やさしいキスの見つけ方

神室さち

文字の大きさ
上 下
17 / 259
アンバランスなキスをして

3-1 京都

しおりを挟む
 
 
 
 在来線では何とか持ったが、新幹線はだめだった。
 いつのまにか熟睡していた夏清は『委員長、京都ついたよ』とクラスメイトに揺り起こされた。
 修学旅行と言っても、根本的にフリーだ。プランは自分たちで作って、おのおの行きたいところに行く。ほかのクラスではトロッコ列車に乗ってから川くだりをすると言うツワモノぞろいのグループもあったが、個人的には、それもやってみたかったけれど夏清達はオーソドックスに市内観光を選んだ。
 理数選択クラスはどうしても男子が多くなり、文系クラスは女子が多い。二年A組も、四十三人中女子は夏清も含めて十二人しかいないので、分かれてもしょうがないよと言う多数意見によって、十二人全員で一グループを形成している大所帯だ。
「やっぱり流行りものは押さえないといけないわよね」
 と言われて、なぜかプランに晴明神社とか、マニアックなものも含まれているが出発地点である京都駅の伊勢丹をひやかしてから、祇園から始まってちょうど特別公開をしている二条城を見て、嵐山の散策。
 京都を無難に西から東へ移動するので、宿に帰ってほかの子たちと情報を交換したら、夏清たち一行が一番予定通りに回りきれていた。
 修学旅行生用のプランなのだろう、夕食はバイキングで、どう見てもレトルトだが久しぶりに食べる誰にも邪魔されない食事に涙が出てくる思いだった。
 意識して、井名里のほうは見ない。
 怒っているのだ。当然。もっとちゃんと寝て本調子でいたかったのに。きっと今日は夏清が一番早く寝てしまうだろう。それだけは自信がある。
「いーんちょー? お風呂いっしょ行こ?」
 新学期が始まってすぐに井名里が買ってくれた携帯電話をスポーツバックから取り出す。どうせ番号は井名里と北條にしか教えていないので、かかってくる相手はわかっている。出るつもりもなかったし手提げに入れて移動するのも面倒だったのでこっちに入れっぱなしにしていたのだ。
 今日一日でいつ入れたのか、バカみたいに大量に入っていた着信とメールをげんなりしながら眺めていたら、背後から声をかけられる。
「え? あ、うん」
 宿の部屋も、クラスの女子全員で一室。三泊目の神戸だけホテルの関係上二部屋に分かれるが、二泊目の奈良も一室だ。
 夕食を終えて部屋に帰るとすでにびっちりと布団がしかれていた。とっとと寝ろと言うことだろうか? まだ八時すら回っていないのに。
 それを見た瞬間、そのまま寝たい衝動に駆られたのは夏清だけだっただろう。
「これで温泉だったらもっとよかったのにねぇ……」
 クラスメイトの一人がそうつぶやく。ぺったぺったと旅館のスリッパを引きづりながら同じジャージ姿の一団が旅館内のそこここを移動している。
 新城東以外の学校も何校か泊まっているらしく、とにかく中高生がうようよしている。
「委員長! 迷子迷子!!」
 曲がるべきところで直進していた夏清が、クラスメイトに修正される。
「あ、ごめん、なんかぼーっとしちゃって」
「へー……委員長でもぼーっとするんだ?」
 嫌味でもなんでもなく、本当に感心した様子でそう言われると、私はどんなイメージなのかと問い返したいが、返ってくる答えが大方予想できたので夏清はあいまいに笑う。
 迷路のように入り組んだ旅館の中を彷徨って、やっと大浴場につく。消防法のマル適のおりている旅館のはずなのに。
「お風呂めちゃめちゃ広いよ。泳げる」
「ってか、泳いでたよこの子は!」
 先に入っていた同じ高校の一団が、やかましいくらい騒ぎながら夏清のクラスメイトと話している。
 ちいさい頃からどこか他人と一線を置いていた夏清は、そういう会話に自然に入っていくことができない。聞くともなしに服を脱いでいるとふいに、背後に気配を感じる。
「な!? いぎゃっ!?」
 わきの下から伸びてきた手がしっかりと夏清の胸を包んでいる。
「委員長、ブラのサイズは?」
「え? えっと、六十五のA……」
「んー?」
「あの、草野……さん?」
 顔は見えないけれど、声でわかる。クラスメイトの中でも一番元気で一番声が大きくて一番背の高い少女だ。
 おそるおそる、夏清が振りかえる。
「ろくじゅーご……? …えー……?」
 つぶやきながら草野が、胸の下のあばらから背中にかけて撫で回している。
「キリカ!! 委員長泣きかけてるよ!!」
「ああ、ごめんごめん。つい」
 つい、で触られたほうは堪ったものではない。井名里がいたかと思った。本気で驚いた。
「委員長、胸囲ちゃんとショップで測ったことないでしょう?」
 脱衣かごを置く棚にしがみついている夏清に草野が真顔で聞いてくるので、反射的に頷いてしまう。
「委員長、六十のCだって。ちゃんとあってるのしないとだめだよ。ねえちょっと聞いてる? うちランジェリーショップだから旅行終わったらおいでー 安くしとくよー」
 言いながら、草野が引きずられて去って行く。半泣きになった夏清にごめんね、悪気はないんだよ、あれでも、と他のクラスメイトが謝ってくれる。
「まぁ……趣味と実益兼ねてんだけど」
「いや、うん。ちょっとびっくりしただけ」
 まだ心臓がどきどきしている。反射的に殴り飛ばさなくて良かった。
「でも割とアレで合ってんだよねぇ」
「そうなの?」
「うん。私も委員長はAカップじゃないと思う」
「卑怯だよね、頭良くてスタイルいいのって。なんかやってるの?」
 集まってきたクラスメイトが口々に言う。
「いいなぁ 胸だけでいいんだよ、胸だけで。肉つくの」
「ひゃはははは、言えてるぅ」
「でもさ、ダイエットしたらまず胸から落ちてくんだよね」
 だんだんついて行けなくなる。夏清は、ダイエットどころか色々もうちょっと肉付きがよくなりたいという少数派だ。ひとしきり自分たちで盛りあがったのちに、クラスメイト達は先に行くねと浴場に行ってしまう。
 なんだかまた疲れた気がして、ため息をついて夏清もあとに続いた。
 
