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愛し君へ
12 side哉
しおりを挟むこの回、流血表現あり。
物語でも血が出るのは嫌だという方はスキップを。
次話で何があったかは表記されるので。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
病院でもはっきりと妊娠していることを確認し、おめでとうございますと次の、一カ月後の診察日を決め、証明書を貰い、その足で母子手帳を貰って、三週間ほど過ぎた頃。
仕事の移動中、樹理から電話がかかってきた。
仕事中に樹理が電話を掛けてくることは、それまでに一度もなかった。
怪訝に思って出れば、酷く小さくてかすれた声で、ただ一言。
『……ったすけっ』
通話は保持したままなのに、かたりと固いものが床に落ちる音が聞こえたのを最後に、沈黙しか運ばれない。
すぐさま車を自宅に回せば、なぜかその日の運転手だった瀬崎までついてきた。構わず走って、できうる限りの速さでたどり着いたその先には。
靴も脱がずに入ったリビングの床に、樹理が倒れていた。
クリーム色のスカートは、べったりと赤い血で濡れている。
『きっ きゅーきゅーしゃッ!!』
遅れて入ってきた瀬崎の声に、はっと我に返る。
携帯電話を取り出そうとしていた瀬崎に、家の電話から掛けるよう言うと、泣きそうな声で『何番でしたっけ!?』と返されて、咄嗟に『119』が出てこなかった哉も、相当に混乱し、焦っていた。
救急車の要請を瀬崎に任せて、樹理を抱き起し、声をかける。
もともと白い顔が、それを通り越して青い。気を失っているのに、ゆるく閉じられた目からは涙があふれ続け、紫を通り越して色を失った唇が震えている。
何度も名を呼んで、軽く頬を──撫でるように叩くと、うっすらと樹理が目を開けた。
涙で濡れた瞳は、どこか焦点が合っていなかったが、目の前にいるのが哉だとわかった瞬間、再び涙がぼろぼろと零れる。
『氷川……さっ……助け、て。死んじゃう、あかちゃん、死んじゃう……やだ。せっかく、やっと……なんで?』
血痕は、洗濯物を干す場所と化したサンルームから続いていた。携帯電話は大抵キッチンカウンターの上に置いているので、そこまで必死で、途中から這うように進んで、なんとか電話を取ったのだろう。
うわごとのように言葉を繰り返す樹理を抱く。
遠くから、救急車の音が近づいていた。
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