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第二章 恋におちたら
56 side樹理
しおりを挟むたった三日間、それだけでも針の筵の上にいるのはつらい。移動教室が変更になったことも教えてもらえないし、体育の授業の後は制服の裏にチョークの粉がはたかれていたり、教科書やノートが切られていたりするのだ。そして今週二回目の体育のあと、とうとう。
「キー!! インケンっ! ムーカーツークッー!!」
「どうどうどう」
放課後の被服室で鼻息も荒く歩き回る真里菜と、馬でもなだめるかのように声をかける翠、そしてジャージ姿でちくちく針を動かしている樹理。
女子高だからか、クラブ室はあっても更衣室はない。体育の授業の着替えは全て教室でする。そしてその体育が終わって教室に戻るとスカートのひだの部分が何箇所か五センチばかりざっくりと切られていた。
「まあ、えっと、見えないところだったし、先生が端かがり用のピケを貸してくださったから大丈夫だよ?」
「なんでそんなのほほんと!」
「……だって、それこそうろたえたら思う壺よ? そのうち飽きるわ」
「だんだんエスカレートしてきてるじゃん!! ヤツらが飽きる前にお姉さまきっと上から落ちてきた植木鉢とかに頭カチ割られるからっ!」
「うわー その意見賛成。階段から突き落とされるもありかな。トイレで上から水が降ってくるとか、そう言う段階を経て」
落ち着かなくウロウロしている真里菜が、やられる前に何か罠にはめる方法がないかとぶつぶつ物騒なことをつぶやいている。
「………まさかそんな。二人にお願いなんだけど、明日から体育のとき服とかいろいろ預かっててもらえたらうれしいんだけど」
「お安い御用!! ってか何で気づかなかったんだろう、私のバカー」
そのままカベに額を打ち付けそうなジェスチャーをしながら真里菜が叫んでいる。翠にだけ縫えたので着替えてくると伝えて準備室で着替えて、まだ何か激しく落ち込んでいる様子の真里菜を励まして、学校を後にした。
その翌日は比較的平穏だった。移動教室がなかったため、仕掛けるタイミングがなかったのか、樹理も持ち物も無事だった。
授業を終えて昇降口へ向かう。授業が一年生よりひとコマ多かった樹理が一人で昇降口に向かっていた。二人とは実冴がいたずらをしたという銅像のあたりで待ち合わせている。
樹理は月曜の下校時に通学用のローファーがゴミ箱に突っ込まれたときから面倒だし荷物にもなるが持ち歩くようになっていた。なので、下駄箱を開けることはない。
けれど、自分の名前が入っている下駄箱から何かが引っかかってフタが少し開き、はみ出しているのを見て、ため息をつきながら一番上段の、目線より少し上のその扉を開けた。
一瞬視界が真っ白になる。とっさに目をつぶっても中に何かが入った。気管にも引っかかる。これはなんだろう。
頭から真っ白になってゴホゴホとむせ返る樹理に、昇降口にいた同級生から忍び笑いがもれる。
目が潤むのは悲しいからじゃない。目にゴミが入ったせいだ。そう自分に言い聞かせながら頭や肩、服にかかったものを払い落とす。
「あら、行野さん。なんだかいつもよりきれいになったんじゃなくて?」
きっと吹き抜けの二階から一部始終を見ていたのだろう呉緒が、楽しそうに笑いながら階段を下りてきた。
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