幸せのありか

神室さち

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OVER DAYS

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「ちぇーっ 同じカマのメシ食うた仲やのに、なんなん冷たいなー あ。なんか疑(うたご)うてるやろ。ホンマのホンマに哉とは俺、小学生の頃三年くらい一緒におってんで、本家で。母親病弱で入院する度(たんび)に預けられて。母親亡(の)うなった後もちぃと間。あん時はまだ代替わり前やったでじいさんとこやけどな。結局父親が京都転勤決まって、一緒について行ったから哉が神戸来るまであんまり会わへんかってんけどな。神戸来てからは良う逢(お)うとってんで。電話一本『バラすで?』言うたらちゃんと逢うてくれたし。で、ホンマ、ナニがあってん?」



 開いたドアを、愚痴を言いながらも当然として先に下りた和が振り返り、真偽がつかない顔をしていた篠田にどんどん言葉を重ねている。最後のほう、弱みに付け込んで振り回していたと白状しているが、本人は気付いていないらしい。

「プライベートは存じません」

 いつも通り、すっと伸びた背を見送って、篠田が慇懃に答える。


「……まぁ 期待はしてへんからええけど。いっつも退屈ばっかりやけど、今日はなんかおもろいことありそうやなぁ ほなな~」


 出会ったときと同じく、ヒラヒラと手を振りながら和が大会議室へ入っていく。一緒にやってきた大方の秘書は隣にある五分の一ほどの会議室が控え室になっているので、大概がそこにいる。顔見知りやこちらから挨拶をすべき相手に一通り声をかけて、珍しくフル稼働で中々捕まらない重役用のエレベータを諦めて、こちらもカードがないと開かないドアが付いている階段を使い一階下へ降りる。



 氷川和はいつもチャラチャラしているが、その実、内面はクールだ。裏の裏の表まで計算高く見極めようとしている節があり、要注意人物。大阪で関西の重役が多く揃った臨時役員会での顔合わせでは胡散臭さが全開で、下らない話ばかりしていた印象だったが、柔らかい曲線を描く眼鏡で多少ごまかされているものの、その瞳まで笑っていることは稀であると言うのが、予定時間を大幅にオーバーした面会で篠田が得た感触で、実際その前から聞き及ぶ評判もその後の調べでもこの若さでほぼ関西エリアを掌握していると言う。


 彼の貼り付けた笑顔とその内側の温度差が違和感だったが、先ほど言い訳がましく彼が付け加えた生い立ちでおぼろげに判った。彼も哉と同じ教育を一時期受けていたのだ。恐ろしいほどの無表情と笑顔武装。各々の性格の違いだろう。同じ笑顔でも、ウラを感じさせない哉の兄のものとは全く質が違っている。


 その人物が、厳密に二人きりではなく己のテリトリーの内とは言え、本当に楽しそうに哉に話しかけていた。篠田でさえ少し前にやっと判るようになった哉の表情の変化にもすぐに気付いたようだった。


 篠田の中で漂っていた漠然とした予感めいたものが、スッキリ片付く。こちらも認証が必要な階下のドアを開けながら、篠田はポケットに手を入れて、その中の車のキーを玩んだ。


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