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セカイデ イチバン
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しおりを挟む「……言葉は万能じゃない。外から取り入れた知識を説明する分には、そのまま伝えれば齟齬は生まれないけれど、自分の思いや考えを、心をそのまま全て伝えることは出来ないツールだ。百パーセント確実に思い通り伝える術を人間は持っていない。おそらく世界中、どんな言語を駆使してもそんなことは成し得ない。だから──」
「だから喋らないとか、極論過ぎます。言葉にしたら、思ってることと少し違う時もあるけど、それでも、やっぱり言葉が欲しい時って、いっぱいあるんですよ? 些細なことでも、一言あったら幸せになれることがたくさん」
「……」
哉の言うことにも一理ある。一理あるが、それが全てではない。と言うより、そんな風に考えて不確かな道具を使うくらいなら、どうやっても伝わらない部分があるのならば、別に言葉を使わなくてもいいではないかと言う極論的結論に至ってしまうその回路が理解不能なのだが、周りの情報を集約すると哉の場合、かなりの長期間、そんな状態だったのだろう。言わなくても察してくれる人がいたら、極端に口数が少なくなるのは仕様ともいえる哉の標準装備であり、無自覚の甘えだと言えるが、一体全体どうしてこうなったのか。
「言葉は、時々嘘になる。吐こうとして吐いた嘘もあれば、結果嘘になることもある。嘘を吐くくらいなら、それが元で誤解が生じて溝ができて近かったものが離れてしまうのなら言葉はいらない、と……思う」
「……大丈夫です。そう言う溝は埋めるのではなくて、そのときただ正直に、思ったまま言葉を重ねたらいいんです。被る所があってもいいんです。同じ事を一万回言っても通じなくても、一万一回目に通じることだってあるんですから。ゆっくり、たくさん、話がしたいです。うん、大丈夫です。私、ちゃんとわかりますよ? 氷川さんが言いたいこと、私なりにちゃんと。だから、心配しなくて大丈夫。私も、もっとちゃんとお話できるようにがんばります。会話がないのが当たり前になるなんて、すごく寂しかったんだって、今日やっと、ちゃんと分かったから」
最初はただの嫉妬で。けれど煮詰めて突き詰めれば、結論は簡単だ。結論は簡単だけれど、実行するのは難しいかもしれない。でも、始める前から諦めたら、きっといつか、取り返しのつかないようなことになるかもしれない。
それだけは絶対にイヤだから。
「……樹理が望むのなら」
「叶えてください。私も、がんばって我慢しないでちゃんと伝えます。だから、応えてください」
「わかった」
「そんな簡単に、いいんですか? もしかしたらものすごく、わがまま言うかもしれないのに」
「いや、樹理はむしろ……欲がなさすぎる」
哉の答えに樹理が上目遣いにくすくす笑う。
「じゃあ、どうして氷川さんがそんな風に、会話することをやめちゃったのか、教えてください」
「…………」
取って置きの悪戯を思いついたような顔で、改めてにっこりと笑う。
「っていうのは、また今度でいいです。ごめんなさい。実はちょっとだけ、氷川さんの昔のこと、琉伊さんにきいちゃったんです。でも、ちゃんと氷川さんからききたいんです。今じゃなくていいから。今は………あ、そうだ。絶対絶対、答えてくださいね?」
「…………」
「おかえりなさい」
何を言われるのかとほんの少し身構えようとした哉が、一瞬止まって、微笑には届かないくらい口元をほんの少し緩めて、その緩んだ口元からほんの少し息をつく。
そんなことか、と。
そして、そんなことさえ言われるまで言っていなかったのだと気付く。
「……ただいま」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
せかいでいちばん-----。
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