180 / 326
学園☆天国
31 side樹理
しおりを挟む「よかったぁ でてきたっ」
部室の戸を開けると、制服姿のリナちゃんと翠ちゃんが待ち構えていて、私の後に出てきた夏清ちゃんの腕をつかんでぐいぐいひっぱっていく。
「あ、リナちゃん、ハンカチありがと……」
「そんなことよりっ! 二時半から業者が撤収作業始めちゃってるから早く早くっ」
「えええええっ!? もうそんな時間!? うわあ、ホントだ」
夏清ちゃんが慌ててポケットから携帯電話を取り出して、時間を見て悲鳴を上げる。
「先生! すぐ着替えてくるからヤクザの銅像の前にいてね!!」
そう言って、夏清ちゃんが二人と一緒に走り去る。
そのあと、琉伊さんと柾虎君に引きずられるように去っていくユリさんを見送って腕時計を見たら、もう二時四十五分を過ぎている。
各模擬店の終了時間は午後二時半。その時間から三時までの間に自分の教室にいる担任に在籍報告をして、用がなければ帰宅と言うのが、文化祭の日の通例。朝の点呼と帰りの点呼でいたらいいのだ、要するに。
「昇降口までご一緒していいですか?」
三人が走り去った方向へ歩を進めようとしている氷川さんにそう言って、ちょっと離れた距離を小走りに縮める。
「氷川さん、すごいですね。さっきの。カッコよかったです。私のおばあちゃんの茶道具とかあるんですけど、借りてきたらおうちでも飲めますか? 氷川さんが点てたお茶、私も飲んでみたいです」
ナナメ後ろから首を前と左に四十五度くらい傾けて氷川さんの顔を見上げる。
「さっきいただいたお薄、すごくおいしかったんですけど『小山園』の『妙風の昔』って、普通に買えるんですか? 家元の御好の銘柄はさすがに普通のスーパーには置いてないですよね……普通のでもいいかなぁ」
昔、お菓子を作るのに買ったことはあるけど……普通に飲むお茶だって、銘柄やメーカーで全然味が変わってくるんだから、きっと今日頂いたお茶は最上級のものだろう。
うーんと悩んでいると、ちらりと視線がこちらに。左側しか見えないけれど、口角がほんの少しだけ上へ。
「お道具の方は、お母さんに頼んでみます。お茶も探しますね。揃ったらお願いします。すごく楽しみ」
その時を想像したら、とても幸せな気分になって、自然に笑ってしまう。顔を向けたらすぐにすいっと正面に戻る視線。指先が指先を掠めて、また手を繋ぐのかと思ったら、そのままするりと離れる。あれ? と顔を見ていたら、視線が一瞬反対側の井名里さんをみて、正面へ。あ、今のはもしかして無意識? 井名里さんがいたからやめた? 柾虎君がいたときはヘイキそう……というより、むしろ積極的というか、強引だったのに。これはもしかして。
「……っく」
「……ふふっ」
思い至って、思わず小さく噴出したら、同じようなニュアンスを含んだ短い笑い声。私とほぼ同時に気づいたらしい井名里さんが、精一杯笑うのを堪えるような、でもどう見てもひくひくひきつってるけど笑ってる顔で、氷川さんと私を見下ろしている。なんだか、誰も氷川さんの表情の変化が分からないって言うから私だけかもとか思ってたけど、さすが、さっきのお手前で言葉もなく動きが重なるくらいの間柄。そんなのはわかっちゃうのか。
上からと下からの視線に挟まれた氷川さんが。
どちらに目をそらすことも出来ずに何度か瞬きをして、なんの前動作もなく立ち止まって目を閉じ、ふうっと息を付いた。歩いていた勢いで、私が半歩井名里さんが一歩半ほど先んじたところで止まる。
右向け右の角度で振り返ると、右手を口元へ、視線を私、井名里さんと動かして右下へ。珍しくよく動く、日本人にしては少し色素の薄い瞳。その目元が、よく見るとちょっと朱鷺色。この表情は、もしかしなくても。
なんだかもう、見ているとこっちの方が恥ずかしくなるような、そんな気分。
「顔、赤いぞ」
そう言われて、ばっと頬に手をやると、耳まで熱い。いつの間に。
「あ、こっちもか」
ええええ。私は井名里さんを振り向かなければばれなかったと言う事なのかしら。
「ふうん、そういうことか。さっきのガキとの突っ張り合いと言い……哉がこんな分かりやすいの初めてだ。抹茶なら、さっき扇子やら買った店にあるんじゃないか? 無くても取り寄せてくれるだろ。ま、俺は先行く。勝手にやってくれ」
もう誤魔化す事もなくニヤニヤ笑って、言うなり井名里さんがくるりときびすを返して、背中を向けて去っていく。
昇降口の方へ繋がる角を曲がって、その姿が消えた。
ぽかーんとそっちを見ていたら、急に氷川さんが目の前に。と言うか、こちらももう背中。だけど。
ひらりとまるで見えているように私の右手をその左手が捉えて。
ゆっくりと時間をかけるように、ゆったりとした歩幅で。
しっかりと指を絡めるように、ぎゅっと握り返すと、当たり前って答えのように、更に強く。
すぐに隣に並んで、いつもの角度で見上げても、すいっとその顔が反対側の斜め上を向いてしまって、見えたのは頬と顎のラインだけだった。
0
お気に入りに追加
181
あなたにおすすめの小説
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。
【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語
ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ……
リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。
⭐︎2023.4.24完結⭐︎
※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。
→2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)
【実話】高1の夏休み、海の家のアルバイトはイケメンパラダイスでした☆
Rua*°
恋愛
高校1年の夏休みに、友達の彼氏の紹介で、海の家でアルバイトをすることになった筆者の実話体験談を、当時の日記を見返しながら事細かに綴っています。
高校生活では、『特別進学コースの選抜クラス』で、毎日勉強の日々で、クラスにイケメンもひとりもいない状態。ハイスペックイケメン好きの私は、これではモチベーションを保てなかった。
つまらなすぎる毎日から脱却を図り、部活動ではバスケ部マネージャーになってみたが、意地悪な先輩と反りが合わず、夏休み前に退部することに。
夏休みこそは、楽しく、イケメンに囲まれた、充実した高校生ライフを送ろう!そう誓った筆者は、海の家でバイトをする事に。
そこには女子は私1人。逆ハーレム状態。高校のミスターコンテスト優勝者のイケメンくんや、サーフ雑誌に載ってるイケメンくん、中学時代の憧れの男子と過ごしたひと夏の思い出を綴ります…。
バスケ部時代のお話はコチラ⬇
◇【実話】高1バスケ部マネ時代、個性的イケメンキャプテンにストーキングされたり集団で囲まれたり色々あったけどやっぱり退部を選択しました◇
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる