幸せのありか

神室さち

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OVER DAYS

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 少し待っていてくれと言い置いて、哉が古めかしい観音開きになった診療所のドアをくぐって、たっぷり十五分。
 さすがに待つには少々長く、一度車の中に戻ろうかと思った矢先に、ギイギイと遠慮なく軋みながら木製のドアが開かれた。


 先に哉が出てきて、その後からふわふわした長い髪の少女が付いてきた。さらに見送りらしき男女が二人。

 どう見てもまだ十代。一応後半か。哉の近くに誰か──異性がいることは薄々気付いていたものの、想定外に若い。いや、若すぎる。


 この存在はどうしたものかと思案する篠田をよそに、少女がその二人にお辞儀をして別れを告げているのを、哉が一度足を止めて待ち、彼女が再びこちらを向いたのを確認してやってくるのを見て、篠田は後部座席のドアをいつもよりやや慇懃な身振りで開けた。


 そんな篠田を一瞥して、何も言わず哉が乗り込む。その様子を見て自分も同じようにしていいのかと少女が戸惑うように篠田と哉、交互に視線を動かしているが、車の中の人物は全く気付いていないらしい。


「どうぞ」

 促した篠田にぺこんと頭を下げて、さりげなくスカートを気にしながら、哉の横に乗り込んだのを見て、ドアを閉める。車が出るまで見送るつもりらしい男女にも一礼をして、アイドリングを続けていた車の運転席に戻って車を発進させた。

 車に乗っても、哉は少女に顔を向けようとせず外を見たままだ。少女の方は知らないケージに入れられた小動物の様になにやら落ち着かない様子で微妙な緊張感を漂わせている。

 暫く説明を求めるような視線を哉に向けていたが、微動だにしない様子に諦めて視線をさ迷わせ、不意にバックミラー越しに視線が合ってしまい、あからさまにばっと逸らされた。しかしそれは不愉快なものではなく、むしろなにやら微笑ましい。

 診療所から哉の住むマンションまでなど、十分少々しかかからない。無言の空気ごと、車はあっと言う間に人間たちを目的地へ運んでしまった。普段どおりエントランス前に車を止めると、歩道側に座している少女がまたもや挙動不審だ。

 自分で降りるべきか、先ほどのように開けてもらうのを待つべきなのか。全くの初対面で部外者の篠田でさえ、彼女の疑問は手に取るように判るのに、視線で必死に問うているのに、哉は全く気付いていない。

 放っておいたら益々パニックを深めそうな少女の為に、篠田が降りてドアを開けてやると、それを見て慌てて車から降りて、礼を言いながら頭を下げてくれる。


「すいません、ありがとうございました」

「いえ」

 下げた頭を上げて、車から降りてくる哉を不思議そうに見ている。


「あの、仕事は?」

「キーを持っていないだろう。篠田、すぐ戻る」

「わかりました」

 送ってもらうのはここまでだと思っていたらしい。その質問にため息と一緒に答えて、彼女の返事を待たずにさっさとエントランスへ向かってしまう。

 その背中を見て、追おうとして止まって、篠田を振り返って少女が再びお辞儀をした。

「えっと、すいません。ご迷惑おかけしました」


 そう言って、少女が走って哉を追いかけていく。すぐに奥にその姿が消えてしまう。

 控えめで自己主張がないので目立たないが、すれ違った後、振り返ってしまうようなタイプ。



 どうしたものか。

 彼女は『誰』なのか。


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