幸せのありか

神室さち

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OVER DAYS

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「もうダメです……」



 呟いて机に突っ伏したのは瀬崎。秘書の仕事に就いて半年。ルーチンワークにやっとなれたところにどんどん篠田に仕事を振られて、四月以降瀬崎はキリキリ舞に働いている。

「こら、そこ潰れてんじゃないの。四月の昇給がすごかったの知ってんだからね。給料分キッカリ働きなさい」

「……その分、営業報奨金は減ったからトントンってか減ったかもですー」

 言葉でケツを叩く増本に瀬崎がクソが付くほど真面目に応えている。


「チッ コイツいくら稼いでんのよ」


 瀬崎は営業時代を『消耗品を扱っていたので楽でした』とケロっと評しているが、室長権限で取り寄せた彼の成績は入社当初からずっと、一度も一位になったことはないが地味にトップ十以内を維持していた。瀬崎の言う『消耗品』だけでは到底達成できない額を毎月毎月売り上げていたので、それとなく聞いてみたらやっぱりあっさり『ああ、ついでに色々買って貰えたんです』と、それがどうしたのかと言った顔で返された。


 この押しに弱くて引きに甘い男がどうやってと思うが、営業課長いわく、年配にかわいがられる性質があったらしい。企業のトップクラスはほぼ瀬崎の守備範囲だったわけだ。ある経営者は『どう考えても営業成績は底辺を這っているだろうから』といつも同情して他企業も扱っている製品も、価格が同帯であれば優先して色々注文してくれていたそうで、瀬崎を引き継いだ担当がいきなり締まった財布の紐に泣きそうになったとかならないとか。


「よろこべ、瀬崎。お前、有給消化もできてないだろう。今抱えてる仕事さえ片付けたら今日から連休明けまで出社しなくていいぞ」

「ホントですかっ!?」

 この二ヶ月ほど休みらしい休みがなかったのだ。おそらく、連休もこの調子でこき使われると思っていたのだろう、さっきまで死んだ魚のような、空ろな目をしていた瀬崎が、一転元気になって目もキラキラ輝いている。


「ああ。殆ど前倒しでケリが付いてきているからな。重要な案件は決算も近いしもう数件しか残ってない。副社長はこれから昼を挟んで視察に行って直帰。連休は本社のメンテナンスで立ち入り禁止を理由にしっかり休んで頂こうと思っている」


「え。いいんですか、それ」

 確かに、大型の休みの間に本社内の一斉メンテナンスが入り、同時に大清掃が行われるが、大体五階分を一単位にしているので連休中全く仕事が出来ないわけではない。

「なんだ? お前が送り迎えして一緒に仕事するのか?」

「滅相もないです!」

 ぶんぶんと首を横に振った後、腕まくりをせんばかりの勢いで瀬崎が仕事を片付けにかかっている。


「室長って、人使い荒──上手いですよねぇ」

 視察先から送られてきた事前資料の保管分をファイリングしながら鈴谷が、滑りかけた口を強制的に軌道修正してアメを与えられた瀬崎に哀れみ全開の視線を向けている。


「上に立とうと思ったら下をうまく使わないと身が持たないからな」


 そういい置いて、篠田は副社長の執務室のドアを叩いた。


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