259 / 326
OVER DAYS
24
しおりを挟む入室するなり、スケジュールを全てキャンセルすると言った篠田に、副社長付きの秘書三人が豆鉄砲を食らったハトよりも驚いて、なんとも表現しづらい難解な顔をしていたが、キーを秘書室のホルダに戻し、部屋を出る。
エレベータはさすがにあと五分もすれば会議が始まるため殆どの者が上階に集まっているためだろう、使用者が減って呼べばすぐにやってきた。乗り込めば一階分など瞬く間で、ドアが開く。
篠田が再びパスをだして、重役用のエレベータを指示を出すまで待機の状態で固定する。
然程(さほど)の刻(とき)も過ぎぬうちに、高い防音性を誇るはずのドアもさすがに不穏な空気は堰止められなかったらしく、何やらいつもと違う気配が漏れ出し始める。
しかし、そんな状態もすぐに消えて、すっと温度が常温に戻るのと同時に、哉が入室時に通った会議室後部のドアが静かに開いた。立つ鳥の潔さなのか、振り向きもせずに後ろ手にドアを閉めた哉が、さすがにほんの少し目を見開いて篠田を見ている。
どちらが先に笑ったのかは判らないが、一瞬止まった表情をささやかに動かして哉が口元を緩めてスタスタと篠田の前を横切り、エレベータの中に入る。
「ばれていたのか」
操作パネルに向かう篠田に哉の呟きが届く。
「この会社の中では五指に入る有能な秘書だと自負しているので」
待機を解除してとりあえずいつもの地下階を指定すると、音もなくドアが閉まり、すいと腹が空くような感覚さえもないままに箱が降下を始めた。
「連休中入れないというのは嘘だっただろう?」
「ばれていましたか」
開き直って、先ほどの哉の口調を真似て振り返れば、哉が奥の鏡に背を預けて今度こそ本当に笑っている。
「公用車は使えませんが、どうされますか? ハイヤーが何台か地下にあるはずですが」
「………久しぶりに歩いて電車に乗る。お前は?」
哉が少し考えるような間を置いて、篠田の問いに答え、そして問う。
「途中までお供しますよ」
一階ロビーのボタンを押して篠田がそう答えたのとほぼ同時に、下降速度に制動がかかり、目的階でドアが開いた。一般社員が利用するロビーなど、いつから歩いていないだろうかと、哉を認めて目で追う社員になど一瞥もくれずにまっすぐ回転扉の向こう、外へ向かって歩く背中を追いながら考えてみたが、少なくともこの十年以上、縁のないエリアだと見渡せば、社内でも選り抜きと噂される受付嬢までもともと大きな目を開けてぽかんと哉を見ている。
「付いてきても何もでないぞ」
回転扉を抜けて、広く緑化された正面玄関前を歩き、哉が振り向きもせずに篠田にそう尋ねた。
「残るよりはましでしょうからね」
「……瀬崎には荷が重いだろう」
今はまだ何も知らずに仕事をしているだろうが、情報が回るのも時間の問題だ。情けない声で泣き付いて来ることなど簡単に想像が付き、シャットアウトすべく仕事用の携帯電話の電源を落とす。
「なに、あれで結構やれますよ」
携帯電話を仕舞った篠田を一度だけ振り返って、すぐそこにある駅へ迷いのない足取りで進んでいく哉の背中を見ながら家に帰ったらまず、例の一件から気が向いたら膝にやってきて毛皮を梳るよう催促してくる黒猫が嫌がるくらい構い倒してやろうと考え、引っかかれてやることがなくなったらどうしようかと思いをめぐらせた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
そしてついに! おまちかね(?)の瀬崎君パートが始まりますよ!!
0
お気に入りに追加
182
あなたにおすすめの小説
冷徹女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女に呪われ国を奪われた私ですが、復讐とか面倒なのでのんびりセカンドライフを目指します~
日之影ソラ
ファンタジー
タイトル統一しました!
