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華灯
13 side樹理
しおりを挟む「いや、よく入れましたね。一応入り口で招待券をだすか社員と一緒じゃないとダメなのに」
役員用のエレベータは、降りるのは自由なのでどの階にもドアはあるが、地下とロビーと役員専用階以外は途中十階刻みにしか乗り込めない。エレベータを止める為のカードスロットがないのだ。カードを差し込むのがボタンを押すのと同義だ。
社員用とは少し違う内装のエレベータ内で瀬崎が偽りなく感心した様子でつぶやく。
「地下に車で入ったんです」
「あああ。なるほど。で、あの人誰ですか?」
「え? 瀬崎さんはご存じないんですか? 氷川さんのお兄さんの奥様です……っていうか、だった人、って言うか」
「えっ? あの人がっ!?」
「ハイ」
「うわあ。実物は初めてです。噂はいろいろ聞いたことがありますよ。なんか炸裂してるって言うか。去年、夜中にヘリで乗り付ける騒動起こしてすごかったみたいですよ」
ヘリ。とは、ヘリコプターだろう。これだけ高いビルなら、屋上にヘリポートの一つや二つありそうだ。
「すごいなぁ 噂にたがわないって言うか。あの横柄なのが取り得みたいな三島部長がヘコヘコしてるのも初めて見ましたよ。あ、ココです」
エレベータを降りて廊下を少し歩き、大きなドアを開ける。
「まず秘書室があって、その向こうが副社長の執務室です」
説明しながら入った瀬崎に、どこいってたのと中から鈴谷が抗議する。
「もー! どこ行ってたんですか!! トラブルは何とか解決できました! さっき電話ありましたよ。たまたま室長がいてくれたからよかったけど、瀬崎さん勝手に抜けたのばれたらしかられますよ。副社長なんか、お祭り興味ないみたいだから、帰りたいのガマンしてるっぽかったのに……あれ?」
畳み掛けるようにそう言った鈴谷が、瀬崎の影に立っていた樹理に気づいて言葉を切り、瀬崎を見上げて表情だけで誰を連れてきたのかと問いかける。
「えーっと、こちらは僕と同じ副社長付きの秘書の鈴谷さん、奥にいるのが同じく増本さんです。で、こちらが……」
室内がよく見えるよう体をずらして、樹理に中の人間を紹介する。
「こんばんは。はじめまして、行野樹理です。お仕事中にすいません」
そして、瀬崎に紹介される前に自己紹介して頭を下げた樹理を、たっぷり三秒凝視して、鈴谷が叫びかけるのを後ろから増本が止める。
「こちらこそ初めまして。副社長の秘書をしております、増本でございます。お噂はかねがねそちらの瀬崎さんから聞いておりましたの。お会いできてうれしいですわ」
一分の隙もなく完璧にメイクされ、きっちりと塗られた口紅もつややかな唇を笑みの形に緩め、青いマスカラがついた目を細めて増本が歩み寄り、礼をする。
「あ、同じく秘書の鈴谷ですっ 初対面でこんなお願いするのはとっても失礼だとは思うんですけどっ その、写真、いいですか? えと、あの、一緒に」
地味なスーツのポケットから小さなデジカメを取り出し、じろりと増本ににらまれてもひるむことなく鈴谷がにこりと笑って首を傾げている。
「いい、ですけど。いつも持ってらっしゃるんですか? カメラ」
「ハイ。趣味で。あ、大丈夫ですよ、勝手にネットとかに載せたりはしませんから。すみません増本さん、シャッターお願いできますか? 押したら写ります」
お願いと言いながら、決定事項のように鈴谷は増本にデジカメを手渡す。
「ハイハイ。じゃあどうぞ、並んで。あ、ダメね、そこだと後ろにファイルが入るからドアの方行って。何枚取るの? 二枚でいい?」
言いながらシャッターを切っているのか、何度かフラッシュが瞬く。写した写真をすぐに確認して、うれしそうに笑いながら鈴谷が樹理と増本に礼を言っていると、奥のドアが突然開けられた。
「おや」
奥のドアから出てきた篠田がその場にいた樹理を見て立ち止まる。
「こんばんは。この間はありがとうございました」
「いえ。楽しんでいただけましたか?」
「はい、とても」
にっこりと笑う樹理につられたのか、篠田も少し笑う。
「奥へどうぞ。副社長、お客様です」
軽いノックをして、返事を聞いて篠田がドアを開けて樹理を促した。
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