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嵐の前の静けさ
後ろからそーっと。
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テーブルに、ぽつんと俺のカフェオレだけ残ってて、残すのもったいないから、ちょっと苦いそれをちびちびすする。
「藤也のプリンはそんなにおいしいですか?」
食器を片づけながら、不意に柊也が聞いてくる。
「ん? うん。普通に何個でも食べられるくらい美味い。美味いプリンって、他にもあると思うけど、なんていうか、それだけじゃなくて藤也のプリンって、なんか、懐かしい感じに美味い」
「……高校生の頃、アマチュアの大会で最優秀賞を取ったくらいですからね」
へー
「もともとは、私たちの母のレシピだったんですよ。それに藤也が試行錯誤して、アレンジを加えたんです」
「えーっと。確か、二人が中学生の時に亡くなった?」
ええ。と、食洗機にセットし終えた柊也が帰ってきて、さっきまで藤也が座ってたイスに座る。
あのでっかい家にはちゃんと和室があって、でーんと立派な仏壇に双子のお母さんの写真と位牌がある。双子にはあんまり似ていないけど、ふんわりしてて優しそうな人。
まあ、その隣に俺の死んだ父親もちゃっかり間借りしてるけど。
「母が病で入院して、病状が悪化して、どんどん食欲も落ちてしまったとき、どうにかしようと藤也が作ったのがプリンだったそうです。藤也がお菓子作りに目覚めたのは、その時なのでしょうね。初めて作った時、加熱しすぎて隙間(す)ができたようなものだったらしいんですが、そんなものでも『おいしい』と食べてくれた姿が脳裏に焼き付いて離れないと、母の葬儀の時に言ってましたから」
ちょっと斜め下あたりを見ながら、柊也が口元にあんまり邪悪さを感じさせない笑みを浮かべる。なんていうか、笑ってるけど、悲しそう?
「柊也は? 柊也は、なんかないの? えーっと、その。思い出」
「私はあまり。中高一貫の学校に進学して、寮に入っていて、父や母が『大丈夫』と言うのを鵜呑みにして、見舞いもほとんど、いえ、いよいよとなった時まで、行きませんでしたから」
柊也の口元の笑みが、きゅっと一層深くなる。んで、やっとわかった。ああ、これって、自嘲って言うヤツなんだ、って。
あと、後悔? ああしといたらよかったとか、こうできたんじゃないかとか。
なんか、今まで自分の思い通りの人生でしたよって感じの、柊也らしくない雰囲気。
なるべく、気付かれないためと言うより、自分に衝撃を与えないためにそーっと立って、テーブル伝いにそーっと歩いて、そーっと。
後ろからそーっと、柊也の頭をぎゅーっとしてみる。
「真琴?」
「んーと。俺のさ、父さん。小学校に上がる前に死んじゃったんだけど。そん時、母さんが、あの騒々しい人がこうしててくれて、すごく安心したなーとか、思い出した」
何にも言わずに、ぎゅーって。
俺の父さんは、生まれつき肺の形に異常があって、もともと体が弱かった。何回も手術したって言う胸には、いっぱい痕が残ってた。
俺の両親が出会ったのは、小児専門病院だったんだそうだ。肺の手術のために入院してた父さんと、よそのおうちの柿の木に上って──要するに柿泥棒しようとして──枝が折れて落ちて、両足骨折して同じく手術の為に入院してた母さんと。
お酒を飲んでは二人の出会いを毎回リピートする母さん曰く。
『もうね! 初めて天樹(あまぎ)君(俺の父さんの名前)を見た時、私は恋に落ちてたね!! どこの薄幸の美少女かと思ったのよー!! 手に入れなくちゃウソでしょー!?』である。
どこの世界に、薄幸の美少女に恋に落ちる女の子がいるんだ。ちなみにその時、父さんは小学三年生で、母さんは中学三年生だった。
「藤也のプリンはそんなにおいしいですか?」
食器を片づけながら、不意に柊也が聞いてくる。
「ん? うん。普通に何個でも食べられるくらい美味い。美味いプリンって、他にもあると思うけど、なんていうか、それだけじゃなくて藤也のプリンって、なんか、懐かしい感じに美味い」
「……高校生の頃、アマチュアの大会で最優秀賞を取ったくらいですからね」
へー
「もともとは、私たちの母のレシピだったんですよ。それに藤也が試行錯誤して、アレンジを加えたんです」
「えーっと。確か、二人が中学生の時に亡くなった?」
ええ。と、食洗機にセットし終えた柊也が帰ってきて、さっきまで藤也が座ってたイスに座る。
あのでっかい家にはちゃんと和室があって、でーんと立派な仏壇に双子のお母さんの写真と位牌がある。双子にはあんまり似ていないけど、ふんわりしてて優しそうな人。
まあ、その隣に俺の死んだ父親もちゃっかり間借りしてるけど。
「母が病で入院して、病状が悪化して、どんどん食欲も落ちてしまったとき、どうにかしようと藤也が作ったのがプリンだったそうです。藤也がお菓子作りに目覚めたのは、その時なのでしょうね。初めて作った時、加熱しすぎて隙間(す)ができたようなものだったらしいんですが、そんなものでも『おいしい』と食べてくれた姿が脳裏に焼き付いて離れないと、母の葬儀の時に言ってましたから」
ちょっと斜め下あたりを見ながら、柊也が口元にあんまり邪悪さを感じさせない笑みを浮かべる。なんていうか、笑ってるけど、悲しそう?
「柊也は? 柊也は、なんかないの? えーっと、その。思い出」
「私はあまり。中高一貫の学校に進学して、寮に入っていて、父や母が『大丈夫』と言うのを鵜呑みにして、見舞いもほとんど、いえ、いよいよとなった時まで、行きませんでしたから」
柊也の口元の笑みが、きゅっと一層深くなる。んで、やっとわかった。ああ、これって、自嘲って言うヤツなんだ、って。
あと、後悔? ああしといたらよかったとか、こうできたんじゃないかとか。
なんか、今まで自分の思い通りの人生でしたよって感じの、柊也らしくない雰囲気。
なるべく、気付かれないためと言うより、自分に衝撃を与えないためにそーっと立って、テーブル伝いにそーっと歩いて、そーっと。
後ろからそーっと、柊也の頭をぎゅーっとしてみる。
「真琴?」
「んーと。俺のさ、父さん。小学校に上がる前に死んじゃったんだけど。そん時、母さんが、あの騒々しい人がこうしててくれて、すごく安心したなーとか、思い出した」
何にも言わずに、ぎゅーって。
俺の父さんは、生まれつき肺の形に異常があって、もともと体が弱かった。何回も手術したって言う胸には、いっぱい痕が残ってた。
俺の両親が出会ったのは、小児専門病院だったんだそうだ。肺の手術のために入院してた父さんと、よそのおうちの柿の木に上って──要するに柿泥棒しようとして──枝が折れて落ちて、両足骨折して同じく手術の為に入院してた母さんと。
お酒を飲んでは二人の出会いを毎回リピートする母さん曰く。
『もうね! 初めて天樹(あまぎ)君(俺の父さんの名前)を見た時、私は恋に落ちてたね!! どこの薄幸の美少女かと思ったのよー!! 手に入れなくちゃウソでしょー!?』である。
どこの世界に、薄幸の美少女に恋に落ちる女の子がいるんだ。ちなみにその時、父さんは小学三年生で、母さんは中学三年生だった。
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