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キス xxxx
4-2 過去
しおりを挟む何も考えずに、足跡を辿ってただ走って。どこをどう曲がるとか、そんなことも覚えていないほど。
みんな同じに見える墓石の間を縫うように求める人の姿を探して、ただ感覚だけがとても鋭くて。
「先生!!」
言葉といっしょに涙が出てきた。
ここがどこなのか、考えなくても分かったから。
力の限り叫んだのに、呼んだのに、喉からはかすれた声しか出てこなかった。生まれてから一番の全力疾走。涙に伴ってやってくる嗚咽と、上がった息が重なって、喉が鳴る。
やっと見つけたのに、どうしてこんなに胸が苦しいのだろう。
四角く区画された墓地を囲う背の低い御影石に座って空を見上げていた井名里が本気で驚いて立ち上がって近づいてくるのが、涙の向こうに見える。
伸ばされた腕が触れる寸前、一歩下がって、見上げる。
本当はそのまましがみついてしまいたいのに、体はなぜか距離を保とうとする。
嗚咽で体が震えるたびにぼろぼろ涙が落ちていく。どうしてこんなに悲しいのだろう。今までだって、もっと長い時間はなれていたことも、言葉を交わさないこともあったのに、たった一晩、ほんの一瞬。大切なものを見失うだけで人はこんなに不安になるのだろうか。
こんなに疲れた顔をした井名里を見たのは初めてだ。こんなに、辛そうな顔をした彼を見たのは、きっと初めてだ。ずっとずっと一緒にいたのに。
目を閉じる。目から入る情報が、もっともっと不安にさせる。
息を吸う。体中の全部、入れ替えるように。
「私じゃ、先生のこと幸せにできない?」
言葉にしてやっと、夏清はこの漠然とした不安が何なのか気付く。
今まで一度も不安に思ったことはなかった。自分が幸せなら、自分を幸せにしてくれる人も、同じように幸せでいてくれると信じていた。けれどそれはみんな夏清一人の思い込みだったのだとしたら? ずっと井名里が、一人だけで、何かに苦しめられていたのなら? いつだって与えられるばかりで、何も返していない自分を見つけてしまった。
痛いくらいの沈黙。どこまでも続く一瞬。
「夏清」
初めて名前を呼ばれたときよりも強く、心がずきりと音をたてる。何度も呼ばれたことがあるのに、今日は全然違って聞こえる。
長く、吐く息が白くにごるほど寒い屋外にいたせいで、ひどく冷たくなった井名里の指が熱った夏清の頬をすべる。その温度差に夏清が息を飲んで目を開けた。
「お前以外誰がいるんだよ?」
冷たい手のひらに両頬がはさまれる。
「ならなんで」
見上げれば、やさしく微笑む顔がある。
「なんで一人でどっか行っちゃうの? そりゃあ私なんか、全然たよりにならないだろうけど、先生のこと何にも知らないけど、でも先生がどっかで、一人で、そんな悲しい顔してるのは、やだよ。何にもできないけど、やっぱり一緒にいたい」
頬に当たる大きな手に、手のひらを重ねる。こんな風に何かの感情を殺しながら微笑む顔は、初めて見る。なぜか見ていられなくて、顔をうつむける。大きな手は、それを止めることなくそのまま。
「そういうの、先生には邪魔かもしれないけど……」
「わかったから、もう何にも考えるなよ。んなことあるわけないだろ?」
うつむいた顔を覗き込むように、身をかがめた井名里がため息のような息をつく。
「惚れた女に情けないとこみられたくないだろうがよ」
ふわりと、触れるだけのキス。
一人になりたくて車を走らせたらここまで来ていた。一人でここにいても、考えているのは夏清のことばかりで、どうしているだろう、心配してくれているだろうかとか、どう言い訳をして帰ろうかとか、そんなことをうだうだと。
「でもホントは一番逢いたかった」
顔を見た瞬間、これまでバカみたいに考えていたことが全部どこかに流れて消えた。
もう一度キスをして、その暖かさを確かめながら手を頬から耳へ。髪を触って、抱きしめる。
「最高だよ、お前」
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