203 / 326
華灯
17 side樹理
しおりを挟む青から紺、そして街並みにかすんだ遥か遠くにオレンジの残滓が消えて空が漆黒に染まる。このビルと同じくらい高いビルの角に、赤い光が瞬いている。
「きれい」
窓ガラスに額をくっつけんばかりに身を近づけて、樹理が眼下を見下ろしている。足がすくむほどの高さなのに、怖さよりも美しさのほうが勝る。
瀬崎が差し入れたものは案の定大半が残っている。
秘書室に持っていこうかと思案していたとき、控えめにドアがノックされ、鈴谷の声がする。
「失礼します」
どうぞと声をかけると、心持ち頭を下げるような姿勢で鈴谷が入ってきた。
「食後にアイスはいかがかなと思って。といっても、食堂の自販機で売ってる系列会社のなんですが。わりとおいしいんですよ」
右手にプラスティックのスプーン、左手にアイスのカップが二つ重ねて乗っている。
「ありがとうございます」
アイスの引力か。窓に張り付いていた樹理がいつの間にか鈴谷のところに行ってアイスを受け取っている。
「食べきれないんだが、そっちは?」
「あ、こっちも余ってるんですよ。よかったら持って帰ってください。今みんな部屋にはいないし。もうすぐ花火が始まるから、見える窓があるところに移動しちゃって」
「篠田も?」
「あ、そう言えば室長の姿はだいぶ前からないです。奥様がお見えみたいで」
それではと部屋を辞する鈴谷が、明かりないほうがきれいにみれますよとドアの横のスイッチを切ってくれた。一礼を残してドアを閉めた鈴谷を見送って、ならば篠田はさらに上の最上階かと天井をちらりと一瞥する。
「氷川さん、イチゴとチョコ……じゃなくてコーヒーですね、どっちがいいですか?」
スタンダードにバニラを選ばない辺りが鈴谷らしい。右手にピンク、左手に茶色のカップを持った樹理が近づいてくる。迷うことなく左手のカップを取る。
「そっちだと、花火が見えないと思うが?」
律儀に応接セットに座ってアイスを食べようとふたを開けている樹理に声をかけるのと同時に、窓の外が一瞬明るく光る。
「やっぱりな。花火は河口の方で上がるから、この部屋からだと窓際じゃないと見づらい」
立って食べるわけには行かないと思ったのだろう、律儀にアイスを置いて立とうとした樹理にそのまま持ってくるよう言って、執務用の肘掛がついた椅子を窓のほうへ回す。
「ありがとうございます」
アイスを持ってやってきて、素直に樹理が椅子に座る。その後ろで執務机に腰掛けて、アイスのふたを開けて、黙って右斜め下で瞬いて消えていく光を見下ろす。
「私、こんな風に花火を見下ろしたの初めてです」
0
お気に入りに追加
182
あなたにおすすめの小説

懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話
六剣
恋愛
社会人の鳳健吾(おおとりけんご)と高校生の鮫島凛香(さめじまりんか)はアパートのお隣同士だった。
兄貴気質であるケンゴはシングルマザーで常に働きに出ているリンカの母親に代わってよく彼女の面倒を見ていた。
リンカが中学生になった頃、ケンゴは海外に転勤してしまい、三年の月日が流れる。
三年ぶりに日本のアパートに戻って来たケンゴに対してリンカは、
「なんだ。帰ってきたんだ」
と、嫌悪な様子で接するのだった。

溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる