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愛し君へ
37 side樹理
しおりを挟む「見てください。くつした、できました。よかった。間に合って」
白く小さい樹理の手も余るくらいに、小さな靴下が二足。
細かい作業にかけられる時間は、体の負担も考えて一日三十分までと決められていて、手も震えるのでなかなか完成しなかった。
手触りのいい細い毛糸で編まれた、何とも形容しがたい、強いて言えば黄色……っぽい色が基調の靴下。
すでに、エコーの検査でお腹の中の子供は男の子だとわかっている。
名前の候補もいくつか二人で相談して、音は決まったものの、漢字がしっくりとこずに保留のままだ。
何か子供に作ってやりたいとの樹理の希望で、両国崎にも相談の上、編み物をすることに決めた。毛糸の太さと柔らかさの指定は樹理がしたが、色は任せると言われて、手芸店の毛糸の前で散々迷って哉が選んだのは、何の変哲もない水色と、妙にぱっと光って見える、何とも言えない色合いの……強いて言えば生まれたてのヒヨコみたいな黄色っぽい毛糸だった。
つま先とかかと、足首のラインに水色、他を黄色っぽい色が使われたそれは、手に持っても所在ないくらいに軽い。性別が分かっていたし、てっきり水色を基調にすると思っていたが、樹理が選んだのは『なんとなく黄色?』みたいな色だった。
「ホントはもっと凝った柄にしたり、他にもいろいろつくってあげたかったけど、今はこれが限界です」
「十分だろう。少なくとも俺は、何も作れん」
「氷川さんが編み物……なんか、淡々とこなしちゃいそうで怖いです」
「無理だ。こんな肩の凝りそうなもの」
「そうですか? でも、最後までと思って、ちょっと根詰めちゃったかも。ちょっと休みます」
「ああ」
上半身を起こすためにかなり上げていたベッドのリクライニングを水平より二十度ほど上のところまで降ろす。
「夏清ちゃんが妊婦になるとひたすら眠いって言ってたけど、そんなに眠くはならないんですよね……毎日まったりしてるからでしょうか」
「眠くなくても休め。目を閉じているだけでも違う」
「……はい」
時刻はまだ午前十時。
眠れそうにはないが、休むことが仕事だと両国崎にも言われているので、大人しく枕に頭を預け、樹理は目を閉じた。
現と夢の間で、誰かが、泣いている声が聞こえた、気がした。
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