219 / 326
なつまつり
13 side哉
しおりを挟む樹理の手ごと掴んで、マサキほどのスピードでなくとも樹理よりも早くクレープを片付けていく哉を見て、マサキがぽんと手を打つ。
「なにが?」
「ほら、卒業文集とか作るでしょ? それにいろいろよくわかんないランキングがない? 代々の文集が図書館にあるらしいんだけど、氷川サンって同学年で一番怖い人差し置いて『怒ったら一番怖そうな人』ランキングでぶっちぎり一位だったんだって」
哉に手ごとひっぱられて不自然な体勢のまま、樹理が視線をそらす。
「……」
「思い当たる節があるとか?」
「……ノーコメントで」
「ってか、食べるの早ッ! 独り占めしてないでオレにも頂戴よ」
いつの間にか格段に減っている樹理のクレープに気付いたマサキが抗議の叫び声をあげる。残っているのは、樹理の口で約三口分ほどだが、マサキの一口分くらいだろう。手伝うと言う名目で分けてもらうにはギリギリ足らない。
「あの、そのくらいなら自分で食べられます」
あー……と口を開けたままのマサキの目の前で、哉に開放された樹理が最後のスパートと言わんばかりの勢いで残りを食べてしまう。
「そんなに食べたいならもう一つ買う……?」
「………樹理のほしかったのに……」
包み紙を丸めている小さい手を見て、名残惜しそうにあーあーとマサキが呻く。がっくり肩を落としてフラフラしていたくせに参道へ押し出したとたん、さっきまでの憔悴振りがウソみたいに、何かのいいニオイに誘われたのかぱっと顔を上げ、それ以前の元気さを取り戻してくるりと振り返ったその顔はご機嫌モードだ。
「樹理!! とうもろこし焼いてるよっ! バター醤油だって! なんかめちゃくちゃうまそうじゃない? ああでもソース系も捨てがたいなぁ やきそば、たこやき、お好み焼きー カラメル焼懐かしー 会社のみんなのお土産なににしようかなぁ」
その切り替えの早さにパチパチと睫を上下させている樹理と、表情の変わらない哉。動かない二人の後ろに回りこんで肩を押すように人ごみの参道へ放り込む。
「冷めてもおいしいものにしないと今日日(きょうび)の若者たちは舌がこえてるからなぁ」
「あの、じゃあワッフルは? 表の入り口の方にお店があって、中のクリームも色々選べるみたいだったから。私も、お母さんや友達のお土産にしようと思ってて」
忙しく視線をさまよわせて物色しているマサキをナナメに振り仰いだ樹理の提案に先ほどから目移りしまくっていたにもかかわらず何かひらめいたような顔で頷いている。
「ワッフルかぁ それでいいか。店どこ? 行こっ!」
「一番入り口のほうだったと思う」
目的が出来たら一直線。ぐいぐい手を引くマサキに掴まれた手とは反対の手を、まるでそうすることが当たり前のように樹理が哉に伸ばす。
その手をとって、三人連なって、けれど並列は出来ず、人ごみを縫うように体をナナメにしてすり抜けていく。然して長い距離があるわけでもなく、神社の敷地の入り口近くに他の店と同じ枠、前方三方に『ワッフル』と字抜きされた生地を垂らした店がすぐに目に付いた。
「樹理は何個買うの?」
「うーん、どうしようかな」
中々繁盛しているのか、数人の客待ちの後ろに並び、先に立つマサキが振り返る。
品書きは六種類。中に挟む餡やクリームの種類があり、目移りするのか人差し指を唇に当てて樹理が真剣な表情で悩んでいる。
「全部を二個ずつとかは? 十二個なら多すぎないし少なすぎないでしょ」
選びきれずに煮詰まってきた樹理に、マサキが苦笑して助け舟を出す。
「樹理、先に買っていいよ。オレ全種類十五個ずつ買うから」
「え?」
狭い露店で三人がクルクルと働いているおかげか、すぐに順番が来てマサキが当然のように樹理に順番を譲る。が、その口から出た注文数に樹理と、客の対応をしていた露天内の女性が異口同音で動きを止める。
「だって、みんなに買って帰らないとケンカするし。食べ物のことになるとお子様パワー全開なんだよ、オレんトコの社員。三年前のたこやきの恨みとかで未だにバトルだよ。一人二つは食べるだろうから最低そのくらいはないと食いっぱぐれていじけて仕事しないヤツがでるから……うがあ!!」
止まっている女性に樹理の注文分と自分の分を改めて通してジーンズのポケットから財布を出したマサキが意味不明の呻き声を上げ、そーっと哉の方へ窺うような視線を向ける。
「………お金貸して? 実家寄って誰かに借りなおして返すから」
0
お気に入りに追加
182
あなたにおすすめの小説


溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話
六剣
恋愛
社会人の鳳健吾(おおとりけんご)と高校生の鮫島凛香(さめじまりんか)はアパートのお隣同士だった。
兄貴気質であるケンゴはシングルマザーで常に働きに出ているリンカの母親に代わってよく彼女の面倒を見ていた。
リンカが中学生になった頃、ケンゴは海外に転勤してしまい、三年の月日が流れる。
三年ぶりに日本のアパートに戻って来たケンゴに対してリンカは、
「なんだ。帰ってきたんだ」
と、嫌悪な様子で接するのだった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」


社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる