないと家の中へと戻り、昼食の準備を始める。

「何を探してるんでしょう?」

 レーベンも蒼と同じように疑問に感じながら、手際よくピザ生地の上に具材を乗せていく。

「魔力痕を探してるらしいんだけど」

 蒼はポテトを揚げていた。

「ワタシの居所が誰かに嗅ぎつけられていないか心配なのだろう」

 ミュスティーは動揺もせず、全員分の皿を庭へと運んでいた。最近は人数が増えたので、外にテーブルを置いて食事をすることが多い。

「そうなの!?」
「アクアネオンは有名ですから。探してるんなら、中に入れないっていう確認くらいはするんじゃないでしょうか」

 レーベンもそれほど驚いていない。魔王を探すのだからありとあらゆる可能性を辿るのは当たり前。海底都市は、滅びたとはいえネームバリューがある街なのだから、未確認とはいかないだろうと。

「その女……上級神官の誰かか、それともに与する者か」
「う~ん言いたかないけど、私の方を探してる可能性は?」

 蒼達は影の勇者と接触している。上級神官の一部が蒼の利用価値を高らかに叫んでいることも知っているので、隙あらば攫っちゃおうくらいには考えている可能性があった。

「それもありそうだ」

 あっさりミュスティーは同意する。

「単独行動っていうのも気になりますねぇ」

 レーベンはいつの間にかオーブンでピザを焼き始めている。
 そうして昼食準備組はゆるゆるとした雑談の中で調理を進めていた。もはやこの世界で最も恐ろしいとされる魔王と同居しているのもあって、危機感に関しての感覚が少々鈍くなっている。
 五枚目のピザが焼き上がる少し前に蒼は外の世界にいる魔力持ち組を迎えに行った。どうやら成果はなかったようだ。

「うわぁ~いい匂い!!!」
「この声を聞くと食事の時間だと実感がわくようになった」

 アルフレドの食事前の明るい声にミュスティーが反応する。彼は早く食べたいと席について待っていた。彼は魔王だが、先に一人食べ始めるようなことはしない。

「結局なんだったの?」
追跡者でないかの確認です」

 蒼とミュスティーの予想通りだった。結果的には何も見つからなかったが、ドシンと椅子に腰掛けたライルの眉間に皺がよっているのが気になる。サニーの表情も暗い。食事を摂る手もゆっくりだ。

「オルフェさんとミュスティーさんに後でお伺いしたいことが」

 ライルの問いかけに何を今更とオルフェはいつも通り上から目線だ。

「なんだね? 私に隠すことなどないのだから今聞きたまえ」

 ミュスティーもゴクンとチーズピザを飲み込んだ後でオルフェに同意するよう頷いた。

「では少々嫌な記憶を思い出していただきます」

 食事後がいいかと思ったんですが、時間も惜しいので助かりますと淡々と話を続けた。

「あなた方を作った人物の情報をいただきたい」
「覚えていないっ!」

 オルフェは即答した。実際彼は瀕死状態でユートレイナまで運ばれたと記録が残っている。

「でもオルフェ。ユートレイナの記憶があったよね?」
「うっ……朧げだが確かにそうだった……」

 蒼に指摘されオルフェは素直に認め、腕を組んで記憶を掘り起こす。一方、ミュスティーの方はというと、

「この肉体に入れられる以前は……竜の鱗で作られたガラスの試験管に入れられた上で聖水の水槽にドボンとされていたが……そうだな。確かに普通の『与する者』達とは違う気配があった」

 魔王は発生した時点では人格があるわけではなくただの現象。これが発達すると知性が生まれ、まるで人のように言葉を話し活動を始める。

「発生の直後に魔王を捕えていたのか……」

 静かに驚愕しているのはアルフレドとシノノメ。この二人は立場上、魔王については詳しい。普通魔王が発生した時点ではどこにいるのかわからないので、御使からその知らせを聞いた時点で上級神官達が血眼になってその存在を探すというのが歴史上の常だった。
 なんせその時点で魔王を浄化するのが一番確実に被害を最小限に浄化ができる。

「サニーさんは、覚えておいでなんですね」

 穏やかな声色だが、シノノメはしっかりとサニーの方を向いて確認をとる。

「ええ。私もあまりハッキリとした記憶があるわけではないのですが……」

 サニーのお腹の中に英雄の末裔の血が通った肉体を作り、そこに魔王を入れ込んだ人物を。
 そこでオルフェは気が付いた。

「ん? 私を作ったのは三百年前の研究者だろう? 魔王ミュスティーを作った研究者とは別……ではないということか!?」

 そういえば目の前の研究者ライル・エリクシアのような例があることを全員が思い出す。

「そうです。ちょっと心当たりのある人物がいましてね。なのでオルフェさんの記憶の人物とサニーさん、ミュスティーさんが覚えている人物が同一か確かめたいんですよ」
「それを早く言わないか!」

 全くいつもいつも言うのが遅いと、ブチブチ文句を言いながらオルフェは難しい顔をしてさらに記憶の底を探し始める。そうして唐突に叫んだ。

「女性だ! 髪は長かった。背はそれほど高くない。声は高かった。それからメガネ! 君のと似ている」

 そうしてぐったりとテーブルに寄りかかる。

「すごい! よく思い出したね!」
「ふっ……もっと褒めてくれ」

 おぉ~! とオルフェの方を見ている蒼とレーベン。しかしサニーの方はさらに顔色が悪くなっていた。彼女が見た人物と特徴が一致し、ライルの仮説の証明に近づいたからだ。それを見て慌てて二人はサニーに食後の温かいお茶を用意する。

「高い声か……うん。それはワタシの記憶にある感覚と一致する。だがブリベリアで暮らし始めてからは見ていない」

 ミュスティーも同意したことにより、より可能性が高まった。

「……オルフェを作った人って確か記録が残ってたよね?」
「そういえば三百年前から受肉の計画があったって……」

 蒼とレーベンが以前ミュスティーから聞いた話を思い出していた。

「ソフィリア・サルヴァドラン。オルフェさんをキメラ化した彼女が関わっていると思って行動しましょう」

 そう言ったライル・エリクシアは、覚悟を決めたような声だった。
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