幸せのありか

神室さち

文字の大きさ
上 下
173 / 326
学園☆天国

24 side琉伊

しおりを挟む
 
 
 
 イヤイヤ言ってたのに、ユリは正客をそれなりにこなしてしまった。常識がなくて性格が微妙で、男癖が悪くて脳みそがハンパなく腐ってるけど、なんだかんだで本番に強いんだよね、この子は。

 逆にかわいそうだったのは夏清ちゃんだけど、最初こそガッチガチに緊張してたみたいでぎこちなかったけど、途中から吹っ切れたのか、何か放棄した感じで、逆に動きがスムーズになって、最後にはすごく場慣れした空気すらかもし出していた。さすが、井名里さんの隣にいるだけのことはあると言うか。順応性の高い子だな。


 順々に拝見のお道具が回されてくる間も、ユリが今日の亭主を務めてお茶を点てていた私たちの師匠や、半東(はんどう)を勤めてくださっているそのまた大師匠と、嫌味のない会話を続けている。その常識的な会話を日常にもしてほしいわ。いつもいつも周囲にはばかるような話ばっかりしてないで。


 型どおり、私のところまでお道具が回り、それを半東が引いてくれる。お客様として招いているはずの、師匠のまた大師匠が半東をしてるのは先にユリが電話していたからだろう。下町の軒先に出された縁台で碁を打っていそうな小粋なおじいちゃんっぽい外見だけれど、関東では名の知れた茶人がこの場にいるのはさすがに少し緊張する。


「今日は本当に懐かしい方々がお見えで、大変楽しませていただきましたよ」

 一連の茶事が終わったのを見計らったように、それまでより少し砕けた口調で半東を務めていた大師匠がユリに話しかける。

「私も含めていただけますの?」

「もちろんですよ。先ほども、あの騒動からもう十年以上も経ったんですねぇって話していたんですよ」

 大師匠が、師匠と顔を見合わせて楽しい過去を思い出すような微笑を湛えている。古きよき記憶……などではないのだけれど、私にとっては。


「よろしければ、氷川君の点てたお茶をまたいただきたいんだが、お願いできるかな」

「私もお相伴させていただきたいわ。お話を聞くだけで、お会いするのは初めてですわねぇ あの折はありがとう」

 大師匠の要望に、師匠も追従。大体予想はしていたけれど、やっぱりか。


「僕は構いません。お時間が許されるなら点てさせていただきます」

 ええええええ? 点てちゃうの? ほんとに? 正座をしてもぴんと伸びた背中。身長は高い方ではないけれど……ぶっちゃけ私とそんなに変わらないけれど──立ってるときとかヘタしたらヒールの分私の方が若干アレだけど──まあ、すぐそこに井名里さんがいると、かなりちっちゃく見えるんだけど姿勢がいいからそれなりの存在感が哉にはある。


 すっと両手をついて礼。頭ではなく、体が覚えている動作で。それを見た二人の老人が、いそいそと自分たちのお茶のおしまいをする。それを見届けて、三十分近くじっと正座をしていたとは思えないくらい滑らかに立ち上がる。つくづく無駄がない。

 哉がすいっと視線を井名里さんに。それだけで哉が何を言いたいのか分かったらしく、ハイハイと言いながら彼も立ち上がった。

「別に今回は妹でもいいだろう、半東なんてあの時やっただけだぞ」

「私はまだ一度もそんな大役承ったことがありませんので、謹んでお譲りします。前は物陰からコソコソ見ていたので、今日はここで見させて頂きます」


 こちらは座ったまま、言われっぱなしは悔しいのでとりあえずの笑顔で応酬。そんなことを言っても、哉も井名里さんも誰かに代わるつもりなどないはずだ。お互いの背中はお互いが守るみたいな空気が今もしっかりある。しかし、哉はともかく井名里さんは気づいてるはずなのだから、そう言う空気がユリを狂わせるってことに。逆に煽って面白がってるのかしらあの人は。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

現在の政略結婚

詩織
恋愛
断れない政略結婚!?なんで私なの?そういう疑問も虚しくあっという間に結婚! 愛も何もないのに、こんな結婚生活続くんだろうか?

長い片思い

詩織
恋愛
大好きな上司が結婚。 もう私の想いは届かない。 だから私は…

冷たい外科医の心を溶かしたのは

みずほ
恋愛
冷たい外科医と天然万年脳内お花畑ちゃんの、年齢差ラブコメです。 《あらすじ》 都心の二次救急病院で外科医師として働く永崎彰人。夜間当直中、急アルとして診た患者が突然自分の妹だと名乗り、まさかの波乱しかない同居生活がスタート。悠々自適な30代独身ライフに割り込んできた、自称妹に振り回される日々。 アホ女相手に恋愛なんて絶対したくない冷たい外科医vsネジが2、3本吹っ飛んだ自己肯定感の塊、タフなポジティブガール。 ラブよりもコメディ寄りかもしれません。ずっとドタバタしてます。 元々ベリカに掲載していました。 昔書いた作品でツッコミどころ満載のお話ですが、サクッと読めるので何かの片手間にお読み頂ければ幸いです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...