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第二章 恋におちたら
61 side樹理
しおりを挟む「おーねーぇーさぁまー!!!」
ガラスのドアを開けるとひと目で泣いていたとわかるくらい眼の周りを真っ赤に腫らした真里菜が予想通り自分も学校を放り出して待ち構えていて、突撃隊長よろしく突っ込んでくる。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ 私たち中で待ってたら良かったのにっ そしたらこんなことならなかったのにっ ほんとのホントにごめっ」
「リナちゃん、そんな風に思わないで? 私、リナちゃんと翠ちゃんがいてくれて本当に助かってたのよ? ほら、髪だって直るように考えてくれたし。そう言うの、とってもうれしいよ? ね? もう泣かないで」
「ダメ。絶対ダメ。髪は女の子の命だもん。ボクも細いネコっ毛だからわかるもん。手入れとかすごい大変だもん。すぐ枝毛できるし、切れるし。お姉さまくらい伸ばすの、ちまちま切りながらだとすっごい時間かかるの知ってるもん。それをこんな風にする権利、あの女になんかないよっ エクステで隠せても、また元通りになるまで何年かかるかわかんないじゃん」
樹理にしがみついて泣いている真里菜の後ろから翠が、やっぱり泣きながらやってきて樹理の髪の毛先を触る。
「もう、めちゃくちゃ悔しい。コテンパンにのしてやろうかしらあの女っ!」
「合気道有段のリナに本気でやられたらさすがにヤバいかもだからやめてね」
紅茶のカップとポットを盆に載せて、未来が店の奥から出てくる。
「こんにちは。君が樹理ちゃん? 僕は緒方未来です。ここは僕の店。ちなみに都織の兄だよ。片方だけど」
にこにこ笑いながらいつの間にか勝手に哉が座っているテーブルにカップを並べてお茶を淹れている。
「びっくりしたよ。昨日この二人が泣きながら店に来て用件も言わずにまた盛大にわんわん泣いてくれて。君の事聞き出すまで小一時間かかったよ」
どうぞと促されて、哉の右隣の席に着く。机の上には四客のティーセットがあり、まだ鼻を鳴らしながら泣いている二人も席に着いた。
「早速なんだけど、二人から聞いてこんなのかなって用意してたエクステあわせていいかな? あ、気にしないで飲んでて」
「あ、ハイ。よろしくお願いします」
そばにあったワゴンから子供の小指ほどの太さに束ねられた色、太さ、波打ち方の違う様々な種類の髪の房が一列についたものを取り出し、樹理のうしろからあてている。
「んー……やっぱりちょっとちがうなぁ。一週間くらいかかるけど、同じ質の付け毛作ってもらおうか? 何本かサンプルもらったら発注するよ」
どうする? と未来が哉に顔を向ける。小さく頷いたのを見て明るい声で未来が決定してしまう。
「よし、じゃあちょっと目立たないようにセットしようか、樹理ちゃんこっちに来てくれる? 真木野さーん、いいとこ来た。手伝ってー」
慌てて返事をした樹理を待たずに未来がすたすた店の奥に行って、出勤直後のスタッフを捕まえて何か指示している。樹理は半分以上残っている紅茶のカップを置いて慌てて未来を追った。
カット用のいすに座って、淡いブルーのケープをかけられる。
「分け目を少し変えて切られた部分は耳の後ろに流してピンで留めたらほとんどわからなくなると思うよ」
言いながらスプレーで水を吹き、上の髪をクリップで留めて短い部分にワックスをつけて後ろに流し、ピンで留める。再び上の髪を戻して、前髪との分け目でいくつかピンをとめて逆の流れを作り、耳のあたりをカバーすれば不恰好に短くなった部分は全く気にならなくなった。
「毛先整えるのは次にしようか。前髪だけ少し切っとく?」
「ハイ、お願いします」
「もうずっと長いの? 髪」
「小さい頃から長かったです。小学四年のときに一度ショートカットにしてみて。短かったのはそのときくらいでそれから伸ばしてます。やっぱり短いと似合わなくて」
「そうだねぇ この髪質だと短いとセットしにくいよね」
「それはもう。毎日バクハツしてました。縛ってまとめられるくらいになるまでもう大変で。人からも長いほうが似合うって言われたし」
「あはははは。それって男の子に? 同級生? あ、その顔は年上だ」
楽しそうに笑う未来を鏡越しに見ると、一緒に映る自分の顔もちょっとだけ赤くなっている。
「それは氷川君には言わないほうがいいかもしれないなぁ」
前髪をはさんだ左手が器用に動いて、梳きバサミがそれを追ってジャキジャキと前髪をカットしていく。
「恋する男はみんな独占欲の固まりだからね。あの氷川君だって例外にあらず。っていうか、彼みたいのは人一倍って感じだねー ハイできたっ 申し訳ないけど来週中はこのヘアスタイルで。エクステつけちゃえばそれからはもうどんな髪型にしてもわからなくなるよ」
「はい……アリガトウございます」
「ドウいたしまして」
複雑そうな顔をしながら礼を言う樹理に、ばさりとケープをはずして、未来が鏡越しに笑って応えた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
さり気に都織と未来の関係が明かされる回。
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