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第二章 恋におちたら
74 side哉
しおりを挟む白いご飯と味噌汁。サバの煮付けにごぼうサラダ、たまねぎとサトイモの炊き合わせの上にはさやえんどう。
いただきますと箸を運び始めてすぐ、インターフォンが来客を告げる。今日はやけに客が多いなと哉が受話器を上げて、モニタの中の老人の姿を見て二秒くらい固まった。
「上がっても良いかのう。イヤだと言われてもほれ、これがあるぞ? 返してほしくないか?」
にこにこと上機嫌な様子でカードキーをヒラヒラさせている小柄な老人に、頷いてエントランスの鍵を開ける。
「え? お客様ですか? わ、どうしよう、ちょっと片付けましょうか?」
樹理に言われて考える。そのままでもいいが、簡単に追い返せる相手ではない。何せ自分より六十年近く多く生きている人物だ。一筋縄どころか、縄が五・六本あってもどうこうできるとは思えない。だが、そんなに長居していただくつもりもない。
「いや、そのままで。長くなりそうなら片付けて」
やがて玄関のチャイムが鳴り、呵々(かか)と笑いながら老人が家に上がってきた。
「ハコモノだがなかなかどうして、良い住まいだの。おお、いいにおいがする。晩飯の最中だったか。良いサバだのう、うまそうだのう」
案内されていないダイニングに勝手に入り込んで舌なめずりをせんばかりの表情でテーブルに並んだ皿を見ている。
「そう言えばワシもなにやら腹が減ってきたのう……」
ここまで言われたら、追い返すわけにも行かなくなる。
「……あの、良ければ召し上がりますか?」
「ありがたいのぅ いや、悪いな。催促したみたいだの」
みたいじゃなくてしているのだ。その自覚があってなお、飄々とそんなことをいえる口なら何でも食べるだろう。
「ほれ、哉。せっかくの料理が冷めてしまうではないか。頂こうぞ、座れ」
テーブルにもう一人分の食事が並べられると、さっさと椅子について立ったままの哉を促している。もともと食事を中断させられたのは老人の襲来が原因なのに、これではどちらが家主なのかわからない。
しぶしぶ哉が椅子につくと同時に、老人が合掌して猛烈な勢いで食べ始める。
「あの、もう少しゆっくり食べないと、体に悪いんじゃないですか?」
「なに。慣れじゃ。気にするな。しかしうまいのう。ウチの小夜子さんは美人なんだが料理はからきしでなぁ 料理長から厨房出入り禁止になってのう。このサバのお代わりはあるのか?」
「……あ、あります」
樹理の返事に満足そうに頷いて、老人が食べ進める。
「小夜子さんってどなたですか?」
「この人の連れ合いだ。五人目かな」
美味い美味いと言いながら箸を進める老人の横でひそひそと聞いた樹理に哉が応える。そう、確か五人目。それまでの四人いずれの妻とも死別していて、送る度にもう嫁などもらわないと言うのだが、半年もしないうちに新しい妻を娶ってしまうのだ。
小夜子はまだ五十代なので、さすがに多分、もう次はないだろうけれど。
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