小説家になろうにて先行公開中
https://ncode.syosetu.com/n5925iz/
残虐非道の鬼女王。若くして女王になったアリエルは、自国を導き反映させるため、あらゆる手段を尽くした。時に非道とも言える手段を使ったことから、一部の人間からは情の通じない王として恐れられている。しかし彼女のおかげで王国は繁栄し、王国の人々に支持されていた。
だが、そんな彼女の内心は、女王になんてなりたくなかったと嘆いている。前世では一般人だった彼女は、ぐーたらと自由に生きることが夢だった。そんな夢は叶わず、人々に求められるまま女王として振る舞う。
そんなある日、目が覚めると彼女は少女になっていた。
実の姉が魔女と結託し、アリエルを陥れようとしたのだ。女王の地位を奪われたアリエルは復讐を決意……なーんてするわけもなく!
ちょうどいい機会だし、このままセカンドライフを送ろう!
彼女はむしろ喜んだ。
The Anotherworld In The Game.
北丘 淳士
ファンタジー
ふと立ち寄った店で見たものは、見たこともないゲーム機。
凪野涼は惹かれるように、それを手に取ってしまう。
それに絡む三人の同級生。
なぜ四人の思いにそのゲーム機は反応したのか。
ちょっとしたSFも込みのライトノベル風ラブコメ。
以前外部リンクしていましたが、第4回次世代ファンタジーカップ、エントリーのため少し改変して掲載しています。ストーリーは変わっていませんが、幾分読みやすくなっていると思います。巻きで連載しますので、ご賞味?下さい。
婚約者に捨てられた令嬢が王妃になる話
白雨あめ
恋愛
親が不正をしていたという理由で家を取り潰されてしまったミリア。婚約者に捨てられたミリアは辺境の子爵領へ飛ばされてしまう。そこで出会ったのは幼い頃一緒に遊んだ第一王子セフィロスだった。
※短編です
【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜
高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。
フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。
湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。
夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。
婚約破棄された公爵令嬢は、真実の愛を証明したい
香月文香
恋愛
「リリィ、僕は真実の愛を見つけたんだ!」
王太子エリックの婚約者であるリリアーナ・ミュラーは、舞踏会で婚約破棄される。エリックは男爵令嬢を愛してしまい、彼女以外考えられないというのだ。
リリアーナの脳裏をよぎったのは、十年前、借金のかたに商人に嫁いだ姉の言葉。
『リリィ、私は真実の愛を見つけたわ。どんなことがあったって大丈夫よ』
そう笑って消えた姉は、五年前、首なし死体となって娼館で見つかった。
真実の愛に浮かれる王太子と男爵令嬢を前に、リリアーナは決意する。
——私はこの二人を利用する。
ありとあらゆる苦難を与え、そして、二人が愛によって結ばれるハッピーエンドを見届けてやる。
——それこそが真実の愛の証明になるから。
これは、婚約破棄された公爵令嬢が真実の愛を見つけるお話。
※6/15 20:37に一部改稿しました。
婚約者が隣国の王子殿下に夢中なので潔く身を引いたら病弱王女の婚約者に選ばれました。
ユウ
ファンタジー
辺境伯爵家の次男シオンは八歳の頃から伯爵令嬢のサンドラと婚約していた。
我儘で少し夢見がちのサンドラは隣国の皇太子殿下に憧れていた。
その為事あるごとに…
「ライルハルト様だったらもっと美しいのに」
「どうして貴方はライルハルト様じゃないの」
隣国の皇太子殿下と比べて罵倒した。
そんな中隣国からライルハルトが留学に来たことで関係は悪化した。
そして社交界では二人が恋仲で悲恋だと噂をされ爪はじきに合うシオンは二人を思って身を引き、騎士団を辞めて国を出ようとするが王命により病弱な第二王女殿下の婚約を望まれる。
生まれつき体が弱く他国に嫁ぐこともできないハズレ姫と呼ばれるリディア王女を献身的に支え続ける中王はシオンを婿養子に望む。
一方サンドラは皇太子殿下に近づくも既に婚約者がいる事に気づき、シオンと復縁を望むのだが…
HOT一位となりました!
皆様ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる