やさしいキスの見つけ方

神室さち

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キス xxxx

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「いーいーんーちょーうー」
 ごんごんごんごんごん。言いながら言葉の数だけドアを叩いた草野に、前にも同じようなことがあったなぁと思いながら、夏清が室内からどうぞと返事をする。
「帰っちゃったよ? 実冴さんたちも。あと北條さん帰ってきてる」
 絨毯がひかれた床の上に、制服のままで膝を抱えて座っている夏清に、草野が言う。
「ん」
 膝の上に顎をのせて、夏清が草野にごめんねと謝る。

「いや、謝るのはこっちだよ。急だったし。なんかさ、委員長ホントに最近変だから、ちょっと話したいなと思ってたの」
 草野が夏清の前にぺたんと座る。
「最近の私、そんなに変だった?」
「すっげー 変だった」
 キッパリと言い切った草野に、夏清が苦笑する。同じことを少し前に井名里にも言われた。自分ではいつもと変わらないつもりだったのに。
「私が聞いてどうなることでもないだろうけどさ、言ったらすっきりすることもあるかもしれないよ。この際だからばーっと言ってみなよ。コレでもわりと口は堅いよ。少なくとも誰にも、この春委員長のブラのサイズがDになったことは言ってないから」
「ホントに目ざといよね」


「でもコレは全然、ホントに気づかなかったよ。ヤラレタってカンジ? で。委員長の悩みってアレのこと?」
 草野が笑う。つられて笑って、夏清が首を横に振ってつぶやくように言った。
「ほんとはね、私、地元の大学に行きたいの。草野さんが行くって言ってるとこ」
「え?」
 草野が志望している大学は、一応国立だが地方大学に類するマイナな大学だ。当然都内にある大学より数ランク落ちる。草野にしてみれば合格ラインギリギリの危険なレベルの大学だが、夏清なら全く危うげなくどの学科だろうが合格できてしまうだろう。

「みんな、東大東大って言うけど、私、別に行きたいと思わないの。そうなったら、また一人暮らししなきゃならないし。あ、えっとね、私、ここに住んでないんだ。先生と一緒なの。さっき草野さんが言ったとおり。あの時あっちに帰る途中だったんだ。私ね、いろいろあって一年のときは、一人で暮らしてた。でももう一人は嫌なの。一緒に居たいの。でもみんな、私のためだからって、いい大学行きなさいって。先生も、みんなそう言うの。
 それにね。みんなさ、簡単に行けるって言うけど、予備校行って分かったの。私より頭のいい子は大勢いるし、その子たちでも一日学校以外で十時間勉強するって言うのよ? 浪人してる人なんか、この一年全部受験に時間がかけられるんだよ? 東大行くのにみんな、当たり前だけど本当に勉強してるの。でも私は嫌。勉強だけなんてしたくない。せっかく、やっと楽しくなってきたのに、こんな大事な今を勉強だけに取られたくないよ」

 一年生のころは、そんな風に思っていなかった。勉強さえできればいいと思っていた。でも、井名里に出会って、自分は変わったと思う。自分だけのものだった時間は、誰かと共有できるようになって、夏清が持っている世界はものすごく広がった。
 もちろん、勉強は好きだ。何かを覚えることは楽しい。けれど学校で与えられる知識だけではなくて、北條や実冴、目の前にいる草野、そして井名里が考えていること。それを知ったり教えられたりすることも、とても楽しいことだと知った。

 要らない知識はないと思う。勉強して無駄なこともないと思う。けれどいろいろな人と接して、夏清は自分が実は世界のことなんてほんの一握りしか知らなかったことを知った。たくさんの常識と非常識。世界はもっとたくさんの分からないことが満ちていて、学校で教えられること以外のことだって、たくさん覚えなくてはならないことはあるのだと知った。

「私は、いまやりたいことがしたい。今知りたいことを、知らないままで居たくない」
「それ、誰かにちゃんと言った?」
 草野に聞かれて、夏清が首を横に振る。自分のわがままだとわかっているから、少なくとも井名里も北條も、夏清のためを思って言ってくれていることが分かるから言えなかった。今だって上手く思っていることが伝えられたかどうか分からないのに。

「……それさ、ちゃんと言わないとダメだよ。委員長以外の人間……例えば私がそんなこと言うと絶対頭ごなしに『バカなこと言ってないで勉強しろ』って言われるだろうけど、委員長なら大丈夫なんじゃないかな。自分はこうしたい、って思うんなら、言っていいと思うよ。言わなきゃ伝わらないんじゃないかな」
 珍しく、まじめな顔をしながら草野が続ける。
「委員長、先生と付き合いだして一年とちょっとくらい?」


 頷く。


「なんかさ、空気、まったりしてない? なんていうかこう、コミュニケーションの濃度が下がったって言うか」
 再び頷く。言われて気づく。確かに会話が減った。単語どころか、アレとかコレで通じてしまう。お互いの行動パターンに慣れてしまって、言わなくても『こうかな』という予測で動く。期待したものと少々ずれていたとしても、指摘をするほどのことでもないかとそれで満足してしまう。


「慣れてきて、うん。お互いにね、相手のこと知ろうって気持ちが怠慢になってきてるって言うか、同じこと考えてるだろうなってので動くの。でもさ、それじゃダメなんだよね。
 私もさ、高一のときそうだったの。年は離れてるけど私がちっちゃいころから一緒にいるのが当たり前で、やっとスキって言えて恋人同士になれたのに、もともと知ってることもあってあっという間にお互い恋愛に怠慢になっちゃったの。結局私が大爆発しちゃって。あっちのほうが一枚も二枚も上手でさ、今にして思えば巧いこと転がされた気もするけど、今は前より……なんていうか、相手のこと考えられるようになったと思うよ。それまで見えてなかった相手のいやな部分もいい部分も、多分そういうことがあってやっとちゃんと見えるようになったと思う」
 徐々に出来ていくすれ違いが、重なって大きくなる。何も言わなくても分かってよと、無理なことを望みだす。どうして自分が思うとおりに相手が動いてくれないんだろうと、思いはじめる。どんなによく知っていても、他人なのだから全て同じことを考えているわけではないのに。
 そんなことで、気持ちが繋がるわけがないのに。
「思ってること先生に言っちゃいなよ。明日学校でさ。絶対逢うんだから」

 ね、と言われて、夏清が頷く。うんうんと何度も頷く夏清の頭をなでて、草野が私も人のことは言えないんだけどさと笑う。



「だからもう寝ちゃおう。ちゃんと寝て、明日は万全の体勢で戦いに挑まなきゃ」
 
 
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