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第1章 棲家と仕事

第9話 市場調査

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 蒼はしばらく神殿でアルバイトをすることになった。小さな部屋を与えられ、この神殿で生活する上級神官と特級神官へ日に一度食事を届けるという仕事だ。
 神殿勤めという肩書きがあれば、蒼は目立つことなくトリエスタをうろつけるし、今後のために身元をのにも都合がいいからとグレコは熱く語ったが、結局はまた蒼の料理が食べたいというのが本当のところだった。

『蒼様はより安全に市場調査ができて、我々は異世界の文化を知ることができる……つまりショウ様のことがより一層理解できるようになるということです!』

 もはや開き直っているのがよくわかる。蒼も思わず笑いながらその仕事を引き受け、礼を言うのだった。

(理由付けが上手ねぇ! ありがたいことに変わりはないけど!)

 魔王軍の突然のトリエスタ進軍に加え、人間が魔王軍についているという情報が広がたせいか、最近ではどこの街でも身元を尋ねられ、怪しい者は弾かれるようになってしまっていることもブラスが教えてくれた。神殿勤めをしていれば、魔王軍側と思われることがないのでなにかと都合がいいだろうとも。

『一番いい来賓室をお使いください!』

 寝床についてはブラスの説得にあったが、蒼は丁寧に断った。あまり部屋の良し悪しは彼女に関係ない。それよりも人が急に尋ねて来ないようにしてもらうことの方が重要だった。
 もちろん蒼の金色の鍵は、神殿の居住区の中でもしっかりといつもの門を呼び出し、いつも通り彼女は自分のうちへと帰した。

 御使リルを祀ったトリエスタ神殿には現在上級神官ブラス達が四名、特級神官グレコが一名いる。

「特級神官とは御使から神託を受ける者達に与えられる階級なんです~」

 十二時の鐘の音がなる少し前、神官達の会議部屋へ一番にやってきたグレコが席についた。

「グレコさん以外にもいらっしゃるんですね」
「そうですね~世界で十二名いると言われてるんですが、世代交代のタイミングもあって今確認できてるのは十名なんですよ~」

 十二という数字はおそらく御使の数と連動しているのだろうと、蒼は知っている風を装って深く聞かなかった。悪い癖だと自覚はあるが、彼女は度々似たようなことをしてしまう。

「まあこの辺の話は追々~」

 だがグレコにはお見通しだったようだ。蒼もうっ! と言葉に詰まるが、彼は少しも気にしていない。というより、今は目の前にある本日のを早く食べてしまいたいと目が輝いている。

「ああ~! グレコ様! まだ皆揃ってないんですから食べちゃダメですよー!!!」
「わ、わかってるよぉ……」

 次に入って来たのはここの上級神官で一番若いチェスティ。唯一の女神官でもある。その後ろから続々とブラス、グレコと同い年だが落ち着いた雰囲気のドルナート、そしてこの神殿の神官長トップ、サヴィーノが入ってきた。

「離れた会議室にして正解でしたね。今日は一段といい匂いがします」

 ロマンスグレーの髪の毛を綺麗にまとめたサヴィーノは好々爺という印象だが、実際はこの神殿一の武闘派であると蒼は聞いていた。しかしどうも信じられず、グレコの冗談ではないかといまだに思っている。今もとても穏やかで人懐こい微笑みを浮かべていた。

「今日のメニューはフライドポテトにシンプルなハムとチーズのピザ、それからカスタードパイです」

 彼らはいつも実に真剣に蒼の料理を講評した。バクバクと無言で平らげた後に。

「アオイ様のフリッター揚げ物はやはりどれも美味しいですね」
「使用している油が違うのだろうか……いや、同じイモといえど異世界のものとはそもそもが異なるのか……?」
「ケチャップをつけるとまた味が変わっていいですよ」
「おぉ! 私にも!」

