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OVER DAYS
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しおりを挟む目の前の親子は、無言に潜むものを汲み取って会話を成立させている。
外気温だけではなく、室内に冷たい空気が漂う。にらみ合うように視線を合わせたまま。
「お前も公(こう)のように私を失望させるのか?」
「……あなたは、何も望んでなどいないでしょう?」
兄の名を出されても、哉は動じない。
父親はそれを肯定も否定もせず、ただじっと息子を見ていて、息子はこちらも、何か情を求めることもせず、淡々と見返している。
まんじりともしない長い沈黙を破ったのは、哉だった。
「構いませんよ。少し前から家に帰そうと思っていたんです。ちょうど良かったくらいだ……俺も、あなたに望むものはなにもない。だけど一つだけ」
すうっと音がするほど強く、哉が息を吸った。
「彼女の父親の会社はすでに軌道に乗り出しています。手出しをしたら、俺は全力であなたに刃向かう」
挑戦的に、哉がいつもビジネスで使うあの冷えた笑みを満面にたたえて言い切り、もう用はないとばかりに踵(きびす)を返した。しっかりと篠田を見て、微かに頷く。それに応えて、篠田が障子戸を開ける。
「どうして私がこの件に気付いたのか、聞かないのか?」
敷居を片足踏み越えた時に、その背中に不意に父親が語りかける。哉の足が止まり、振り返る。
「少なくとも俺は、自分の部下を信用していますよ」
何の迷いもなくそう言い切って、去っていく。篠田も一礼し、慇懃なほどに丁寧に礼をして静かに戸を閉めた。白い和紙が張られたその戸の向こうで、小さく笑うような声が聞こえた。
来た時とは逆に、足音さえなく哉が玄関へ向かって歩いている。追いついて少し後ろを歩く。
「あらまぁ! 本当に短かったのね! ねえ哉さん、お茶を用意したのよ、少しくらい時間はよろしいでしょう? そうそう、よかったら夕食もこちらで食べて。あなたの部屋もそのまま残してあるのよ? 泊まっていけばいいじゃない」
あっさりと実家を辞そうとしていた哉を、何とか引きとめようと、母親が矢継ぎ早に色々提案しているが、どんどん要望が高くなっている。
家令に靴べらを返して、哉が嘆息後、後ろの人物と真向かう。
「帰りますよ、自分の家に。ここは、俺の家ではないですから」
何を言われたのか理解できないのか、ぽかんとした顔の母親を置いて、哉が玄関から出て行った。深々と頭を下げている家令と、おそらく篠田など見えていないであろう女性に軽く会釈を残して篠田も続いた。
氷川の本宅から随分離れてきた頃、物憂げに窓の外を見ていた哉が、息を吐きながら後部シートに寝転がってしまった。
いつもしゃんとしているが、おそらくこのだらんと寝転がった方が哉の本性だろうと篠田は苦笑する。ダメージが重なって電池を消耗しすぎたら一番楽な姿勢になってしまうのだろう。
「……連れ戻しに、行きますか?」
思わず口から零れた言葉に、哉が頭をあげた。わずかな驚きの表情を伴って。
バックミラー越しに目が合って、哉が今度は苦笑を浮かべ、再びシートに転がった。
「いや。やめておく。どうせ、また泣かせるだけだ」
あの少女には、できれば帰ってきて欲しいのだが、哉が諦めてしまっている以上、樹理が決意してしまった以上、篠田にはどうしようもない。
樹理の穴を埋め切れるかは判らないが、今まで以上に哉の状態に気を配らなくてはならない。
「……人はもろいな。篠田」
初めて哉の口から漏れる本音の弱音に、返す言葉が見つからない。
「拒絶されたら、俺は俺でいられなくなる。過ぎた望みは、人を壊す」
まるで自分を納得させる為のように、哉が呟く。
ゆっくりと流れる車の列。
ほんの少しの回り道。
哉が一人になる時間が、少しでも短くなるように。
「もういい。まっすぐ家に向かってくれ。明日はお前が迎えに来い」
そんな風に思いながら車を流していることに、哉も薄々気付いていたのだろう。篠田のおせっかいを、厭わずに受け入れて。
「分かりました」
ウインカーを出して、左の車線へ移りそれでももう少し回り道をする算段で篠田はマンションを目指してルートを変更した。
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