幸せのありか

神室さち

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OVER DAYS

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 入室するなり、スケジュールを全てキャンセルすると言った篠田に、副社長付きの秘書三人が豆鉄砲を食らったハトよりも驚いて、なんとも表現しづらい難解な顔をしていたが、キーを秘書室のホルダに戻し、部屋を出る。


 エレベータはさすがにあと五分もすれば会議が始まるため殆どの者が上階に集まっているためだろう、使用者が減って呼べばすぐにやってきた。乗り込めば一階分など瞬く間で、ドアが開く。

 篠田が再びパスをだして、重役用のエレベータを指示を出すまで待機の状態で固定する。

 然程(さほど)の刻(とき)も過ぎぬうちに、高い防音性を誇るはずのドアもさすがに不穏な空気は堰止められなかったらしく、何やらいつもと違う気配が漏れ出し始める。


 しかし、そんな状態もすぐに消えて、すっと温度が常温に戻るのと同時に、哉が入室時に通った会議室後部のドアが静かに開いた。立つ鳥の潔さなのか、振り向きもせずに後ろ手にドアを閉めた哉が、さすがにほんの少し目を見開いて篠田を見ている。


 どちらが先に笑ったのかは判らないが、一瞬止まった表情をささやかに動かして哉が口元を緩めてスタスタと篠田の前を横切り、エレベータの中に入る。


「ばれていたのか」

 操作パネルに向かう篠田に哉の呟きが届く。

「この会社の中では五指に入る有能な秘書だと自負しているので」


 待機を解除してとりあえずいつもの地下階を指定すると、音もなくドアが閉まり、すいと腹が空くような感覚さえもないままに箱が降下を始めた。

「連休中入れないというのは嘘だっただろう?」

「ばれていましたか」

 開き直って、先ほどの哉の口調を真似て振り返れば、哉が奥の鏡に背を預けて今度こそ本当に笑っている。


「公用車は使えませんが、どうされますか? ハイヤーが何台か地下にあるはずですが」

「………久しぶりに歩いて電車に乗る。お前は?」

 哉が少し考えるような間を置いて、篠田の問いに答え、そして問う。

「途中までお供しますよ」


 一階ロビーのボタンを押して篠田がそう答えたのとほぼ同時に、下降速度に制動がかかり、目的階でドアが開いた。一般社員が利用するロビーなど、いつから歩いていないだろうかと、哉を認めて目で追う社員になど一瞥もくれずにまっすぐ回転扉の向こう、外へ向かって歩く背中を追いながら考えてみたが、少なくともこの十年以上、縁のないエリアだと見渡せば、社内でも選り抜きと噂される受付嬢までもともと大きな目を開けてぽかんと哉を見ている。


「付いてきても何もでないぞ」

 回転扉を抜けて、広く緑化された正面玄関前を歩き、哉が振り向きもせずに篠田にそう尋ねた。


「残るよりはましでしょうからね」

「……瀬崎には荷が重いだろう」


 今はまだ何も知らずに仕事をしているだろうが、情報が回るのも時間の問題だ。情けない声で泣き付いて来ることなど簡単に想像が付き、シャットアウトすべく仕事用の携帯電話の電源を落とす。


「なに、あれで結構やれますよ」


 携帯電話を仕舞った篠田を一度だけ振り返って、すぐそこにある駅へ迷いのない足取りで進んでいく哉の背中を見ながら家に帰ったらまず、例の一件から気が向いたら膝にやってきて毛皮を梳るよう催促してくる黒猫が嫌がるくらい構い倒してやろうと考え、引っかかれてやることがなくなったらどうしようかと思いをめぐらせた。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
そしてついに! おまちかね(?)の瀬崎君パートが始まりますよ!!


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