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華灯
10 side樹理
しおりを挟む「ちょっとついてきて」
そう言って、エレベータの正面にすえられた受付カウンタへ向かう実冴にくっついて歩く。その中の三人の女性も普段の制服ではなく浴衣姿だ。何の迷いもない足取りでカウンタの前に立った実冴に端の一人が気づいて、ようこそとにっこり笑って迎えてくれる。
「副社長の氷川哉、呼んでくれる?」
何も置かれていないカウンタにひじをつけて体を寄りかけ、受付嬢に負けないくらいにっこり微笑んでそう告げる。言われた受付嬢が笑顔のまま固まった。その向こうにいる二人も、今何を言われたかわからないというような顔を向けている。
「ひ、か、わ、さ、い。知ってんでしょ、あなたも。呼んで」
「は……あの、どちら様で……あ、失礼ですがお名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」
「実冴様」
あごを上げて態度も声も上から落とすようにそう言う実冴に戸惑うような笑顔を貼り付けたまま、端の受付嬢が真ん中の一番年上らしい受付嬢に目配せしている。その彼女が何か思い出したような顔をしてどこかへ電話を掛けている。
「その、しばらくお待ちください」
待たせるのは受話器の向こうの人物らしい。繋がったままの受話器を実冴に差し出している。
「あら、お久しぶりね、三島部長。ご昇進おめでとう。お元気そうで何よりねぇ ええ、わかったわ。でもとっととこないといなくなっちゃうわよ」
笑いを含んだ語尾の余韻そのままに、受話器を受付嬢に返す。本当にすぐ、一分とかからずに電話の相手はロビーに現れた。
かなりさびしい感じの胡麻塩頭にトドのような体。エレベータのドアの向こうから、その巨体をねじ込むようにしながらでてきて、贅肉を揺らしながら、おそらく全速力で走っているのだろうが、いかんせんその体型のせいか、その動きはよたよた鈍い。その動きはまさに陸(おか)に上げられて芸を強要されている海獣さながらだ。
「こ、これはこれは、実冴様。いらっしゃいませ」
手をこすり合わせて低姿勢を装っているが、引きつった笑顔を張り付かせた顔にはどうやってアンタが入ってきたんだ、なんでここにいるのだと書いてある。ありありと。
「また少し体格がよろしくなったんじゃなくて? 苦労の種が消えて楽になったのかしら」
「いえいえ、こう見えてちょっとばかりやせましたよ。今日は花火ですか?」
「そ。ココから見るのが一番楽だからね。私らは今年は九階でいいんだけど、彼女は上にお願いできないかしら」
彼女、と言いながら、樹理の背中を押す。
「は? あの、失礼ですがこちらのお嬢様は……?」
腰を折っているせいか、なんとなく上目遣いで三島が樹理を見る。
「哉くんの彼女。樹理ちゃん」
さらっと言い放った実冴に、三島が口をあけたままぽかんと樹理を見ている。後ろで状況をちらちらと窺っていた受付嬢たちも唖然とした顔で見つめている。ただし、樹理も彼らに負けないくらいびっくりした顔をしていたが。
「ちょっとアンタたち。呆けてないで今度こそ上に連絡してよね」
「はっ はいっ! 少々お待ちくださいっ!!」
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