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愛し君へ
44 side樹理
しおりを挟むそんなやり取りを持ってして決まった名前なのだが、再び目を覚ました樹理は、自分があれだけ必死になって言ったことを、全く覚えていなかった。
「私、そんなこと、言ってましたか……」
樹理の希望通り、子供の名前は廉にすると伝えられて、当人が目を丸くしたのは、哉も予想の範囲内だった。
「いいじゃないか。実際、とてもよく合う」
小さく生まれてきたものの、それなりの週数を胎内で過ごしていた子供は、その後の検査に何も引っかからず、五体満足。
小さすぎてミルクを上手く飲めないとか、まず飲む体力がなくて飲むだけで疲れて飲んでいる途中で眠ってしまうとか、細かいことを上げたらきりはないのだが、保育器に入れられていたのは最初の二日ほどだけで、その後は母子同室になり、一旦減った体重も順調に増えて行って三週間ほどで退院できるだろうとのことだった。
哉はと言うと、その三週間の間に新居を決めた。すでにいくつかの候補は下見に行っていたので、三つほどに絞り込んで、物件の写真を見た樹理の意見も聞きつつである。家財を購入したり、大使館に廉の出生届けと日本国籍の保留届を出し、自分たちの滞在ビザの変更手続きを行うなど、かなり忙しく動き回った。
出産の翌々日には樹理の両親、友人知人に出産を伝えるとまず両親が取るものもとりあえずと言った風で渡米してきて、父は仕事の関係もあって三日ほどで帰国したが、母は三ヶ月ほどいてくれることになった。
生まれた子供を見て、樹理も小さかったとか、二人とも軽く泣きながら対面していた。
一週間後、続いてやってきたのは実冴で、こちらは一緒に航空便で大量の荷物がついてきた。新居の契約が済んでいたから置き場所があってよかったようなものの、それこそ瀬崎の比ではない量のお祝いを自ら引き受けてきたらしい。
「軽ッ!! ちっさ!! めちゃくちゃちっさい!! ウチの双子が生まれた時より小さい!!」
まだ二千グラムに満たない廉を抱いての感想がこれだ。ちなみに、双子だった慶は出生時二千グラムを余裕で越えていて、逢はギリギリ二千グラムに届かないくらいだったらしい。
「ていうか、この子、頭が小さくない?」
「あ、それは取り上げて下さった先生にも言われました。何かの病気でとか、気にするほどじゃないみたいです。なんでも、平均の胎児より、体に比べて頭が小さかったせいで、エコーの誤差が酷かったって」
本当なのかどうかはわからないが、かなりの精度を誇る最新式だったにもかかわらず、エコーの算出した推定体重と実際の体重とが三百グラム以上違っていた理由について、廉の頭……頭頂から顎までを手で測る様にしながら両国崎が言い訳っぽく呟いていた。
その実冴も、出産したてのところに長居するつもりはないと、ニューヨークにはその日一日だけでさっさと別の国に旅立ってしまった。
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