 口元にケチャップをつけたまま真面目な顔つきでブラスとドルナートが美味しさの秘訣を考えていた。

「私、ピザは前のよりこっちの方がいいです! 持ちやすくって!」

 チェスティは今日も元気だ。彼女はいつも一番現実的な意見を出してくれる。
 ピザに似た食べ物はこの国だけではなく近隣国周辺にも存在した。やや薄めの平たいパンの上におかずになるものを乗せたり、味つけをして食べるというスタイルで、乗せるものに地域性が出る。ただしこの街はあちこちの国や街から人々が集まっているせいか、種類にも幅があることをすでに確認していた。

「ピザというかピザロールになっちゃいました」
 
(ん? でもこうなるとトルティーヤ? ブリトーだっけ?)

 屋台販売を予定しているので、皿で提供というより持ち歩きしやすい形に変更したのだ。

「私は今日のシンプルなのも好きだけど~この間のケチャップが入ってる方が好みだな~というか好き! ケチャップ!」

 グレコは相変わらずだ。

「いや~食後の甘いものはたまりませんね。今日のパイも最高です」

 武闘派神官長は甘党だということを蒼もそろそろ気づいている。
 カスタードパイは冷凍のパイ生地を使って作った簡易的なものだ。パイ自体はわりとこの世界でも昔から存在するが、食事としてのパイが一般的で、甘いものを内に包んだお菓子のようなパイは金持ちくらいしか食べないと教わった。そういうわけもあり、蒼はミニサイズのパイを量産している。

「自分へのご褒美! ていう売り文句にして、ちょっと高いけど手は出せるくらいの価格だとどうですかね~」

 自分へのご褒美という魔の言葉の効果を彼女はよく知っている。

「毎日自分へのご褒美を買ってしまいそうです」

 神官長は正直だった。

 蒼がこの街にきて一週間。こうやって神官達に昼食を提供した後、蒼は毎日この街の港に向かう。

(いた!)

 蒼の目線の先には綺麗なブロンドヘアの背の高い冒険者が。しかし彼女も世渡りの方法はよく知っている。ここで、アルフレドー! などと声をかけをしようものなら、彼の取り巻きの女性達にどんな目にあわされるか……。
 アルフレドは最近、海外からやってきた貿易商の護衛依頼を受けている。その商人は早朝からお昼頃まで港付近で仕事をするので、その間ぴったりと付き添っていた。彼は多言語を操ったのでこの街では商人達からとても人気があるのだと、たまたま出会った彼の冒険者仲間に聞いたのだ。

「ごめん! お待たせ……!」

 いつもの待ち合わせ場所に駆け足でやってきたアルフレドは爽やかな笑顔を振りまいていた。

(眩しっ!)

 これにはなかなか慣れない蒼だが、この笑顔の先には彼女が手荷持つ弁当かごが。
 商人の護衛依頼が終わった後、アルフレドは蒼と合流し彼女のお弁当を食べ、その後彼女の街歩きに付き合うのだ。蒼の目的は主に市場調査だが、商売のターゲット層の日常生活をなるべく知っておきたいと毎日街を練り歩いていた。
 大きな街だけあって危険なエリアも存在するので、包丁以外の刃物なんてまともに扱ったことのない彼女にとって、アルフレドの存在は安全確保に大きく貢献している。

「うん! これで見たいところはだいたい見れたかな!」 

(冒険者街はまだ見て回れてないけど……)

 すでに若干アルフレドのから目をつけられている彼女は、冒険者街に近づくのを少々ためらっていた。

「ありがとう! 本当に助かった~! おかげで道にも迷わなかったし」

 実にスムーズに目的を達成できたのだ。

「正式に依頼できるお金が貯まったら次はちゃんとギルドに護衛依頼をだすからね」
「えぇー! 命の恩人に依頼料なんてもらえないよ! 今だってオベントお弁当貰うのも申し訳ないのに」
「いやいや~仕事は仕事だし……こちらこそ現物支給で申し訳ないです……」

