幸せのありか

神室さち

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学園☆天国

31 side樹理

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「よかったぁ でてきたっ」

 部室の戸を開けると、制服姿のリナちゃんと翠ちゃんが待ち構えていて、私の後に出てきた夏清ちゃんの腕をつかんでぐいぐいひっぱっていく。

「あ、リナちゃん、ハンカチありがと……」

「そんなことよりっ! 二時半から業者が撤収作業始めちゃってるから早く早くっ」

「えええええっ!? もうそんな時間!? うわあ、ホントだ」

 夏清ちゃんが慌ててポケットから携帯電話を取り出して、時間を見て悲鳴を上げる。

「先生! すぐ着替えてくるからヤクザの銅像の前にいてね!!」


 そう言って、夏清ちゃんが二人と一緒に走り去る。

 そのあと、琉伊さんと柾虎君に引きずられるように去っていくユリさんを見送って腕時計を見たら、もう二時四十五分を過ぎている。

 各模擬店の終了時間は午後二時半。その時間から三時までの間に自分の教室にいる担任に在籍報告をして、用がなければ帰宅と言うのが、文化祭の日の通例。朝の点呼と帰りの点呼でいたらいいのだ、要するに。


「昇降口までご一緒していいですか?」

 三人が走り去った方向へ歩を進めようとしている氷川さんにそう言って、ちょっと離れた距離を小走りに縮める。

「氷川さん、すごいですね。さっきの。カッコよかったです。私のおばあちゃんの茶道具とかあるんですけど、借りてきたらおうちでも飲めますか? 氷川さんが点てたお茶、私も飲んでみたいです」

 ナナメ後ろから首を前と左に四十五度くらい傾けて氷川さんの顔を見上げる。

「さっきいただいたお薄、すごくおいしかったんですけど『小山園』の『妙風の昔』って、普通に買えるんですか? 家元の御好の銘柄はさすがに普通のスーパーには置いてないですよね……普通のでもいいかなぁ」

 昔、お菓子を作るのに買ったことはあるけど……普通に飲むお茶だって、銘柄やメーカーで全然味が変わってくるんだから、きっと今日頂いたお茶は最上級のものだろう。


 うーんと悩んでいると、ちらりと視線がこちらに。左側しか見えないけれど、口角がほんの少しだけ上へ。

「お道具の方は、お母さんに頼んでみます。お茶も探しますね。揃ったらお願いします。すごく楽しみ」

 その時を想像したら、とても幸せな気分になって、自然に笑ってしまう。顔を向けたらすぐにすいっと正面に戻る視線。指先が指先を掠めて、また手を繋ぐのかと思ったら、そのままするりと離れる。あれ? と顔を見ていたら、視線が一瞬反対側の井名里さんをみて、正面へ。あ、今のはもしかして無意識? 井名里さんがいたからやめた? 柾虎君がいたときはヘイキそう……というより、むしろ積極的というか、強引だったのに。これはもしかして。


「……っく」

「……ふふっ」


 思い至って、思わず小さく噴出したら、同じようなニュアンスを含んだ短い笑い声。私とほぼ同時に気づいたらしい井名里さんが、精一杯笑うのを堪えるような、でもどう見てもひくひくひきつってるけど笑ってる顔で、氷川さんと私を見下ろしている。なんだか、誰も氷川さんの表情の変化が分からないって言うから私だけかもとか思ってたけど、さすが、さっきのお手前で言葉もなく動きが重なるくらいの間柄。そんなのはわかっちゃうのか。


 上からと下からの視線に挟まれた氷川さんが。

 どちらに目をそらすことも出来ずに何度か瞬きをして、なんの前動作もなく立ち止まって目を閉じ、ふうっと息を付いた。歩いていた勢いで、私が半歩井名里さんが一歩半ほど先んじたところで止まる。

 右向け右の角度で振り返ると、右手を口元へ、視線を私、井名里さんと動かして右下へ。珍しくよく動く、日本人にしては少し色素の薄い瞳。その目元が、よく見るとちょっと朱鷺色。この表情は、もしかしなくても。


 なんだかもう、見ているとこっちの方が恥ずかしくなるような、そんな気分。


「顔、赤いぞ」

 そう言われて、ばっと頬に手をやると、耳まで熱い。いつの間に。

「あ、こっちもか」

 ええええ。私は井名里さんを振り向かなければばれなかったと言う事なのかしら。


「ふうん、そういうことか。さっきのガキとの突っ張り合いと言い……哉がこんな分かりやすいの初めてだ。抹茶なら、さっき扇子やら買った店にあるんじゃないか? 無くても取り寄せてくれるだろ。ま、俺は先行く。勝手にやってくれ」


 もう誤魔化す事もなくニヤニヤ笑って、言うなり井名里さんがくるりときびすを返して、背中を向けて去っていく。


 昇降口の方へ繋がる角を曲がって、その姿が消えた。


 ぽかーんとそっちを見ていたら、急に氷川さんが目の前に。と言うか、こちらももう背中。だけど。

 ひらりとまるで見えているように私の右手をその左手が捉えて。

 ゆっくりと時間をかけるように、ゆったりとした歩幅で。

 しっかりと指を絡めるように、ぎゅっと握り返すと、当たり前って答えのように、更に強く。



 すぐに隣に並んで、いつもの角度で見上げても、すいっとその顔が反対側の斜め上を向いてしまって、見えたのは頬と顎のラインだけだった。


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