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愛し君へ
22 side哉
しおりを挟むそんな風に日々はゆっくりと過ぎていき、イギリスに寄港して、やっぱり現れた氷川の人間に、哉はいい加減うんざりしながら対応した。
そんな面倒事も終わって、あとは北アメリカ大陸にいくつか寄港し、ホノルルに寄れば旅も終わり、という、大西洋上でのこと。
少し前から、樹理の体調が悪くなった。今更船酔いでしょうかと笑う樹理に妊娠の可能性を問うのもどうかと思いはしても軽く聞けない。
船に乗ってから、樹理はホルモン治療をやめている。取り寄せれば薬などいくらでも手に入るが、あの薬も生理周期──特に排卵の時期──に体調不良を催すらしく、船の上にいる間、ちょっとだけサボりますと言われて、哉も了承していた。
船に乗ってから、一度も月のものが来ていない様子だが、当人は薬をやめたことでの症状だろうと気に留めない風を装っているのか、本当に気にしていないのか。
そもそも、流産からまだ四ヶ月も経っていないと言うこともあって、いくらなんでも気にしすぎかと思っていた。
のだが。
親しくしてもらっているご婦人方のほうが食べ物の匂いに顔色を悪くしている樹理を見て、いいからちゃんと診てもらいなさいと医務室に連行され、血液検査をした。
採取された血液は、一旦ヘリコプターで提携の医療機関へ持ち込まれるため、検査結果はその場では出ない。
翌日、夫婦で医務室に呼ばれて行ってみたら、反応から妊娠している可能性が高いと告げられ、それに一番びっくりしていたのが樹理だった。普段から大きな瞳を更に見開いて、落としそうになっていた。
一応設備として搭載されていたエコーで診察を受けた。
しかし、船上医師は年配男性と中年女性の二人。どちらも産婦人科にはこれまでまったく無縁で、エコーの調整から手間取った。何とか写し出された子宮と胎児の映像をみても、今現在、一体どれくらいの週数なのかもよくわからないような状態だった。三人いる看護師も、産婦人科は実習で一通り……といった具合で、あまりあてになりそうにない。
樹理の既往症の関係から、口頭説明よりも正確に状態を知ってもらう為、連絡を入れた日本でかかっていた病院は、船医も驚くほど協力的だった。普通なら院外への提供を渋られるカルテが電子版ではあるがすぐに届いたそうだ。
画像をやり取りし、以前の主治医がそれを見て、ほぼ二カ月に入ったばかりだろうとの返答が来たそうだ。
言われたことが入って来なくて、樹理と二人、しばらくぽかんと顔を見合わせた。
願ってはいても思いもしなかった結論から、先に立ち治ったのは樹理で、鏡の向こうでも見たことがないほど呆けた顔をした哉を映した大きな茶色い瞳が、じわじわと輝きを取り戻していく。
「……子供? ほんとに?」
小さな声が震えていた。ぱっと見て、何の変化もない腹部に両手を当てているのは、無意識だろう。
「……らしい、な」
つられるように、哉もまだまだ肉の薄い腹部に視線をとられる。
「……あの、お産みになられますよね?」
「もちろんです!」
おずおずと、女医に尋ねられて樹理がはっきりと答える。
「あの、そこでなんですが」
ふむと頷いて、男性医師が申し訳なさそうに切り出した。
「日本で通院されていた病院の医師とも相談の結果なのですが、出産を希望されるのであれば、下船をお勧めします」
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