幸せのありか

神室さち

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愛し君へ

2 side樹理

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「すまない」


 その言葉には、実に様々な思いや意味が籠っていた。

 その謝罪の言葉と同時に、ふわりと抱き上げられた樹理が、小さくつぶやいて首を振る。


「……ごめんなさい」

 本当は、ありがとうと言いたかった。言うべきだった。けれど、口から出てきたのはその一言で、そしてまた、その一言にも、たくさんの思いや意味が詰まっていた。


 足は膝から下の感覚がなくなるくらいに震えていて、もう、歩くことどころか、立っていることすらできなかった。

 ここから、この場所から、一分一秒でも早く去りたいと思っているのに、体が言うことを聞かず、支えられて辛うじて立っているような状態だった。

 ありがとうと言えなかった代わりに、せめて、抱いて速足に玄関へと急ぐ哉の負担を少しでも減らすことができたのならと、かろうじて動く腕を、その首に回して、その肩に顔を埋める。



 ここに来ようと言ったのは、樹理自身で。


 今、言われたことは全て、事実で。


 だから、哉が謝ることなど、何一つないのに。




 むしろ、哉は止めてくれたのだ。

 行っても無駄だと。

 どうせ、気分を害するようなことにしかならないと。

 そう言って止めてくれたのを、振り切ったのは樹理自身だ。


 そしてその結果がこれならば。


 全てが、自業自得と言う四文字に集約される。






 事の起こりは一通の手紙。

 樹理に宛てられた、外には差出人のない封筒。慎重に開けて見れば、中身は手紙で、それは哉の母が認(したた)めたものだった。


 女性らしい流麗な文字で、要約すれば『結婚を認めてやるから本家に一度顔を出せ』という内容に、哉が顔をしかめた。


 認めるも認めないも、哉と樹理は四年ほど前に婚姻届を提出し、既に夫婦として暮らしている。


 ただ婚姻届を出したと言うだけではなく、樹理が短期大学を卒業した春、行野家の親族や友人知人を招いて、小規模ながらもきちんと式も挙げてのことだ。

 哉としては、なにを今更、という短い感慨しかもたらさなかったが、樹理は違ったらしい。


 もちろん自分たちは結婚しているのだし、哉の言い分もわかるが、やはり、多くの人に認めて祝福してもらいたい、哉を産んだ人ならば尚の事であると言うのが、彼女の意見で、後半はともかく、前半についてはその通りではあると納得したので、日を決め、わざわざ足を運んだ。




 果たして。


 相手は、撒き餌どころか、疑似餌に引っかかった獲物を手ぐすね引いて待っていた。


 確実に樹理を叩きのめすための資料を手に。


 本来守秘義務に守られるべき情報をどうやって、などと、聞くまでもない。


 分かりきってはいたけれど、それでもとどこか期待してはいたのだ。哉も。



 そしてそれは、結果、ことごとく裏切られた。




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