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色々整理するのは当然で。

素直さだけが取り柄でして。

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 両サイドが書架になった書斎は、結構広かった。入って正面に広い窓があり、大きな机の前に応接セットがあるのは大体どこも同じらしい。

「どうぞ」

 引き出しに書類をしまって、辺境伯が立ち上がり、ソファに座るよう促される。断る理由はないので、すこっとすわる。うむ、いいスプリング。


 大怪我をしていた時はあんまり観察できなかったんだけど、割と男前だ。

 実用性を重視して鍛えたのだろう体は均整がとれていて、動きに無駄がない。

 短く整えられた黒い髪に二重でまつ毛バッサバサなのに涼しげに見える切れ長の黒い瞳は、もう朧気になった前世を思い出させる。息子の瞳の色は亡くなったと言う奥様からの遺伝かな。


「まずは、今回のスタンピードで負った怪我を治していただいてありがとう。心からお礼を申し上げる」

 すっと、きれいな礼。

「それから、スタンピードにかまけて、あなたを放っていたことも謝ろう。すまなかった」

 頭を下げたまま、辺境伯が続ける。私が知ってる貴族は、こんな簡単に頭を下げたりしないので、ちょっとびっくりした。


「えっと、あの、わかりました。お礼と謝意を受けます。頭をお上げください」

 辺境伯が姿勢を正したのと同時に、ススっとテーブルにお茶とお菓子が置かれる。

「お怪我が治って何よりです。どこか違和感などはないですか?」

「どこも。むしろ、怪我をする前より体が楽になった」

 ああ、それ、みんな言う。


「私より、あなたの方こそ大丈夫だったか? 二日も目を覚まさないと聞いて、何度か医者を呼んでみてもらったんだが、寝ているだけだ、処置はないといわれて……」

 うん、それもみんな言う。


「はい。魔力枯渇は寝ないと治らないので」

「では、どこも異状はない?」

「ない……の、ですけど」

 言いよどむのと同時に、私のおなかがぐぅと鳴る。


「……その、申し訳ありません。ちゃんとパンがゆをいただいたのですが……まだおなかが空いていて」

 切れ長の目がちょっと広く開かれて、すぐにちょっと目じりが下がる。あれだ。微笑ましいものを見るまなざし。普通の貴族の娘さんはこんな素直に腹など慣らさないが、私は所詮付け焼刃。視線にとがめるものがないとはいえさすがに、顔が熱い。

「ならば、遠慮せずにどうぞ」

 頬に手を当てて視線をそらせた私を見て、辺境伯がちょっと笑いながらお菓子の器をこちらに押してくれたので、遠慮なくドライフルーツがいっぱい入ったクッキーをいただく。


「ああ、自己紹介がまだだった。私はアレクライト・メリステル。この地を治める伯爵位をいただいている。あなたは、リリアーネ・エステルソリス公爵令嬢で相違ないか?」

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