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キミにキス
1-3 桜
しおりを挟む「どうでもいいから、アレをなんとかしてくれ」
「ムリ」
礼良が視線で『アレ』を指す。
みただけで、相当上等なものだとわかるスーツに身を包んで、他の保護者と一緒になってビデオを構えている人物は氷川公だ。そしてその回りや、入学式が行われる講堂の出入り口には、晴れやかな式にそぐわない黒やグレーのスーツに身を包んだ男たちがうろうろしている。
「最初から他人のフリしておいたらよかった」
「それもムリよ。何にも考えないで話しかけてくれるほうに持ってる地域通貨全部かけてもいいわ」
「曲がりなりにも旦那だろう。ちゃんと紐つけてどっかにくくっとけよ」
実冴と公は、現在戸籍上、再び夫婦になっている。
どうせ変わらないからという実冴の意見はどうせ変わらないならと却下された。
「仕方ないでしょ、自分の子たちのときできなかった分やりたいらしいのよ」
「五重くらいの罠張って阻止したんだろうが」
自分の子供たち、慶(けい)と逢(あい)の入学式に行きたかったこと。そしてトラブルに見まわれていけなかったことをトラブルの内容まで説明し、健太の入学式にはどうしても行きたいと言う公に夏清が根負けした。公が偶然重なったと言った複合的な厄災が、どう考えても実冴の差し金としか思えなかったので聞いているうちにかわいそうになってしまったのが理由なのだが、夏清はここにいなくていいからOKしたのではないかとさえ思えてくる。
「だって、騒ぎ起こされたらいやだったんだもん。一応すごく気遣いな名門だったのよ。芸能人の子供とかもいて行事は一切撮影禁止だったけど、公ちゃんにそんなこと言っても通じないもん」
ゴリ押し半分で無理やり子供たちをねじ込んだ手前、あまり騒ぎを起こしたくなかったらしい。ただし、そうまでして入れた小学校だが一年生の二学期半ばで転校させているので、そのくらい許してもよかったのではないかと思うのだが。
「今日だってやりたいって言ったこと十のうち一つくらいしか許さなかったんだからね」
来させるのはかまわなかったが、こんな派手になるのなら他人のフリをしておけばよかったと後悔しても遅い。いっそ違う日を教えておけばよかったと思っていたら、考えていたことがわかったのか実冴が首を横に振る。
「教えなくても勝手に調べて勝手に来るわよ。違う日を教えるって方法はもう私が逢の中学の入学式で使ったから通用しないわよ。絶対来るわ。もっと派手な方法で。あのころより逆に融通は利くみたいだから。身動き」
あのころ、とは『副社長だった』ころのことだろう。確かに、そのころより生き生きしている。いろいろと。
しかし。
黒くて大きくてリアフロントにレースのカーテンが付いているような装甲車並みの装備をつけた車が一台、プラスSPの車が三台だ。当然一番注目を集めたのは言うまでもなく、十分派手だった。
「頼むから今自分がどういう立場か理解させろ。教え込め」
「馬の耳に念仏だもん。一応、今年の選挙も出馬したりしたら今度は私から勝手に離婚するからって言っといたのに……」
六年前の参議院選挙のとき、誰が井名里数威の後継になるのかギリギリまでもめていたが、誰が言い出したのか何がどう転んだのか、気がついたら公が出馬、そして当選してしまっていた。
選挙期間中、公の選挙運動にカケラも協力しなかった実冴だが、どうせ当選するわけが無いのだからと『当選したら戸籍上も復縁する』という約束をしてしまい、現在に至っている。
内心実冴がどう思っていたのかは別にして、何かあるごとに公の隣で笑っていなくてはならないらしい。今でもまだ不受理届けでも出しておけばよかったとブツブツ文句を言っていたが、書類上の扱いが変わっただけで生活はあまり変化していない。
当選してただの議員になることについては、衆参合わせれば議員など六百人を超える。それこそピンからキリまでうじゃうじゃいるので、いいことにしろ、悪いことにしろ、さしあたってなにかやらない限り、一生地元の人間にしか名前を覚えてもらえない議員も多い。
だが。
「ほんっとーに、私にもわからないから。総理が公ちゃんを大臣に選んだ理由。そんなことしたら嫌いな納豆山ほど官邸に送りつけてやるって脅しても、実行しても折れなかったからねぇ なぜか公ちゃん身近に置きたかったみたい」
当選一期目、議員になって四年目のときいきなり、よくわからない名目で作られた役に立たなさそうなポストとはいえ内閣入りをした公は、一躍日本中の人々に顔と名前を覚えられた。
もともとはじめての資産公開の時、いきなり上位に食い込んでアレは誰だと騒がれていたのだ。
本当は絶縁状態であっても、誰もが氷川グループとつながっていると思っているだろう。
離婚してやると実冴が言えば公はそれなら議員を辞めると言うが、最終的に響子が止めれば実行されないことが前回バレてしまったので、この二人が離婚しないことも公の出馬も半ば決定している。よほどのことが無い限り今年の選挙で公は再選されるだろう。
男前で人当たりがよく、いつもへらりと笑っていて一見人畜無害な外面と、そのまんまの表裏無く同じ内面なので、おおむね良好な印象で人々の記憶の中に彼は住んでいるらしく、ここでも大きな騒ぎにならないものの視線と興味が公と自分たちに向かっている。
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