幸せのありか

愛し君へ

２３ side樹理

　
　
　
　理由は簡単だ。

　まず、専門医がいない。

　そして、医療設備もない。


　専門医からの助言もあり、医師二人の出した結論はシンプルだった。



　不妊により通院していて、婦人科疾患の既往手術歴、さらに流産経験と重なれば、手に余ることこの上ないのだろう。


　ただし、ここまで乗船していれば、下船したところで先払いの旅費はもう返還されない。日程的に日本の横浜港へ戻るのは出産前だ。哉たちには、このまま乗船を続ける為に専門医の派遣を要請して、最後までのクルーズも可能なので、医師たちは患者のプライベートな部分を伏せて船長にも相談し、最終的に哉たちの意思に任せると言うことになったのだそうだ。


　二人何の異論もなく船を降りる方向で合意し、哉が船長、医師と細かい部分を決めてくれると言うことで、一応女性スタッフに付き添われて部屋に戻ったものの、なんだかそわそわ気が落ち着かない。


　そこに、内線を使って大橋から電話がかかってきた。

「まあ！　まあまあ！！　よかったわねぇ」

　妊娠していることを告げると、大橋たちが部屋に来てくれた。必要最低限、二人が過ごすための部屋で、イスはある程度固定されているため、イスにあぶれた客二人はごめんなさいねと断ってから、ベッドに座っている状態だが、室内はなんだかもう浮かれた空気がひしめいている。

　大橋たちが来て程なく、英国のお茶会のようなセットでお菓子とお茶が運ばれてきた。

　サーブされたお茶を優雅に口に運びながら、皆がニコニコしている。


「あの、でも……まだ……」

　口々に祝福されて、樹理がもごもごと口ごもると、黄がダメダメと指を振る。

『母親がそんな弱気でどうするの。どーんと構えなさい』

「不安になる気持ちもわかるけど、不必要に考えすぎるのはダメよ。って言っても、不安なことばっかり考えちゃうわよね。せめて安定期に入るまでは」

　自身も流産を経験している大橋が、労わるような微笑みを向けてくれる。

「そうそう。大丈夫よ。ここでゆっくり生活してれば、全然問題なしよ。文字通り大船に乗ってるんだから」

　自分の言った言葉に高見が上機嫌な様子で笑う。


「あ。そのこと、なんですけど……船を、降りようかって氷川さんと話していて」

　樹理の言葉に、少しだけぽかんとしたのは黄と高見だった。

「……そうねぇ　ここではいざという時、的確な対処は難しいでしょうし。でもどうするの？　次のボストンまではまだ少しあるわよね」

　そこまでは乗って行くだろうとの大橋の問いに、樹理もあいまいに首をかしげる。哉が船長たちと交渉しどのような結論を出すのか、まだわからないからだ。

　以前通っていた病院の伝手で、アメリカ東海岸の……主にニューヨークを中心に引き受けてくれる病院を探してくれるとのことだが、医師曰く、そもそも欧米では流産に対して日本ほど神経過敏に積極的治療はしないのが主流らしいので、探すのは難しいのではないかとのことだった。


「でもまあ、とにかく今は安静にしてた方がいいわよね。ごめんなさいね、押しかけてしまって。年寄りはおめでたいニュースに餓えててダメねぇ」


　答えられない樹理に、大橋がそう言ってまず腰を上げる。彼女に習って他の二人もあっさり同調してきた時同様さらりと帰って行った。ただし、もし体調が良ければ夕食は食べに出てきてねと言うお願いは置いて。