 蒼はきっちり神官達から十分なお給金を貰っていたが、あれこれ調査のためにこの世界のものを買い込んでいるとなかなかアルフレドを雇うほどの金額がたまらないのだ。

(ギルドを通すとアルフレドを一日雇うのに銀貨五枚とは……まあ高レベルの冒険者なんだろうとは思ってたけど)

 銀貨一枚あれば一ヶ月食事に困らないなんて話を聞いた後、アルフレドへの依頼料を聞いた蒼がひっくり返ったのは言うまでもない。
 この世界の冒険者の大半が冒険者ギルドという組織に登録している。ここは冒険者への仕事の斡旋が一番の仕事だ。ギルドを通すことで、冒険者側としては依頼料の取りっぱぐれはなく、依頼人からするとギルドお墨付きの人物を紹介してもらうことが可能となる。そういうこともあり、人気も実力もある冒険者への依頼料は高い。アルフレドのように。

「今日も市場に行くんだろ? 俺も着いてくよ」
「うぅ……恩にきます……」
「だからそれは俺の言葉なんだけどな~」

 市場の一番賑わっているのは午前中だが、今の時間もまだまだ十分に賑わっている。ここは命の危険性は低いが、スリやひったくりが多くそういう点では蒼のような警戒心は強いがガードが緩い人間は格好の餌食にされやすいのだ。

(流石貿易の街! いまだに毎日新しい商品見るもんな~)

 彼女はここ数日、この世界の食材にどういったものがあるか、それがどういった味かを確認していた。ついでに人気のある食材も。ここで蒼は魔法の存在の重要性を知った。食材の種類がかなり多いのだ。国と国を跨いで流通させるだけのが魔法によって確立している。

「やっぱり氷魔法が使えると就職……働くのに有利だったりする?」
「そうだね~食糧を積んだ貿易船だとかなり高級とりだって聞いたな~冒険者でも氷魔法が使えるとタダで船に乗せてもらえるよ」

(氷魔法も使えるんかーい!)

 と、蒼が驚きの視線を向けているのがわかったのか、

「器用貧乏ってやつだよ~どれも中途半端で……」

 謙遜するも、そんなことはないであろうことはこの世界初心者の蒼にだってわかる。

(やっぱりどの動物もデカいわねぇ……というか強そう……)
 
 市場で檻に入れられている鶏は案の定蒼の半分くらいの大きさがあり、あのクチバシで突かれたら下手すると死んでしまうのでは? という想像が簡単にできた。豚と羊も蒼が知っている姿より大きく、追加して鋭い牙を持っている。牛の肉はあまり一般人にはメジャーではないようだったが、ミルクやチーズはそれなりに見かけることができた。

(チーズはヤギの方が出回ってるような……)

 どちらかというと陸上の動植物より、海中の生き物の方が蒼が見ても名前を連想ができないくらい元の世界とは姿が異なっており、いよいよどんな生態系が作られているのか想像が追いつかなくなってきていた。

 市場の周囲には屋台が出ており、そのほとんどが備え付けの小さな屋根付きだ。だがいくつかは車輪のついたワゴン型のものもある。

(あの形もいいわよね~)

 これまでは立ち売り箱に商品を入れて売り歩こうと考えていた蒼だったが、あちらの形の方が使い勝手がいいかもしれないと再度シミュレーションをしていた。

「どう? いいイメージわいた?」
「そうね! そろそろ本格始動させていこうかな。 また相談乗ってくれる? お弁当は出すから」

 もちろん蒼は冗談で言ったのだが、アルフレドの方は大慌てだ。 

「そ、そんな! オベントがなくたってなんでも言ってよ~!」
「あはは! いい言質いただきました」
 
 アルフレドとのやりとりは異世界で生きていく蒼の不安を溶かしていった。

(まあ~なんとかなりそうね)

 人生なんとか楽しめそうだと、蒼は慌ただしく行き交う人々を眺めた。
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