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キス xxxx
1-3 交錯
しおりを挟む「……ただいま」
玄関を開けてそう言うと、奥からお帰りという実冴の声が聞こえる。草野を促して家に入る。
「あれ? 夏清ちゃん帰ったんじゃなかったっけ? 礼良君とケンカでも……」
もらっていた料理をこっそり返すためにダイニングに入ってきた夏清に、子供達とオセロをしていた公が問う。言いきる前にがつ、と実冴が殴りつけているが、名前が聞こえたらしい草野が、アキラアキラアキラ……と、ドコかで聞いたことあるなぁ という顔で記憶の中を探している。
「ま、まぁ ほら、よくある名前だしね。ところでご飯まだでしょう? よかったら一緒に食べて」
もう本当に、黙ってなさいと公を見て実冴が話題を変える。
「あ、でも、いいですか?」
「いいよ。私も食べてないもの。実冴さんのご飯おいしいから、食べよう」
去年の秋頃ヨリが戻ったらしいこの夫婦は、それ以前と全く変わらない様子で北條家に入り浸っている。実冴同様公も仕事をしている様子はない。生活は成り立っているのだが、それで子供達に大人とはなんなのか教えられるのだろうか?
「へー アナタが草野さん?」
料理を出しながら草野の自己紹介を聞いた実冴が聞き返す。
「時々電話かかってくるわよ。お母さんから」
「げ」
あの人は……と草野が割り箸の先を噛んでいる。
「面白い人ねぇ このあいだなんか一時間くらい世間話しちゃったわよ」
「すいません、変な人で」
「アナタもせめてアリバイで使うなら夏清ちゃんくらいには言っとかないと。危うく知りませんって言うとこだったわよ」
「まさか確認の電話かけてるとは、思ってなかったです。携帯持ってるし」
口裏を合わせてくれていた実冴にありがとうございますと草野が頭を下げる。
「だめよ。お母さんにあんまり心配かけたら」
「それ、実冴さんが言うと説得力ないね」
人生の先輩風を吹かせた実冴に、ぼそりと公が突っ込む。
「あー!!! なんてことするの!?」
二人が食事をしている横で子供相手のオセロに真剣になっていた公が叫ぶ。ほとんど公の陣だったものが、実冴の一手で完全にひっくり返っている。
「子供相手にムキになってんじゃないの。コウちゃんいくつになったの? アンタ?」
「今の実冴さんよりは少なくとも五歳は若いですよ」
四月に誕生日がきた実冴と、九月が来ないと歳を取らない公がそっちこそ何ムキになってるのと切り返す。当然のように手が出てきて、鈍い音とうめき声が聞こえる。
「ねぇ この人たちっていつもこんな感じ?」
「概ね。だいたい。こんなだよ。公さん殴られてない日ないと思う」
と言うより、自ら殴られる為に失言しているのではないかと思えるくらい公は思ったことをすぐ口に出す。一人で思考しているつもりでぶつぶつ声に出しているような人だ。生きているだけでその育ちのよさっぷりを駄々漏れにしている。土台はかなりいい線をいっているので引き締めれば賢そうに見えるのに、どうにもいつもへらっと笑っていてバカっぽい。
「じゃあ委員長、毎日こんな面白いもん見てるの?」
「………」
うらやましいと言わんばかりに草野が笑っている。確かに、見ていて飽きない人たちではある。
つられて笑っていた夏清の笑顔が引きつった。
「公さん!! 玄関っ!!」
「え? あ、うん」
夏清が叫ぶのと同時に条件反射のように公が立ち上がってわけも分からずに玄関へ向かう。
「どうしたの?」
草野が怪訝そうに聞いても夏清は答えない。草野をどこに隠そうかと思っているうちに、玄関の押し問答が徐々に近づく。やはり実冴に頼むべきだったと後悔してももう遅い。
「いや、だから、居るけど今はだめなんだってば」
誰かを必死で止めている様子の公の声と、やかましいというどこかで聞いたことがあるような声。廊下から続くドアが盛大に開かれて。
「あ、礼良くんだー」
五秒ほどの空白をはさんで、子供たちが無邪気に、少年と少女のかわいらしいハーモニーを持って、公を押しきって入ってきた井名里の名を呼んだ。
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