やさしいキスの見つけ方

神室さち

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抱きしめて抱きしめて抱きしめてキスを交わそう

6-2 手紙

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「ここはね、こっちの公式いれて……」
 やっぱり寒いくらい冷房が効いている図書館で、二年A組の面々が広い机を二つ陣取ってお勉強会をしている。
 草野の号令で、夏清が持ってきた宿題は封印されてしまった。だれも写すことはおろか見ることさえできない。
 ちゃんと自分でやってきた滝本以外の丸写しを考えていたらしい男子が、ファーストフードでお昼を済ませたあとも泣きそうになりながらシャープペンを走らせている音が聞こえる。盆前にこの計画を聞かされて、全く手をつけていなかっただろうことは想像に難くない。
 夏清が思ったとおり、図書館につくとすでに滝本がいた。彼も調べたいものがあったので、今回はだまされたのではなく個人の意思で先に来ていた。
 人に教えようと思えば、否が応でも近くによらなくてはならない。最初は嬉々として夏清にいろいろ聞いていた男子たちも、夏清の羽織ったシャツから不意に流れてくるタバコと男物の香水の匂いに、だんだん勢威を失いつつある。夏清はそんなことに気づくはずもない。
「やるな、委員長のカレシ」
「風除け兼虫除けですか」
 大きな男物のシャツを羽織った夏清に、勇気ある男子が、暑くない? と聞いていたがなかったらむしろこれでも寒いと言われてすごすご引き下がっていた。
「一番防虫効果のあるヤツ選んだカンジ?」
 対する女子たちは、草野がやりそうなことくらい目に見えていたので、ちゃんと『写せないよね?』と確認をとり、夏清にキャンセルされた日に一度集まって宿題の写しっこは完璧に終了している。本当に分からなかったところだけ聞けばいい状態にしてきたので、午前中でほとんどやることは終わっている。だらだらとおしゃべりをして時間をつぶしているのが現状だ。
「あ、ごめん」
 羽織ったシャツの胸ポケットに入れていた携帯を取り出して、夏清が謝って席を外れる。
「カレシか?」
「うーん。さすがにマナーモードか」
「一回見てみたいよね。カレシ」
「ガード固いんだよね」
 草野が頬杖をついて歎息する。修学旅行のあと三日くらいしつこく逢わせてと言っていたら、その後『もう聞きません』と文書で謝るまで、違うことで声をかけてもダッシュで逃げられた。そのせいで遊びに誘うのがギリギリになってしまったのだ。
「とりあえずでかいよ。サイズ的には百八十はある。この前いっしょに買い物行った時さり気にチェックしてみました」
「うわ! キリカずるい!! 私らも委員長とお買い物行きたかった!!」
 ずるいずるいの大合唱が始まって、司書らしき男性ににらまれて沈黙する。朝からやかましいグループだと目をつけられているので、少女たちは身を低くしてひそひそばなしを再開する。
「あー わかった。今日の委員長の服、キリカの趣味でしょ?」
「ほほほほほ。似合うでしょ?」
「なんつーか、似合うけど似合わないって言うか」
 夏休みが始まってすぐ逢ったときにかかっていた髪のパーマはすでにほとんど取れて元のストレートに戻っている。
「ここがどこかの高原かなんかだったら、ばっちりだったのにね」
「そうそう、シーズーかテリア抱いてるのね、それで」
 あれで頭がクルクルしていたら、まだ違和感が薄かったかもしれないが、いつもきりっときちっとしている夏清を見慣れている身としては、なんだか落ち着かないというのが正直な感想だ。
 ロビーに出ていた夏清がふわふわしながら帰ってくるのを見て、他のクラスメイトが頷く。
「今日ってもういいかな?」
 図書館の時計を見上げると、すでに四時を回っている。夏休みは朝八時から夜も二十時まで開いているので、急き立てられるわけではない。
「んー 委員長さえよかったらみんなでファミレスとか考えてたんだけど、またダンナのお呼びだし?」
「いや、今日は違う。ほら、金曜バイトだって言ってたでしょ? 今日は人数足りてるから大丈夫だって言われてたんだけど、思ったより生徒数多いらしいの。今からでも来てって」
 夏清のドタキャンのあと日程を調整した草野だが、結局みんなが合う日は今日、八月の最終日になってしまった。明日はもうニ学期の始業式だ。金曜日のため夏清はバイトがあったのだが、そのくらいになれば盆にあった塾の夏休み明けの忙しさも薄らぐだろうと北條はバイトなんか休んでいってらっしゃいといってくれたのだが、今さっき『なんかね、死ぬほど忙しいみたい』と実冴から電話がかかってきた。
「そっか」
 仕事なら仕方がない、草野が頷く。
「うん。それと私宛にも親戚から何か届いてるらしいから、早く帰ってこいって……ごめんね」
 ばたばたと荷物をまとめて、お先と夏清が帰ってしまう。
「よっしゃ。今度は『委員長と夜ご飯を食べよう会』するよ。参加するやつこの指とーまれっ」
 びしぃっと立てられた草野の腕に女子がマッハダッシュで群がる。がたがたと大きな音がして、今度こそ中心の草野を含めた全員が図書館から追い出された。
「どうして俺まで一緒に……」
 比較的まじめにやっていた滝本も同類とみなされたらしく、まだ調べたいことがあったのに一緒につまみだされて文句を言っている。
「まあまあ、滝本君も来ない? 二学期始まってから委員長と夜ご飯会」
「…………」
「ふー……その後カラオケとかイロイロ計画中なんだけどな。もう一回滝本君のKinki聞きたいなー」
 もちろん今思いついたことだが、さも残念そうに草野がため息をつく。
「行くよ。行ったらいいんだろう?」
 滝本はあきれたような口調だが、明らかに重ねて誘ってもらって機嫌は直っているらしい。
「オッケ。んじゃ詳しくは後日、ってことで。委員長も帰っちゃったし、今日はここまで。かいさーん。女子有志でご飯食べに行こう」
「男子は?」
「おごってくれるならいいけど?」
「絶対ヤダ」
「なら不用。それにあんたたち宿題終わってないでしょ?」
 んじゃねーと草野が女子をみんな連れて行ってしまう。
「ちくしょう、草野……女だと思って……女だと思って……」
 誰かが小さい声でつぶやく。男女比は歴然とした差があるのに、草野一人で二十人分くらいのパワーがあるため、いつも男子は押され気味だ。
「仕方ないって。草野なんだから」
 滝本がつぶやいたその一言に、全てが集約されていた。
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