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君は僕に似ている
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しおりを挟む「……んだよ。だから、感謝しろって? 生んでくれてありとうって? バカじゃねぇの? わがままってなんだよ。そんなので、俺はッ 生まれた子供が、どんな思いするかとか、全然ッ」
見開いたままで乾いた瞳に痛みさえ感じられないまま、礼良は墓標を凝視する。
なぜか掠れた喉が、切れそうな違和感を抱えたまま、それでも、押しとどめておけない言葉を吐く。
「全部、勝手に。勝手に、子供助けろとか。自分は死んで、何もかも、全部、押しつけといて。こんなっ 卑怯だ」
ふいに視界がにじんで、涙がこぼれるのは、瞳が過度に乾燥した反射だ。
「そうよね。私にも、マーヤさんが何を考えてたのか、よく分からないわ」
あのかわいらしい儚い人が、何を思って実の兄の子を産みたいと言ったのか、その真意は実冴にはわからない。自分に当てはめてもそんなことは絶対に思ったりしないし、考えられない。
「私たちの父親が、何を考えていたのかも、お母さんがどうしてそんな事を許したのかも、わからない。でも」
爪が食い込むほどに手を握りしめて、泣いていることさえ気づかないまま、立ち尽くして駄々を捏ねるように切れ切れにただ浮かんだ思いだけを口から排出する礼良に、泣き笑いの顔のまま、実冴が言う。
「うん。でも、礼良君はここに立ってる。全部背負って、生きてるよ。ついちょっと前までは、ただ死んでないだけだったけど、今は、ちゃんと、生きてる」
「そんな、違わねぇ」
「違うよ。全然。死んでないってことと、生きてるってことは、全然。違うのよ。ごめん。ごめんなさい。あなたに……優輝に、何にも知らなかった、あいつに、礼良君の出生の事、教えたのは私なの。優輝なら、絶対、あなたに言うだろうと思って。あなたが噂通りの賢い子なら、きっと、意味も理解するだろうって。その後どうなるかなんて、考えもしないで。礼良君が今まで、礼良君らしく生きられなかった原因を作ったのは、私なの」
ごめんなさいと繰り返しながら、顔も隠さずに泣き出した実冴を見て、礼良もやっと自分が泣いていたことに気づき、慌ててなんとか半袖のシャツの袖口で顔を拭いた。
「べ、つに。そんなん、遅かれ早かれだろ。それより前から、屋敷にいた使用人とか噂してるの聞いてたから、兄貴に言われなくてもそのうち俺、知ってたと思うけど?」
「でも、悪意丸ごとと一緒に突き付けられるのと、何となく知って行くのとでは違うでしょ? 熱出して何日も寝込んだりとか、その後、人格変わっちゃったりとかはしなかったかもしれないでしょう!? お母さんなんかね、ヘレンケラーみたいになったらどうしようってホント、心配で気が気じゃなかったらしいんだからね!」
「知るか!! って言うかなんでそんなことお前が知ってて、回りくどく嫌がらせしてくるんだよ!?」
「情報ソースなんか軽々しく教えられるわけないでしょ? それになんで嫌がらせしたかですって? アンタが私のお母さん取ったからよ!!」
散々泣き倒してメイクが緩んだ顔を上げて、実冴が礼良を指差す。
「ハァ?」
「礼良君は礼良君が礼良君の礼良君を礼良君ったら。私の事なんかそっちのけで、仕事忙しいのにアンタにだけは時間裂いて。羨ましいに決まってるじゃないのバカ!!」
「いや、それ、俺のせい?」
実冴からの予想外の回答に、一瞬にして毒気を抜かれた礼良の、素に立ち戻った気の抜けた返事に、実冴のボルテージが輪をかけて上がる。最早言いがかりと言うか、ただの八つ当たりとしか思えなくて、妙に冷静に礼良が問う。
「違ってたってわかったから謝ってんじゃないの! ついでに、アンタが例の高熱事件からガッツリ仮面かぶっちゃったのは私のせいだと思ったから、かぶせたのが私なら剥がすのもと思って、わざわざ高校一年生二回もやって体裁だけはと思って教員資格も取って色々根回ししたりして大変だったんだからね!?」
「全然頼んでねぇだろ! 余計なお世話押し付けんな」
最高に身勝手な実冴の言葉に、再び礼良の語気が強くなる。すると今度は、実冴の口調が逆にトーンダウンする。
「だって。礼良君、今目の前にいる本物の礼良君は、そのままじゃ絶対、そのうち死んじゃったでしょう? 人の前で、カラカラの空っぽの作り笑い貼り付けて、誰も見てないところでぞっとするような顔で息を止めるのよ」
「見てきたみたいに言うな。何にも知らないくせに」
「知ってるもん。時々見に行ってたもの。ランドセル背負ってる礼良君の事。そーっと。こう、電柱の陰とか、ポストの裏とか、看板に張り付いたりとかしながら」
コメディのコソ泥の様に、電柱から電柱へ抜き足差し足で移動する実冴を想像して、あまりのくだらなさに礼良が嘆息する。
「よく変質者として通報されなかったな……」
「その辺りは案外ね、制服姿だと少々挙動不審でも若気の至りで済まされちゃうし。何せお嬢様学校の制服だからそれだけでお墨付きみたいなもんよ。尾行のプロに教えてもらったやり方で気配も消してたし。気づかなかったでしょ?
でもね。ううん。だからね。まだ十になるかならないかなのに、あんな、死に急ぐみたいな顔……してるのを見れば、やっぱり、自分の罪の深さを思い知るのに十分だったのよ。ずっとずっと長い間、私が一人ぼっちで寂しくて、こんなにも不幸な原因を作った礼良君なんか不幸になっちゃえって呪いをかけてきたのがね、急に悲しくなって。
誰かの不幸を望んでるうちは、自分が幸せになれないもの。自分の不幸を人のせいにしてるうちは、出口は見つからないの。だから、私は、私が幸せになる為に、礼良君を利用したの。本当のあなたを引きずり出して、もう二度とあんな顔しなくていいようにさせなきゃ、私が救われなかったから、ムキになってたのよ。だからまぁ ごめんね。でも多分、これから生きやすいと思うよ。多分」
「多分連発してんじゃねぇよ。無責任極まりねぇな」
責任なんて取ってほしくないけどと暗にほのめかす礼良に、実冴が何の毒気もない笑顔になる。
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