 風呂から上がって、また携帯を見ると、さらにメールが入っている。タイトルだけで『はやくでろ』内容なし。
 一分とあけずに、着信順で読めるように『ろ』から送信されている。ひまなんだろうか、この人は……
「うわ、委員長! それ新機種!? 見てもいい!?」
「いいよ」
 画面を戻して渡す。夏清よりよっぽどなれた手つきでクラスメイトがぐりぐりいじって着メロを出している。
「委員長……水戸黄門と暴れん坊将軍と必殺はネタ?」
 違う。買ってすぐ勝手に井名里がダウンロードしてきたのだ。自分の趣味じゃない……
「……このメールは……いやがらせ?」
「わ! だめ!! 見ないで」
 アドレスは、全く違う英単語だが、どこかになにか書いているかもしれない。さすがにクラスメイトにばれたらヤバイ。
 慌てて夏清がクラスメイトから携帯を奪い返すと同時に高らかに流れ出したのは、トッカータとフーガ。音がいい分思いきり回りに重苦しいムードが漂った。照明ががくんと落ちたような錯覚を起こさせる、不幸ネタのコントの効果音として定番で使われている音楽だ。さわられている間にマナーモードが解除されてしまったらしい。
 この着メロでかかってくるのは一人しかいない。取り返しておいて本当に良かった……
「も、もしもし?」
 出ないわけにもいかず、緑の通話ボタンを押すと、低く、怒ったような井名里の声が聞こえる。
「え? ちょっと待って、ダメだって、無理。可能にしろって、なに言ってるの? 今修学旅行来てるんだってば、え? どうしてそう言うバカみたいなこと……バカをバカって言ってなにが悪いのよ!? きゃっ!!」
 ぶち、と電話が切れる音が、多分他にも聞こえたのではなかろうか。
「あー もう! ……って、あ……」
 みんながじーっと自分を見ていることに気付いて、夏清が固まる。やばい。どうしよう。怒りに任せて名前言ったりしなかっただろうか。
 ちーん、と言う妙な効果音が流れる。どう答えたものかと夏清が言葉を探しているとノックもなしにドアが開く。
 みんなの視線が、揃ってドアに向かう。ほっとしつつも夏清がそちらに目を向けると、諸悪の根源が立っている。
「渡辺、明日の件で話したいんだがちょっといいか?」
 断ったらあとがひどいよ? と井名里の目が言っている。ため息を一つついてから、携帯の電源を切り、ジャージのポケットに入れてから、夏清は無言で部屋を出た。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

恥辱の日々

特殊性癖のおっさん
大衆娯楽
綺麗もしくは可愛い女子高校生が多い女子校の銀蘭高校の生徒達が失禁をする話 ルーレットで内容決めてんで同じ内容の話が続く可能性がありますがご容赦ください

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

【女性向けR18】性なる教師と溺れる

タチバナ
恋愛
教師が性に溺れる物語。 恋愛要素やエロに至るまでの話多めの女性向け官能小説です。 教師がやらしいことをしても罪に問われづらい世界線の話です。 オムニバス形式になると思います。 全て未発表作品です。 エロのお供になりますと幸いです。 しばらく学校に出入りしていないので学校の設定はでたらめです。 完全架空の学校と先生をどうぞ温かく見守りくださいませ。 完全に趣味&自己満小説です。←重要です。

処理中です...