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第二章 恋におちたら
59 side哉
しおりを挟む今まで本当に藤原呉緒のことなど気にも留めていなかったのだから仕方ないこととは言え、こんなことになってから遅いのだが、思い出したのだ。今年の新年の出来事を。あの時はまだ哉はまだそこまで注目されていなかった。事業の建て直しは始めたばかりで、成功するか失敗するか回りは遠巻きに見ているだけだった。
ほとんどの出席者は妻を連れてきている中で、派手な振袖をきた外国人コンパニオンがいるとは思っていたのだ。全く彼女に興味のなかった哉は、彼女が藤原頭取の娘だと言うことさえ意に留めていなかった。
しかし、まだ高校生で、しかも樹理と同学年とは。彼女はもっと年上だと思っていたのだ。少なくとも二十歳以下には見えなかった。
その後、十分くらい藤原に他愛のない話を振られて適当に応えていた。その間、彼女は哉の隣でにこにこと笑い、さりげなく腕に触れたりしていた。ボディタッチは親密さを表現するのに一番いい行動だ。そのためか、後から来る人々に「若い人同士はいい」とか「なかなかお似合いで」など声をかけられたのを覚えている。
べたべたと触られるのは気持ち悪いし、外国製なのか慣れない香水か化粧品のにおいが鼻についた。しなしなと体をくねらせてこびるような流し目を送られ、どうやって逃げようか思案していた哉に、少し遅れてやってきた政治家に挨拶をと篠田が呼びにきてくれたのだが、今考えるとあれは藤原親子を引き離す口実だったのだろう。
惣菜を買って来た袋に戻して冷蔵庫に突っ込んだ後、どうしたものかと考えていたら家の電話が鳴り出した。
『もしもし? 氷川さんですか? 行野です。樹理の母の。私も仕事をしていて今さっき帰ってきて……留守電に学校から電話が入ってて、先生に電話をしたら樹理が学校で……なにかその、少し前からいじめに遭ってたって……今日……髪を切られたとか聞いて……あの、樹理は? 携帯電話にかけても繋がらなくて。もう帰ってますか?』
「少し前に帰ってきて、今さっき寝ました」
「……寝た?」
「ええ、ぼーっとしながら帰ってきて、様子がおかしいので聞いたら……聞いても言おうとしなかったんですが……左耳の辺りをざっくりと切られています。カッターか何かだったみたいで、耳にもかすったらしくて切れていないものの少し赤い痕が。あと何センチかずれていたら……」
樹理は髪のことで頭がいっぱいだったのか、耳の痕には気づいていない様子だったが、もう少しずれていたら顔も切れていたかもしれない。
全部言わなくてもわかったらしく、受話器の向こうで樹理の母が息を飲む音が聞こえた。
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