幸せのありか

神室さち

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第二章 恋におちたら

65 side哉

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 マンションの部屋に帰ってすぐ、インターフォンがエントランスからの来客を伝えて鳴り響く。


 哉が少しだけ苦笑いをしながら受話器に向かい、短い応答のあと切れた。

「あの、お客様ですか?」

「ああ」

「何かお出ししましょうか? って言っても、コーヒーはないんですけど」


 家では哉はほとんど日本茶だ。樹理は時々ティーパックの紅茶を飲んでいるようだが。

「いつものお茶か紅茶……どっちにしましょうか?」

「いつものでいいだろ」

「わかりました」


 樹理が言い終わるのとほぼ同時に、今度はドアフォンが鳴る。ハイハイと言った風で哉が立ち上がり、玄関を開けに向かう。


「居留守ですか!? まだ五日目なのに居留守使っちゃいますか!? 俺のことなんてもうどうでもいいってことですかっ!?」

 翠の言い方を借りるなら、どうでもいいってことだなと思いながら、入ってくるなりめそめそし始める瀬崎をリビングに通す。


「居留守じゃない。さっき帰ってきたんだ」

「えええ。俺、ずーっとエントランスにいたのに。あ、駐車場かっ ああ、ホントに今日はなんか服装が違う。うわあ、すいません疑ったりして」

「いや。で、今日の用件は?」



「あ、ハイ、あっああっ!」


 来客用と哉の湯飲みを載せた盆を持ってやってきた樹理を見て、瀬崎がまた大きな声を上げて立ち上がった。


「いいから、座れ」

「どうぞ?」

「は、どうもっ」


 立った勢いと同じくらいの慌てぶりで席に再び着き、茶を置いて去っていく樹理を体をひねらせて見送っている。


「で」


 哉がわざと音を立てて湯飲みを置いて、ギリギリ限界まで巻いたように後ろを見ている瀬崎を呼び戻す。

「今日はなんだ?」

「はっ!? え? あっ! こちらですっ」

 びょんっと巻き戻って、抱えてきたビジネスバッグから付箋がじゃらじゃらとついた分厚いファイルを引っ張り出す。


「この契約、こんな感じでいいか確認お願いします。こっちの書類は中国の工場の分。国内はこちらです。それからこの工作マシンの部品の中国へ向けての輸出の件と輸出規制品目の一覧です」

 次から次へとよくまあ詰め込んできたなとあきれるくらいの書類が出てくる。

「はぁ 俺としては早く副社長に来てもらってこんな手間省きたいんですけど」

「うるさい。大体こっちは辞めた身だ。くるから仕方なく手伝ってるだけなのに文句を言うな」


「うそだぁ コレ絶対全部副社長の仕事だし。代わりに隅々まで読んで不明瞭なトコにちゃんと付箋つけて赤ペン引いてる俺の尽力、労ってくださいよ」

 添削よろしく真っ赤になっている書類を取り上げて瀬崎が力説する。


「下読みは当たり前の仕事だろう。労う必要はあるのか?」

「いや、それじゃなくてここまでの道のりとか」

「社のハイヤー使ってるやつが言うか?」

「うわ。バレてるし。あ、そう言えば篠田室長から連絡入りました。もう少しだからなんとかやれって。あれってもう少しで戻るって事なんでしょうか?」


「さあ? こっちには何の連絡もないが?」

「ええー じゃあ違うのかなぁ あー お茶がおいしー ここ、いつも水しかでなかったからなぁ それも水道水。いくら東京の水道水がおいしくなったって言っても切ないっすよ、水道水」

 お茶を一気に飲んで一息つき、瀬崎がいやみったらしく水道水を連呼する。


「いやならいいぞ、何も出さない」

「あ、ウェルカム水道水。もうなんでもいいっす、飲めるなら。この紙プラス、ミネラルウォーターとか、考えるだけで重いし」

「お代わり淹れましょうか?」

「いただきますっ!!」

 リビングとキッチンはダイニングテーブルを挟んでいるとはいえ、カウンター越しに見える。つまり声も聞こえる。なんだか妙なテンションの瀬崎に少し笑いながら樹理が新しいお茶を入れた湯飲みを載せた盆を手にやってきた。


「ありがとうございます」

 瀬崎と哉の湯飲みを新しいものに替え、ごゆっくりと言い残して樹理が去っていく。


「ええっと、あの、彼女、誰っすか? 昨日までいなかったですよね?」

「知ってるくせに聞くな。今日も俺のほかには誰も見なかったことにしておけ。下手に報告したらまた厄介ごと押し付けられるぞ」

「うへえ。でもこれ以上ってアリなのかな」



 先ほどより少し熱いお茶をすすりながら、瀬崎が一人ごちた。



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