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しおりを挟むミーレンとは別室の控室。
エルダストに派遣されていたアリストリア人数人とマイセルががっしり握手を交わしていた。
「良かったです……ミーレンが王子をひっぱたいた時はもうだめかと思ったんですが」
「あれは王子が悪いだろう……が、私も心臓が止まったよ一瞬」
「それにしてもかなり気に入ったご様子だったよな?」
口々にそう言って、予想以上に気に入られてしまったミーレンには同情しつつも計画どおり事が運んだことに一同胸を撫で下ろしている。
「いやぁでも、君たちに話は聞いていてもあそこまで王子の好みをぎゅっと圧縮したような子がこんなところにいるなんて半信半疑だったんだけど、あの気に入りようは疑う余地がないね。殴られても笑ってる王子なんて生まれてこの方初めて見たよ」
事の始まりはわずか三か月ほど前の話。
エルダストに派遣されていた第一陣の使節団がアリストリアに一時帰還した時のことだ。
戦いが終わったせいかやることが見いだせないままダラダラしているだけならいいのだが、進軍中にお気に入りにしたロシェばかり身近に置いて一向に結婚しようとか、女性を侍(はべ)らせようとかいった方向に向かわないアッシュに、みな気は揉んでいた。
のだが、当の本人にその気が全くないのでどうしたものかとマイセルも激務の合間に考えてはいたのだ。
そんな折、報告にやってきた男が、エルダストに黒髪で折れそうなくらい細い体の少女が一人前に通訳をしていると己のことではないのに自慢げに言っていたので、彼の証言をもとに似顔絵を作成。
顔の造作は大雑把なものだったがその少女を見た他数名の感想を総合しても、流れるような黒髪が好きで女は脂肪がないほうがいいと断言する王子の好みに限りなく近いのではないかと言う結論に達して、ダラダラしていた王子を『視察』と言う名目で無理やり連れだしたのだ。
そしてその目論見は的のど真ん中を射たわけだが。
「あの肖像画の子だったとはねぇ あの子の上司はもうそろってる?」
「はい。隣の部屋に」
「そう、じゃあ私はそちらと少し話をするので、皆は王子のところへ。くれぐれも暴走しないように見張って下さい」
返事をする者たちに軽く手を振ってドアひとつ隔てた隣の部屋へ向かう。
ソファがいくつか据えられただけの小さな部屋に、一組の男女が立っている。男の方は飄々と食えない雰囲気で、女の方は少しイラついているような顔をしている。
「お待たせしました。どうぞ、掛けて下さい。ああ、言葉は通じますか?」
「上司は生憎聞き取りがかろうじてと言うところです。私が通訳しますので」
「そうですか」
ソファに座ったマイセルを見て、男女も座る。お互いに自己紹介を済ませて、本題に入る。
「一番大事なところから確認させていただきますが、彼女は以前、王子のもとに姿絵が送られてきた姫で間違いはないのですね?」
王の血縁者は甥姪まで離宮に隔離されているはずなので、娘がこんなところに、しかも使用人然として存在すると言う事がまずもっておかしい。
「間違いありません。彼女は、ミーレンは国王の娘です。母親がこの城の掃除女だったので、正式に認められていたわけではありませんが。先の降伏の際、まずそちらに渡される予定だったのが彼女です。いろいろあって、別の姫が向かいましたが」
そう、そのせいでアッシュがキレたのだ。そのままその姿絵の少女を連れてきてくれていたらこんな遠回りしなくてよかったのに。
そんなことを考えていたマイセルに、ユナレシアが整然とこれまでの経緯を説明する。
ミーレンの生い立ちから、アリストリアへ嫁ぐことが決まった下り、そしてその後の経過を。
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